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聖女と魔法使い【1】
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パレステア王国王宮の一角に、白い大理石で作られた特別誂えの離宮と、箱庭のような庭園がある。
そこに入ることが出来るのは、使用人を除けば国王と妃、そして皇子の三人のみ。
贅を凝らした離宮の主は、春の花が咲き乱れる庭園の東屋で夕涼みをしていた。
「アステリア様」
侍女の一人が淹れ立ての紅茶を差し出す。アステリアは金色の巻き毛を緩く三つ編みにして、肩から垂らしていた。今年25になるが、一見するとまだ10代の少女のようで、あどけない印象がある。
10年前、教会の神託で貧しい村から連れて来られた彼女は、特別な恵みの雨を降らせる力を持ち、国に豊かな実りとと魔を退ける防壁を施した。なぜ自分にそんなことが出来るのか、彼女自身もよく分かっていなかった。
分かっていたのは、この力のおかげで、彼女の人生が変わったこと。
その日食べるものにも困る生活は終わりを告げ、代わりに一介の農民の娘が宮殿の中に離宮を与えられ、国王と妃、王子さえ、彼女をもてはやした。
唯一、当時の宮廷魔法使いたちの中で特に強大な魔力を持ち、その美しい容貌から数多の人に傅かれていたレネリウス・ザラだけは、彼女に対して素っ気なかった。
それは単に、興味がない、という態度で、何度か会っても一向に顔も名前も覚えてくれなかったし、アステリアが何度も茶会に招待したり贈り物を贈っても、返事の一つさえくれなかった。
これがただの農民の娘だった時なら、致し方ないと思う。国王様お気に入りの魔法使いが、貧しい平民の小娘なんて気に留めるわけもない。でも、アステリアはただの平民の小娘なんかではない。
国王から慈雨の聖女の称号を賜った、特別な存在なのだ。
彼女が天に祈れば、恵みの雨が国中に降り注ぎ、それまで魔法使いたちが必死になって駆除していた魔獣も、国壁の中へ入って来なくなった。大地は肥沃で飢饉はなくなり、パレステアは大陸有数の穀物出荷量を誇る豊かな国になった。全部、聖女の御業だ。誰もが彼女に感謝した。そして王子は即位の暁にはアステリアを妃にすると約束してくれた。
次期王妃のアステリアを、流石に無碍にはできまい。そう思ってレネリウスを訪うと、彼は読みかけの本から顔を上げもせず、アステリアに向かって吐き捨てるように言った。
「あなたのそれは近いうち必ず枯渇します。魔法使いにも人にも、天候を操る力など本来無いのです。なぜあなたにそんな力が授かったか知りませんが、ほどほどにしておくことです。大地とは循環するもの。不作の年は大地を休めるために必要な期間でもあるのです。そのために恵み多き年は備蓄をし、国は蓄えを民に分配せねばならにのに……教会が聖女の御力を大々的に広めたせいで、貯えを怠るようになってしまった……いつも実りが約束されていると思い込んでいるために」
そして思案した後、レネリウスはまっすぐアステリアの目を見て続けた。
「あなたにその気さえあれば、魔法を一から学んでみませんか。何十年もかけて基礎を学び正しく使いこなせれば、出所の分からない大きな力に頼らずとも、十分に素質を持っていると思いますよ。もちろん、わたくしほどではないにしろ」
アステリアは怒りで目の前が真っ暗になるほどだった。
「私の力は神から授けられた正当な御業よ!教会がそう認めたの、そして国王が称号をくれたのよ。あんたがどんなに優秀な魔法使いでも、私と同じことはできないんじゃ、役立たずも同然じゃない。それを認めたくなくて、私を否定してるんでしょ」
アステリアは近くにあったティーカップを魔法使いのすまし顔に投げつけた。琥珀色の液体を顔から滴らせて、レネリウスが恐ろしい目つきで睨んできた。
「……教会の傀儡になっている内に目をお覚ましなさい。でなければ何か起きてから矢面に立たされるのは貴女ですよ。そんな事も分からない馬鹿とは。……まあいいでしょう。このわたくしに無礼を働いた罰です。今から呪いを掛けますから、謝る気になったらいらっしゃい」
「誰がお前なんかに!知ってるわよ、一族の誰からも嫌われて追い出された流れ者の魔法使いのくせに。あんたの取り巻きだって、陰でみんなレネリウス・ザラの悪口ばかり言ってるってね。国王のお気に入りだって言うけど、私の方がこの国に必要とされてる。あんたはお払い箱よ」
