【完結】瀧華国転生譚 ~処刑エンド回避のために幼い病弱皇子を手懐けようとしたら見事失敗した~

飛鳥えん

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蘇芳の計画

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何だってしてやるとはおもうものの、蘇芳にも仕事がある。
江雪に推挙されて、向こうの世界で言うところのスピード出世をしている蘇芳だが、その実、任されている裁量権は狭い。

と、蘇芳は職場で割り当てられた案件を整理しながら思った。

首都、瑛州南部にある紫雲城は、政治と行政の中心を担う広大な王宮だ。
直系皇族の住まう奥の院と、隣接する後宮には2人の側室と4人の皇子皇女。正門から両側をぐるりと囲う長大な回廊の向こうに謁見のための大広間があり、それらを取り巻くようにして、各省の詰め所が点在している。

それぞれが回廊でつながっているが、緊急時以外、他所の省から気軽に足を運ぶことはできない。
各省の長官の許可が必要である。
例外として、内部監察をになう御史大夫は事前の許可なく足を踏み入ることが許されていたが、そのような事態がここ十年ほどないことはよく知られている。

最後にそれがあったのは、花鶏たちの祖父の代で起きた反逆事件の時だ。

紫雲の名の名は建国の伝説に由来している。

皇帝に即位すると、畏敬を込めて本名とは別に通り名で呼ばれることが多いが、この国の王家の紋でもある「紫雲」が、まさにそれだった。皇帝と言えば、「紫雲」で通る。

現皇帝は花鶏たち姉弟のほか、3人の皇子皇女に恵まれた。それぞれ名を雨月、黒南風くろはえ北斗ほくと、蜜瑠璃という。

目下のところ、正妃との間に生まれた雨月第一皇子が、次期皇帝として最有力だ。
歳は今年で十五。文武に秀で、容姿は最も若いころの紫雲皇帝の面影が濃く、精悍で人目を惹く凛々しさに、
優し気な目元をしている。

しいて欠点を言うなら、父帝の紫雲と比べておっとりしたおおらかな性格ゆえ、権力闘争に関心がなく、気さくで王族特有の隔たりがない分、彼をなめてかかる輩もいる点だろう。
指摘を受けると、本人は困ったように笑いながら「そうはいってもなあ。私は生まれつきこうなんだよ。今さら変えようがないさ」と頭をかいた。

威厳という点においてやや精彩を欠くものの、それゆえに多くの人間が雨月皇子にひきつけられるのも事実だった。
仕官して五年目の青葉も、雨月皇子の人柄に魅せられた自覚のある一人だった。
周囲に吹聴してやっかまれるのが嫌で黙っているが、実は雨月皇子と話したこともあるのだ。
それは青葉にとって人生最大の自慢だった。

(ほかの二人の皇子と皇女は知らないが、雨月様ほど、お優しくて裏表のない方はいらっしゃらない)

恐れ多くもちょっと抜けたところもある御方だが、人民に対する思いやりや、その人柄を知った今となっては、彼以外が皇帝の座に就くなんて想像もできない。

(そう……だからこそ)

青葉はちらりと斜め横の机に視線を投げた。
今朝、体調不良だとかで二日ばかり出仕していなかった彼が詰所に入ってきたときは、周囲がざわついた。
青葉も手元の資料から顔をあげると、内心でちょっと首を傾げた。

(なんだろう。雰囲気が変わったか? ああ、髪をまとめているのか)

ざわつかせている当人はと言えば、何くわぬ涼しげな様子で席に着き、退屈そうに筆を動かしたり、頬杖をついてぼんやりしたりを繰り返している。

(やれやれ。我関せずの態度は変わらんな)

李家嫡男・蘇芳。
良い意味でも悪い意味でも、その名は有名だった。
一つは、まだ科挙試験に合格して登城したばかりの頃、田舎貴族出身の癖に江雪のお墨付きのおかげで、早々に巫監術省の次官におさまったのをやっかまれて。

またある時は、これもよくある話だが、洗練された若い美貌にちょっかいを掛けてきた武官を、裏のあの手この手を使って脅し免職させた、とか。
そして最もひどいのが、不正をただす立場にいながら、蘇芳本人が賄賂を受け取っているという噂だった。
もちろん、真偽のほどは定かではない。
むしろ、質の悪い妄言だととらえる者の方が多い。

