【完結】追放された嫌われ魔法使いは、拾った毛玉を盲愛する

飛鳥えん

文字の大きさ
25 / 43

蜂蜜の思い出【2】

しおりを挟む

ミルクに溶けた蜂蜜の香りに、ユシウスも当時の記憶を思い起こした。

当時はまだ、レネの体調は冬になってもそこまで悪くはなかった。ただ、いつもより少し元気がないかな、と思う程度のものだった。

ユシウスの勉強の時間にはきっちりと付き合ってくれて、たまに良い答えをすると頭を撫でて褒めてくれる時もあった。この頃は、レネがたまに見せる黒い靄のことも忘れていて、すっかり気分屋だが優しさも垣間見せる彼のことが大好きになっていた。

そしてレネになにか贈り物をしたいと思い始めたのも、この頃だった。

今思うと、獣人の本能で、好きな相手に自分で狩った獲物を贈る大人狼の真似事をしていたのだろう。

とにかくレネに何かあげて喜ばれたい衝動を我慢できなくて、自由時間になると森に入り、必死になって色々と探した。

レネが喜んでくれそうな、綺麗な木の実、穴の開いていない大きな葉っぱ、川底の丸い石……。今思い返すとガラクタ以下のゴミのようなものを、毎日持ち帰ってレネにあげていた。顔から火が出そうだ。よくレネは怒らなかったな、と感心してしまう。さすがにすぐ捨てられていたとは思うが、レネは毎回律儀にそれらを受け取ってくれていた。





その日、崖に群生した低木に蜂の巣があり、獣人の嗅覚が甘い匂いを嗅ぎ取った。

もっと慎重になればよかったものを、最近の「献上品」で一番上等な獲物を見つけた嬉しさが上回て、いそいそと崖を降りていった。

結果、足を滑らせて巣ごと転落し、頭を打ったのか、気付いたら夜になっていた。

足はくじいていなかった。夜目も聞くし、水車小屋の方向も分かる。この時はそこまで大げさに考えていなかった。ただ、レネの夕食の支度をしなくちゃ、と思っていた。

どこかに転がっていってしまった蜂の巣が諦めきれなくて、しばらくウロウロしていると、下草を踏む足音が聞こえてきた。

すぐに気配でレネだと分かった。

(もしかして僕を探しに? ……あ、お腹がすいてらっしゃるんだ!)

とっくに深夜になっているとも知らずに、馬鹿な自分は能天気なことを考えていた。夕食の時間になっても準備をしないユシウスにしびれを切らして、迎えに来てくれたのだと。

急いで駆け寄ろうとして、すぐに立ち止まった。本能的に、レネに近づくのを身体が拒否していた。

夜の闇の中を、ゆっくり足音が近づいてくる。息遣いがすぐそばで聞こえるようだった。

「ユシウス?そこにいるのですか?」

優しい声だった。心配そうな響きも含んでいる。なのに足が動いてくれなかった。

「いるんでしょう?どうして返事をしないのですか?怪我をしたのですか?」

レネの足音が止まる。

「どうして無視するのですか? なぜ、夜になっても帰ってこない……ずっと待っていたのに。お前が戻ってこないから、夕食を作って待っていたのに」

レネに料理をさせてしまった事実に、別の意味で胃が痛くなった。

「ユシウス、聞こえているのでしょう。今出てくれば怒りません。こちらへおいで」

すぐそばまで来ているのに、なぜかレネはそれ以上近寄ってこようとしない。優しく言葉で促すだけだ。

「お前の欲しがっていた料理の本を買ってきましたよ。それに猪の干し肉も。お前の好物でしょう?家に戻ったらあげましょう、だから……わたくしが我慢している内に、はやくこっちへこい」

ユシウスは半歩後ろに下がった。心臓が早鐘を打ち、冷や汗がだらだらと顔に垂れてくる。

レネの様子が変だった。なにがどう、変なのかは説明できない。とにかく怖くて、怖くて、それしか考えられなかった。

(謝らないと、はやく謝らないと!でも、足が、そっちに動かないっ)

