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同盟と非戦
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19:15
「う、動くなあっ!」
スリングショットをこちらに向けた人物は叫んだ。俺の目は既に装填されている金属球に吸い寄せられる。スリングショットとは俗にいうパチンコのことであるが、ただの石にアルミ缶を簡単に貫くことができる貫通力を持たせることができるのだ。人間の肉体など簡単に潰せるに違いない。
「武器を捨てて……橋野さん?」
俺が顔を上げてスリングショットからそれの持ち主に目を向けると、相手が誰なのかが分かった。目の前にいたのはゲーム開始前に会った長崎千郷だった。
「待て、待て。落ち着け。俺は君を攻撃しない。武器を下ろしてくれ」
この遭遇で俺が幸運だったことは、長崎千郷がこの殺し合いに〝乗って〟いるプレイヤーではないと考えられることだろう。もし殺し合いをするつもりならば武器を捨てろと命令する必要はない。問答無用で射殺すれば良いのだ。
「……まだ信用できない」
千郷はスリングショットを下ろさず、未だ俺に照準を合わせている。その目には不安の色が見えた。
「分かった。同盟を組もう。それならルール上もお互い殺すことはできないはずだ」
「じゃあそっちが端末を使って、私に同盟を申し込んで」
スリングショットは両手が空かなければ使えない。同盟を組むための操作を端末で行おうとする間に襲われるのを防ぐためだろう。
俺は端末をポケットから取り出すと、画面を見た。地図を表示してみると、なんと彼女のいる位置に丁度罠が仕掛けられているのが分かった。
その罠は〝吊り天井〟と表示されている。今俺がこの罠を作動させたら彼女の頭蓋骨は地面にたたきつけられたスイカのように粉々になるだろう。俺の武器がこの端末であると見抜けなかったため、知らず知らずのうちに彼女は自分を死に追いやることになってしまったわけである。
しかしそれはあくまで俺がこのゲームに乗っていたら、という仮定のもとでしか起こり得ない結果だ。彼女は俺を殺すわけでは無く、自分の身を守るためにスリングショットをこちらへ向けているだけで、積極的な悪意はないのだろう。
結局俺は〝長崎千郷〟に同盟の申し込みをした。千郷は俺に距離をとらせてから端末を取り出し、それを承諾した。
〝「橋野和樹」さんと「長崎千郷」さんの同盟が成立しました〟
千郷が承諾すると同時に掲示板の方にそんな文章が表示された。これで他のプレイヤーに同盟を組んだことを伝え、襲われる機会を減らすことが出来るかもしれない。
「ふう、緊張した」
スリングショットを下ろして千郷は大きく息を吐くと、小さい鉄球をポシェットに入れた。
「君の武器はそれか」
「ええ、〝スリングショット〟ね」
千郷はポケットから小さい紙片を俺に渡した。
〝〈武器〉スリングショット
古くから狩猟の道具として使われてきた投擲武器。通常は地面に転がっている石を利用するが、今回は玉として鉄球を使うと良いだろう。その破壊力は侮れない。〟
「あなたのは?」
今度は俺が端末を見せて説明した。
「罠を作動させる……ね」
千郷は地図で自分が先ほどまでいた場所に罠が仕掛けられていたのを知ったらしく、急に顔が青ざめていく。
「まあ俺は積極的に殺しをしようなんて思っちゃいないから。君も同じだろ」
「……ええ」
「そんな感じで罠があるとこではこの武器、結構強いんだけど、無いところじゃ全く役に立たないわけ。だから罠が多くて戦いやすい二階の中央のフロアへ向かおうと思ってるんだけど」
「なるほど、それなら地下二階を目指した方が良さそうね」
千郷は意外と簡単に賛成してくれた。聞いてみると、スリングショットのみでは距離を詰められた時が心配で、だれか近接武器をもつ者と同盟を組みたかったそうだが、そこに俺が急にドアを開けて登場したため、やむを得ずこうなったらしい。
「じゃあ早速移動しましょ。まごまごしてると他のプレイヤーが来ちゃうかもしれないし」
「そうだな」
と、ドアを開けようとしたその時、また端末が震えた。
端末を取り出して見ると、掲示板に新しいメッセージがあった。
〝〈発信元・コッコー〉
皆はこの馬鹿げたゲームに乗るのか? 一度話し合って生き残る道を探そう。
俺が信用できないなら来なくてもいいから、とにかく頭を冷やしてみてほしい。
俺は地下二階のこの部屋にいる。三時間待つから集まってくれ
添付・地図〟
添付されていた地図にはコッコーの現在地と思われる星印がついていた。さらに、メッセージそのものの右下に数字が表示されており、だんだん増えているのが見える。
「この数字はひょっとして既読したプレイヤーの数か」
俺の推測を裏切らず、その数は一二で止まった。
千郷は考え込むようにして端末を眺めている。
「どう思う?」
「馬鹿じゃないの、この人」
思いのほか千郷の評価は辛辣だった。確かにコッコーが本当にゲームを止めさせようとしているのならばこれは自殺行為に等しい。わざわざ自分の居場所を教えているため、このゲームをやる気になっている人間の格好の餌食となるだろう。
しかし、逆にコッコー自身がゲームで〝やる気〟になっているのならのこのこやって来たプレイヤーを殺すために仕掛けた罠だろう。どちらにせよそこへ向かうのは危険であるような気がする。
「無視する?」
