魔女の弟子

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第7章 火継ぎの港街

火継ぎの港街⑧

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行政庁舎を出た私たちは、近くにある街角のカフェに腰を落ち着けた。

 エルザ師匠は濃い目のコーヒーに口をつけるとため息混じりに告げた。
「結論から言うと、やはり、ミラルダと幽鬼(ファントム)たちはこの街に潜伏している。やつらは密入国者を襲って魂(ソウル)を補給しているようだ。」

 そう言うと、手書きの数字のメモを書いた紙片を広げた。

「ここ10年分の密入国者の検挙数だ。7年前までは少なくとも、毎年100人以上の密入国者が検挙されていたが、ミラルダが復活したと思われる6年前からは、一桁台にまで下がっている。」

 「つまり、エルザの言う通り、わたしたち魔女集会の構成員や、国の治安部隊に気づかれない、ギリギリのラインで人を襲っていた、ということね。」

 エルマはというと、フルーツとクリームが山盛りになったパフェをつつきながらため息を着いた。私も同じものを食べていたが、普段口にしない豪華な甘味に、王都で初めてエルザ師匠から月見焼きをおごってもらったとき以来の感動を味わっていた。

「でも、元々渡り烏は人間の村を派手に襲ってたでしょう?今さら方針転換する理由がよくわからないけど。」

 エルザ師匠は背もたれに体重を預けながら腕を組んだ。

「おそらく、今は幽鬼(ファントム)の指揮権をミラルダが握っているからだろう。私の推測では、渡り烏が世間の目に触れるような虐殺の仕方をしていたのは、手っ取り早く人間の魂に含まれる暗い魂を集めるためと、もう1つ、アストラエアの興味を引くことで、魔女集会が開催される状況を作るのが目的だったと思う。集会が開かれれば、アストラエアも出てくるし、集会員も一ヶ所に集まるしな。"魔女の魂の保管庫"の強奪と合わせて、集会員をまとめて始末するには都合がいい。結果としては失敗したわけだが。」

「じゃあ、ミラルダがこそこそと人を襲っているのは、あくまで幽鬼(ファントム)を維持するためってこと?」

「それもあるだろうが、さっき話した通り、ミラルダは"暗い魂"を"大量に集める"こと、そのものを目的にしているのだろう。やつが、我々の存在に気づく前に、早々に奇襲をかけるとしよう。」

 そう言うと、コーヒーを一息に飲み干して立ち上がった。

 エルマと私は慌てて、パフェを口に詰め込んだ。

「奇襲かけるって言ったって、ミラルダの居場所に心当たりでもあるの?この広い街を探すには、探索用の使い魔を総動員しても限界あるわよ?」

 エルザ師匠は会計にお代を渡しながら、ため息をついた。

「あまり頼りたくはないが、古い付き合いの情報屋がこの街のスラムにいる。そいつから情報を吸い上げてみるさ。」

 カフェを出た私たちは、旧市街からさらに港から外れた、セント クラーナのスラム街へと足を踏み入れた。昼下がりのスラム街は、日陰が多く、薄ら寒い雰囲気に沈んでいたが、人々の営みは息づいており、時折汚れた服をまとった子どもたちの集団が走り回っているのを見かけた。私にとっては派手で小綺麗な新市街地よりも、こちらの景色の方が馴染みのある風景だった。

 エルザ師匠はというと、勝手知ったる様子でスラムの路地裏を進んでいった。私たち3人を物珍しげに振り返る視線が多かったが、誰も話しかけてくることはなかった。

 やがて、エルザ師匠は、一件の小さな酒場の前で足を止めた。見上げると、傾いた看板には、手で書きなぐったような雑な文字で『パッチ ザ グッドラック』と店名が書かれていた。
 常連客でもなければ近づくことも無さそうな、いかにも場末の店という印象だったが、エルザ師匠はためらう様子もなく、扉をくぐった。
 エルマは私の方を見ると、肩をすくめて見せたが、すぐにエルザ師匠の後を追った。

 「へい、いらっしゃい」

 陰気な店内のカウンターの奥から、頭を丸めた、というよりも、もともとスキンヘッドにしているであろう中年の店主が顔を見せた。

「久しぶりだな、パッチ。随分と景気が良さそうじゃないか。」

 エルザ師匠はウィスキーの瓶を抱えて寝落ちしている他の客を横目に鼻で笑いながら、カウンターに近寄った。

「あ、姉さん!?お、お久しぶりでさぁね。お陰さまで、日々細々とでは有りますが、良い商売させていただいておりますぜ。きょ、今日はどんなご用で?」

 パッチというその店主は、胡散臭い笑みを顔に張り付けて揉み手した。相手に平伏しているような態度に思えたが、その目の奥には油断ならない残忍さが伺えた。背中を見せれば、容赦なく奈落に突き落とそうとしてくるタイプの人間だと、私は直感的に悟った。