もはや泣きたいくらい慌てて、声を出すことも出来なかった。

はあああ、とわざとらしいほど長いため息が聞こえて、身体がビクンと震えた。

「来ませんか……せっかくお前が自分で選べるよう時間をあげたのに。なら、わたくしが行きましょう。そこを動かないでくださいね」

レネが近づくと、ユシウスは慌てて後ろへ下がった。無感情な声が、闇の中から聞こえた。

「うごくなというのに」

瞬間、レネのいる方向と真逆に向かって足をも連れさせながら駆けだした。頭を打っているせいか、ふらふらする。

そして木の根元に回り込んだ瞬間、足首に何かが巻き付いた。

「ひっ、ぅあ」

そのまま物凄い力で地面を引き摺られ、あっという間に元居た場所まで戻ってきてしまった。

さっきと違うのは、木の蔦によって逆さ吊りにされ、目の前にレネの白い顔があることだ。

「……おかえり、ユシウス」

レネの手がそっとユシウスの頭を撫でる。

「瘤ができていますよ。かわいそうに。逃げる途中で転んだんですね」

「にげて、ません。ぼく、違うんです、崖から落ちて」

レネは愉快そうに喉の奥でくつくつと笑った。

「嘘ばかり。お前の目と身のこなしで崖から落ちるなんてありえません。……お仕置きは逃げた分だけにしようと思っていたのに、嘘吐きの分もしなくてはいけませんか?」

ぽろ、と涙がこぼれた。弁解したいのに、レネの静かな剣幕に気圧されてしまってそれもままならない。

「泣く必要はありませんよ。泣いても見逃す気はないですから。……昔だったら、お前を小さくして籠にいれたり、わたくしから離れた途端息ができなくなるようにしてやる事だってできたのに……別の方法を考えなくては」

空中に逆さ吊りのまま、ユシウスは必死で腕に抱えていたものを前に押しやった。

「これっ、これをレネ様にあげたくてっ、崖の途中にあったけど、僕なら取れると思って……心配かけてごめんなさい!」

レネは無言でそれに手を触れた。木の根元で見つけた蜂の巣だ。

地面を引き摺られながらも、必死に抱きしめていた。

「……なんでまた、こんなものを」

「レネ様、甘いものがお好きですよね」

ぴたりとレネの手が止まった。

「別に、そうでもありません」

「え……そう、ですか」

蜂の巣を抱いた手から力が抜けた。地面にごろりと落ちた巣から、甘い匂いが漂ってくる。

「落ちましたよ」

「もういいんです、ごめんなさい。あの、レネ様」

「なんです」

「……頭が、くらくらします」

木の蔦が緩んだかと思うと、地面に落ちる前に、レネの腕に抱きかかえられていた。思いのほか力強い腕に抱えられて、蜂蜜よりも甘い花の香りがユシウスを包み込んだ。

木の蔦は地面に落ちた蜂の巣を拾ってユシウスの腹に乗せると、シュルシュルと森の中へ戻っていった。

「帰ったら夕食の前に手当てをしますよ。今夜は熱が出るかもしれないから、お前が眠るまで付き添います」

ぼうっとしたまま、お腹の上の蜂の巣を見つめた。レネの言っていることが耳を素通りしてしまう。

「……レネ様に喜んで欲しかった」

レネは踵を返して、夜の森を小屋へと歩いていく。その歩みはいつもよりゆっくりだ。

「……いつもみたいに小石や木の実で良かったじゃありませんか。怪我までして。お前は本当に馬鹿な子ですね」

「だって……あんなの誰でも拾ってこれます。レネ様にはもっと珍しくて、貴重なものじゃないと」

「わたくしが何を好むか、お前が勝手に決めてかかるのですか?わたくしに聞きもせずに?」

ぴしゃんと言い放たれて、ユシウスはレネの腕の中で縮こまった。

「……聞いたら、絶対僕には用意できないから」

「なにが」

「宝石とか、毛皮とか……僕にはそんな良いもの、あげられないから」

今度は舌打ちが聞こえた。

「わたくしを守銭奴のように言うのはやめなさい、失礼な。だいたい、もしそうした物が欲しければ、わざわざお前に強請るまでもない。自分で求めます。……というか、まだ根に持っているのですか?」