言葉を叩きつけると、部屋を飛び出した。怒りがおさまらず、離宮に戻ってすぐ、良く見知った魔法使いの一人を呼んだ。
「ふむ。選ばれしアステリア様にそのような。なんと救いようのない男でしょう」
「私の力が枯渇するなんて、そんな訳ないわよね、アルバ」
アルバが白いあごひげを撫でて黙ったので、アステリアはみるみる顔面を青くした。
「どうして黙るの?まさか本当に?そんなこと教会は何も言ってなかったのに」
「落ち着かれませ。……国の正史を調べてみましたが、何百年も前に、やはり<恵みの雨>の力を持った聖女様が降臨あそばされた記録が残っておりました」
「……それで?」
「<恵みの雨>はこの国に大変な恩恵をもたらしましたが、残念ながら聖女様の夭折とともになくなったと」
「え?逝去って、どういうこと……」
アバルは痛ましい表情を浮かべた。それを見たアステリアは、恐ろしい想像をしてしまい、ぶるぶると震え出した。
「死ぬの?私が?先代の聖女と同じように」
「……詳しく調べてみないことには。しかし、恐らくは聖女の御力とは、聖女自身の魔力を代償にして起こす奇跡ではないかと思われます。突然変異的な魔法使いの亜種とでも申しましょうか。聖女ご自身には自覚がないため、雨を降らせば降らすほど、体内の魔力が枯渇し、ゆくゆくは……」
「何とかならないの?」
いまさら、祈りをやめるなんで出来るわけない。そんなことをしたら聖女の資格をはく奪されてしまう。宮殿のきらびやかな暮らし。未来の王妃の座。すべて失ってしまう。
「方法は……ないことも。ああいや、しかし」
「なんなの、言って頂戴!」
アルバは躊躇いがちに切り出した。
「魔法使いの間では禁じ手とされているので、表立っては言えませんが。体内で枯渇してしまう魔力を、他から補うのです。例えば、魔力の強い別の誰かから」
「……どうやって。それに、そんなことが可能なくらい魔力が強い人なんて」
アステリアの脳裏に、冷たく睨みつけてくる憎たらしい顔が浮かんだ。なんだ、こんな簡単なこと。最適な相手がいるではないか!
「レネリウス・ザラなら、その役目に適任だわ」
アルバは重々しく頷いた。
「問題は、あやつが国王のお気に入りだということです。なんとか奴の立場を失墜させ、城から追い出せたなら、事は成せるのですが」
「……さっき、レネリウスは私に呪いをかけたと言ったわ」
「なんと!それは、まさに好都合。国の宝である聖女に呪いをかけたとあっては、あやつも言い訳できますまい」
そこに入ることが出来るのは、使用人を除けば国王と妃、そして皇子の三人のみ。
贅を凝らした離宮の主は、春の花が咲き乱れる庭園の東屋で夕涼みをしていた。
「アステリア様」
侍女の一人が淹れ立ての紅茶を差し出す。アステリアは金色の巻き毛を緩く三つ編みにして、肩から垂らしていた。今年25になるが、一見するとまだ10代の少女のようで、あどけない印象がある。
10年前、教会の神託で貧しい村から連れて来られた彼女は、特別な恵みの雨を降らせる力を持ち、国に豊かな実りとと魔を退ける防壁を施した。なぜ自分にそんなことが出来るのか、彼女自身もよく分かっていなかった。
分かっていたのは、この力のおかげで、彼女の人生が変わったこと。
その日食べるものにも困る生活は終わりを告げ、代わりに一介の農民の娘が宮殿の中に離宮を与えられ、国王と妃、王子さえ、彼女をもてはやした。
唯一、当時の宮廷魔法使いたちの中で特に強大な魔力を持ち、その美しい容貌から数多の人に傅かれていたレネリウス・ザラだけは、彼女に対して素っ気なかった。
それは単に、興味がない、という態度で、何度か会っても一向に顔も名前も覚えてくれなかったし、アステリアが何度も茶会に招待したり贈り物を贈っても、返事の一つさえくれなかった。
これがただの農民の娘だった時なら、致し方ないと思う。国王様お気に入りの魔法使いが、貧しい平民の小娘なんて気に留めるわけもない。でも、アステリアはただの平民の小娘なんかではない。
国王から慈雨の聖女の称号を賜った、特別な存在なのだ。
彼女が天に祈れば、恵みの雨が国中に降り注ぎ、それまで魔法使いたちが必死になって駆除していた魔獣も、国壁の中へ入って来なくなった。大地は肥沃で飢饉はなくなり、パレステアは大陸有数の穀物出荷量を誇る豊かな国になった。全部、聖女の御業だ。誰もが彼女に感謝した。そして王子は即位の暁にはアステリアを妃にすると約束してくれた。
次期王妃のアステリアを、流石に無碍にはできまい。そう思ってレネリウスを訪うと、彼は読みかけの本から顔を上げもせず、アステリアに向かって吐き捨てるように言った。