「若くして総領の後ろ盾がある才気ある若者を妬んで、誰かがそのような噂を流しているのだ」
それが大多数の結論だった。
しかし、青葉を含めた年若い同期たちは、まだ年季の入った先輩のように江雪に遠慮して口をはばかる、ということをしない者も多い。

今も、近くの机で、器用にも素早く筆を動かしながら、若狭わかさ波瀬はぜが話しているのが聞こえた。

「なあおい、聞いたか。“後嗣の儀”に黒南風さまと北斗さまが名乗りを上げたらしいぞ」
「黒南風さまは、まあ妥当だろう。お母上が側室とはいえ、第二皇子だ。しかし北斗様の話は初耳だぞ、ほんとうか?」
「親父の弟が礼部省にいるから間違いないさ。礼部ではいま、準備にてんてこまいらしい。無理もないよな。なにせ式典自体が30年振りだってんだから」
「我々も祭祀の様子が見られるのかな」
「もしそうなら興奮するよ。皇子が全員そろい踏みして儀式に挑まれるなんて、めったにあることじゃないからな」
「……全員ではないだろう」

知らず聞き耳を立てる形となった青葉は、思わずちらりと蘇芳の方を見やった。
あと一人残っている皇子といえばー。

「花鶏殿下は、そもそも学舎にも通われてないだろ。しかも病気で、日光に当たるのすら毒だとか聞くぞ」
「ああ。江雪閣下も奇特な方だよな。いくら多々良姫様の遠縁にあたるからって、あれじゃあ厄介事を陛下から背負わされたも同然だ」

青葉は眉間にしわを寄せた。明らかに、出過ぎた口であり、不敬だ。
咳払いでもしようかと口元にこぶしを持っていったとき、
「お前たち、よほど暇らしいな。そんなに手持無沙汰なら、ほら。州から今朝上がってきた申立書の追加だ。処理しておくように」
なんと当の蘇芳である。いつの間にそばに来ていたのか、気配がなかった。ぎょっとした二人の前にずいと用紙の束を差し出す。
固まっていた二人のうち、若狭の方は殊勝にしていたが、波瀬は眉間にしわを寄せて束を受け取った。

「これはこれは、蘇芳殿。体の具合はもうよろしいので?」
皮肉気な様子に、蘇芳は片方の眉をあげたのみ、無言で応じた。

それにむっとして、
「暇をしているわけではありませんよ。蟲除けの呪札を認可を得ずに大量に売りさばいていた奴らを捕吏が逮捕した件で、どうでもいいような小案件が芋づる式にわらわらと湧いてきて、人員が足りていないんですよ」
小馬鹿にしたようにひらひらと手を振る。

青葉もその件は知っていた。
というか、二人と同じ部署にいる蘇芳も当然知るところだろう。

「蘇芳殿。尋問官は貴殿の子飼いと聞きました。下っ端の売人が留置されてもう半月ですが、なぜこうも新しい情報がないのでしょうね」

(これは八つ当たりもいいところだな)

青葉は思った。実際、尋問官は一人ではないし、吐いた情報があるとしても、それが自分たちのところに降りてくるとは限らない。組織犯罪の場合、情報統制が敷かれている可能性があるからだ。

蘇芳はふむ、と口元に扇子の端をトンとあてた。

(どこから出したんだ、それ)

「その手があったか」
「は?」
蘇芳はきれいな顔でにっこり微笑んだ。

「助言をありがとう。確かに見過ごせないな。この件は私が担当しよう」

そう言うとくるりと身を翻し、そのまま歩き去ってしまう。

若狭はきょとんとしていた。
波瀬ははっと我に返り
「あいつ、要はほかの仕事俺らに丸投げしやがった!」

これだからお坊ちゃんは!
「若狭。お前もありがとうなんて言われてたくらいで呆けるな!」

青葉も二人と同じように驚いていた。
ほぼお飾りのような立場で、せいぜい回ってきた仕事を下に采配するくらいのことしかしていなかった蘇芳が、
自分から案件を担当するなんて。

(まあ、言うだけで何もしないということもあるだろう)

その時は誰かが尻拭いをしなければならないし、そういう損な役回りを押し付けられがちなことを
青葉はちょっとあきらめがちに受け入れていた。
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