ユシウスがきょとんと首を傾げると、レネは「何でもありません」と言った。

「帰ったら、それでハニーミルクを淹れてください」

ユシウスはぱっと顔を上げた。下から見上げるレネの顔は表情がよく分からない。不機嫌そうにきゅっと結んだ口許だけはよく見ることが出来た。

「レネ様、甘いものお嫌いなんじゃ……」

「好きではないですが、嫌いでもありません」





(甘党のくせに。昔から素直じゃないんだから)

思い出し笑いを耳にして、レネがぐいっと腕を突き出した。

「おかわり」

あの頃、腰まであったレネの長い髪は、今は胸元までの長さだ。朝、丁寧に梳かしてやるのはユシウスの大事な習慣だった。

「はいはい、今度はちょっと温めにしますね。レネ様はお子様舌ですもんね」

「ふん、子供の頃の方があなたは素直でかわいかった」

ユシウスは驚いてレネを見つめた。

「かわいかったんですか?あんな愚図で文字も読めなくて、やせぎすの汚い毛玉みたいな俺が?」

今度はレネが驚いたように口を小さく開けたが、そのまま何かをこらえるように、揺り椅子を前後に動かした。

やがて、冷え切った声で、ぼそぼそとつぶやく。

「え?なんですか」

「……だから、どうしてあなたは、自分のことをそんな風に見下して語るのですか!わたくしはそりゃ、あなたに優しくないことも散々言ってきましたけれど……だからって、……もういいです。どうせみんな、わたくしが悪いと思ってるんでしょう」

ふんと鼻を鳴らし、毛布をぐいと引っ張ると、頭からかぶってしまう。

ユシウスは何がレネの気分を害したのはさっぱりわからず、困りきって周りをウロウロした。

「レネ様が悪いことなんて一個もないですよ。ね、お顔出してください。せめて怒ってる理由を教えてくれませんか?」

毛布の塊は押し黙ったまま、うんともすんとも言わない。

「レネ様~」

最後の手段で、強気の甘え倒しに出てみる。毛布に縋って揺り椅子ごと揺らすと、苛立ちをあらわにして、レネが顔を出してくれた。

「……悪口を言わないでください」

「誰のですか?」

「だ、か、ら!あなたの!わたくしの所有物に文句をつけるなんて、たとえあなた自身でも許しませんよ。だいたい、昔のあなただって、今と同じくらいふかふかした手触りの良い毛並みだったし、お耳は触るとぴこぴこして可愛かったし、お勉強もわたくしに褒められようと頑張っていたし」

レネはむきになったように、どんどん早口になった。ユシウスはあんぐり口を開けて固まっていたが、次第に顔が熱くなってきた。レネは見えないので、勿論そんな事には気付かない。

「料理が上手いし、狩りも出来るし、手先が器用だし……ええと、他に何かありましたっけ」

「レネ様」

「待ちなさい!まだありますよ」

レネは怒ったように手を突き出した。邪魔するな、と言いたげだ。

「わたくしの髪を梳かすのが上手いし、パン作りが上手いし、ジャムが美味しいし」

だいぶ食に偏ってきた。胃袋を掴んでおいてよかったな、と心底思う。

(ガキの俺、その苦労、ちゃんと報われるから安心しろ)

そしてなんとなく、レネの言わんとしていることを察することもできた。

「レネ様、分かりました。俺が間違ってました。子供の俺も、レネ様のために一生懸命がんばってましたよね」

「……ん」

「それなのに馬鹿にしたら、かわいそうですよね」

「ん、分かればいいのです」

ふんと鼻を鳴らす。ユシウスはだらしなく口元がにやけるのを自覚しながら、我慢できずレネを毛布ごと抱きしめた。

「……鬱陶しい」

言いながら、肩に頭を凭れてくるレネに、胸の奥が甘く疼いた。

「鬱陶しくてごめんなさい。でも俺、レネ様のことが大好きだから、すぐこうしたくなっちゃうんですよね」

「ふん……なら、しょうがないですね」

ユシウスは甘えるように喉の奥で低い唸り声を出しながら、すりすりと毛布越しにレネに頬をこすり付けた。

最近はこうすると、少しだけレネに自分の匂いが染みつくような気がして、やめられない。

秋の夜は深まり、ユシウスは今日もこうして、レネの甘い匂いに満たされてゆく。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

処理中です...