「あなたのそれは近いうち必ず枯渇します。魔法使いにも人にも、天候を操る力など本来無いのです。なぜあなたにそんな力が授かったか知りませんが、ほどほどにしておくことです。大地とは循環するもの。不作の年は大地を休めるために必要な期間でもあるのです。そのために恵み多き年は備蓄をし、国は蓄えを民に分配せねばならにのに……教会が聖女の御力を大々的に広めたせいで、貯えを怠るようになってしまった……いつも実りが約束されていると思い込んでいるために」
そして思案した後、レネリウスはまっすぐアステリアの目を見て続けた。
「あなたにその気さえあれば、魔法を一から学んでみませんか。何十年もかけて基礎を学び正しく使いこなせれば、出所の分からない大きな力に頼らずとも、十分に素質を持っていると思いますよ。もちろん、わたくしほどではないにしろ」
アステリアは怒りで目の前が真っ暗になるほどだった。
「私の力は神から授けられた正当な御業よ!教会がそう認めたの、そして国王が称号をくれたのよ。あんたがどんなに優秀な魔法使いでも、私と同じことはできないんじゃ、役立たずも同然じゃない。それを認めたくなくて、私を否定してるんでしょ」
アステリアは近くにあったティーカップを魔法使いのすまし顔に投げつけた。琥珀色の液体を顔から滴らせて、レネリウスが恐ろしい目つきで睨んできた。
「……教会の傀儡になっている内に目をお覚ましなさい。でなければ何か起きてから矢面に立たされるのは貴女ですよ。そんな事も分からない馬鹿とは。……まあいいでしょう。このわたくしに無礼を働いた罰です。今から呪いを掛けますから、謝る気になったらいらっしゃい」
「誰がお前なんかに!知ってるわよ、一族の誰からも嫌われて追い出された流れ者の魔法使いのくせに。あんたの取り巻きだって、陰でみんなレネリウス・ザラの悪口ばかり言ってるってね。国王のお気に入りだって言うけど、私の方がこの国に必要とされてる。あんたはお払い箱よ」
言葉を叩きつけると、部屋を飛び出した。怒りがおさまらず、離宮に戻ってすぐ、良く見知った魔法使いの一人を呼んだ。
「ふむ。選ばれしアステリア様にそのような。なんと救いようのない男でしょう」
「私の力が枯渇するなんて、そんな訳ないわよね、アルバ」
アルバが白いあごひげを撫でて黙ったので、アステリアはみるみる顔面を青くした。
「どうして黙るの?まさか本当に?そんなこと教会は何も言ってなかったのに」
「落ち着かれませ。……国の正史を調べてみましたが、何百年も前に、やはり<恵みの雨>の力を持った聖女様が降臨あそばされた記録が残っておりました」
「……それで?」
「<恵みの雨>はこの国に大変な恩恵をもたらしましたが、残念ながら聖女様の夭折とともになくなったと」
「え?逝去って、どういうこと……」
アバルは痛ましい表情を浮かべた。それを見たアステリアは、恐ろしい想像をしてしまい、ぶるぶると震え出した。
「死ぬの?私が?先代の聖女と同じように」
「……詳しく調べてみないことには。しかし、恐らくは聖女の御力とは、聖女自身の魔力を代償にして起こす奇跡ではないかと思われます。突然変異的な魔法使いの亜種とでも申しましょうか。聖女ご自身には自覚がないため、雨を降らせば降らすほど、体内の魔力が枯渇し、ゆくゆくは……」
「何とかならないの?」
いまさら、祈りをやめるなんで出来るわけない。そんなことをしたら聖女の資格をはく奪されてしまう。宮殿のきらびやかな暮らし。未来の王妃の座。すべて失ってしまう。
「方法は……ないことも。ああいや、しかし」
「なんなの、言って頂戴!」
アルバは躊躇いがちに切り出した。
「魔法使いの間では禁じ手とされているので、表立っては言えませんが。体内で枯渇してしまう魔力を、他から補うのです。例えば、魔力の強い別の誰かから」
「……どうやって。それに、そんなことが可能なくらい魔力が強い人なんて」
アステリアの脳裏に、冷たく睨みつけてくる憎たらしい顔が浮かんだ。なんだ、こんな簡単なこと。最適な相手がいるではないか!
「レネリウス・ザラなら、その役目に適任だわ」
アルバは重々しく頷いた。
「問題は、あやつが国王のお気に入りだということです。なんとか奴の立場を失墜させ、城から追い出せたなら、事は成せるのですが」
「……さっき、レネリウスは私に呪いをかけたと言ったわ」
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