 エルザ師匠はカウンターの椅子に腰かけると、人避けの香を炊いた。

「まずは情報を提供してほしい。密入国者に関することだ。」

 パッチの目の下がピクリと動いたが、顔に張り付けた笑みを崩すことなく、彼は下手な態度を維持していた。

「密入国者ってなんのことです?あっしにはなんのことだか、さっぱり分かりませんぜ。」

 エルザ師匠はコツコツと爪の先でカウンターを叩いた。

「私相手にとぼけるのは無意味だぞ、パッチ?貴様が手広く悪どい商売に手を染めているのは分かりきっていることだ。」

 そう言うと、師匠はカウンターから身を乗り出して、パッチの頭に人差し指を突きつけた。

「大方、密入国者の仲介人(ブローカー)相手に、情報を提供しているのだろうが、最近は商売上がったりのようだな。例えば、ブローカー連中からクレームが来ているんじゃないか?情報通りに密入国者が入って来ないってな。」

 平静を装っていたパッチの顔に一瞬、動揺の色が見えた。

「な、なんでその事をあんたが!?」

 エルザ師匠は指を引っ込めると、楽しそうに指を鳴らした。

「なんだ、案外すぐに自白してくれたな。悪逆非道のパッチ ザ グッドラックも、この程度のかまかけでぐらつくとは、錆び付いたものだ。」

 いよいよ、パッチの表情が変わった。ニヤニヤとした笑いは引っ込み、盗人そのものという抜け目ない悪人面が浮かび上がってきた。

「…全く、姉さんには敵わねぇぜ。いいぜ、知りたい情報をくれてやる。だが、報酬はそれなりに頂くぜ。」

 エルザ師匠は腕を組んで、パッチをにらみ返した。

「それは、情報の中身次第だ。まずは私の質問に答えろ。この6年以内に、この店に妙な客が来なかったか?或いは、密入国ブローカー連中から、妙な話を聞いていないか?」

 パッチは肩をすくめたが、素直に話を始めた。

「まず、一つ目の質問だが、確かに6年ほど前に、妙な客が来たことはあったぜ。フードを目深に被っていて顔は良く見えなかったが、体格と声から若い女ってのは推測できた。あとは、取り巻きの黒ずくめの連中が3,4人ほどいたな。そいつらは一言も話さずにその女にくっついていたが、存在感ってものが、まるでなかった。なんというか、堅気じゃねぇというか、そもそも生きてる感じがしなかった、薄気味悪い連中だったぜ。」

 私とエルマは思わず顔を見合わせた。間違いなく、ミラルダと護衛の幽鬼(ファントム)のことだろう。

「そいつら、いきなり報酬の相談もなしに、密入国者の定期的な情報提供を要求してきやがった。まともに金の話ができねぇやつなんざお断りだと一蹴してやったが、今度は代わりにブローカーを紹介しろと言い出しやがってな。あまりにもしつこいから、何人か紹介してやったのよ。それ以来、その女は見かけねぇな。」

エルザ師匠は頷いた。

「なるほど、それなりに価値のある情報のようだ。では、お前がミラルダに紹介したそのブローカーを教えろ。」

パッチは腕を組んで、歯を剥いた。

「おっと、ここから先は有料だぜ。そうそう顧客の情報なんか喋れるものかい。まずはお代をもらおうか。」

 エルザ師匠は退屈そうに爪の先を見つめながら、大袈裟にため息をついた。
「なぁ、パッチ。曲がりなりにもお前が堅気の仕事につけたのは、誰のお陰だと思っているんだ?そんな恩知らずなやつの牙城なんざ、さっさと燃やしてしまうしかないか。」

 今までに聞いたことが無いようなドスの効いた低音だった。

 私がこれまで訓練の中で受けてきた叱責に比べても格段に恐ろしいと感じたが、パッチの額にも汗が一筋流れた。

「まったく、姉さんのやり方は、国で一番悪どいと言われるマフィアの連中よりもえげつねぇよ。まぁ、教えてやってもいいぜ。ただし、」

パッチはニヤリと口の端を吊り上げた。

「そのブローカーから話なんて聞けやしねぇよ。そいつらは全員すでに死体で見つかっているからな。」
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