「まあそうね。けど私たちが向かおうとしている地下二階にプレイヤーが集まってくるかもしれないのが気になるけど」
「うーん、面倒だな。暫くこのフロアで休憩所を探そうか」
「でも一応行ってみるのも手かもね。ここから階段まで近いし、何よりこちらは二人。そうだ、橋野さん、コッコーの周りに使えそうな罠はある?」
「ちょっと待って」
俺は地図と罠の位置をすり合わせてコッコーの部屋の周りにある罠の数を確認した。
「うん、五つぐらいだ。これなら十分戦える」
そう言うと、千郷は頷いた。
「それなら行ってみましょう、もしコッコーが味方なら同盟を組めるわ」
三人まで同盟が大きくなれば狙ってくるプレイヤーもさらに少なくなるだろう。リスクのある行動だが、その分同盟を組めるメリットは大きい。何よりコッコーに最も近いのが自分たちだと思われるので、迅速に向かえば他のプレイヤーの邪魔は無いのだ。
二人はドアを開け、地下二階へ向かった。
〈橋野和樹〉
ポイント 0
所有武器 罠操作アプリ
所有アイテム 赤の鍵
現在位置 地下三階西のフロア
〈長崎千郷〉
ポイント 0
所有武器 スリングショット
所有アイテム なし
現在位置 地下三階西のフロア
19:23
「お、動き出したか」
ダレイオスは手元の端末に目を落としていた。現在はあちこちを歩き回っているのだが、ダレイオスが無警戒にこれほど大胆に動けるのには訳があった。
「えーと、赤城がこっちに来てるな…で、こっちへ行くと雪香がいる、と。じゃあ右へ進むか」
ダレイオスの支給武器はプレイヤーの探知アプリだった。「見る見る君」という名のそのアプリは、他のプレイヤーの現在位置を知らせ続けることでダレイオスに安心と安全をもたらしているのである。
(これのおかげで他のプレイヤーがどこにいるか手に取るように分かる。武器を手に入れたら積極的に戦いに行ってみようか)
ダレイオスは武器を持っていたら積極的に戦っていただろうが、最初に支給されたものが探知機というおよそ武器とは言い難いアイテムだったので、今は逃げ回るのに甘んじている。
しかし、何かの拍子で武器を入手出来たら、必ず殺し合いに乗るつもりでいた。何としても彼は生きて帰らなくてはならないのだ。
(お父さん、胸が痛いの)
今年で五歳になる娘の言葉を聞いて、元々心配性で過保護な父親だったダレイオスー藤原仁志はすぐに病院へ連れて行った。
「白血病ですね」
「は、白血病⁉」
白血病は放射線、ウイルス、その他化学薬品などで骨髄の遺伝子に傷がつき、白血球が異常増殖してしまう病気のことで、治療の難しい難病である。
「娘は…治りますか」
「一応見込みはあるのですが……ただ治療に最低でも五百万円ほどかかります」
「五百万!」
とてもではないがそのような金は家にない。妻は専業主婦だし、自分も薄給の歴史教師だ。借金でもしなければ金は払えない。
その後、あちこちの金融機関へでかけ、金を都合しようとしたが、駄目だった。さらに悪いことに、娘の健康保険では白血病に対応しておらず、保険料が下りなかったのである。
「もういっそサラ金に借りるか?」
「やめて、そんなことしたらどっちみち……」
妻が言う。彼女もパートで働き始めてはいるが、入院費を払うこともおぼつかない。
「金さえ……金さえあれば」
そこに目に入ったのがあのバイト広告だったのである。
ダレイオスは既に、人を殺す覚悟というものを決めていた。
(俺は必ず生き残って金を届けてやる)
端末を見ながら走っていると、掲示板に二つのメッセージが上がっていることに気が付いた。
(一つは…橋野和樹と長崎千郷の同盟か。こいつらは殺すのは後回しだな。で、次は……)
次に表示されたのはコッコーの非戦の呼びかけだった。ご丁寧に地図まで添えてある。
(ちっ、武器を持ってたら殺しに行ってるんだがな)
コッコーの居場所と添付された地図を見比べると一致しており、偽りなく彼自身がそこにいることが分かる。つまりこれは不意打ちを狙った罠ではなく本当に戦いをやめさせようとしている可能性が高い。
しかし、現にダレイオスが殺せないことを口惜しく思ったように、自分の現在地を知らせるということは殺し合いに乗っているプレイヤーに「自分を狙ってください」と言っているようなものだ。
(そら、動き始めた奴らがいる)
動き始めたのは橋野長崎同盟と赤城達也、そして羽田俊雄だった。そこへ行ったら間違いなく戦いに巻き込まれるだろう。武器を一切持っていない状態でそこへ突っ込むのは無理がある。ダレイオスはこれに手を出すことは出来ないので、他の生存に必要な条件をそろえることにした。
(とにかく休憩所を探さなくては)
ダレイオスはプレイヤーの動きを見ながら歩き始めた。
〈ダレイオス〉
ポイント 0
所有武器 なし
所有アイテム プレイヤー探知アプリ
現在位置 地下二階東のフロア
「う、動くなあっ!」
スリングショットをこちらに向けた人物は叫んだ。俺の目は既に装填されている金属球に吸い寄せられる。スリングショットとは俗にいうパチンコのことであるが、ただの石にアルミ缶を簡単に貫くことができる貫通力を持たせることができるのだ。人間の肉体など簡単に潰せるに違いない。
「武器を捨てて……橋野さん?」
俺が顔を上げてスリングショットからそれの持ち主に目を向けると、相手が誰なのかが分かった。目の前にいたのはゲーム開始前に会った長崎千郷だった。
「待て、待て。落ち着け。俺は君を攻撃しない。武器を下ろしてくれ」
この遭遇で俺が幸運だったことは、長崎千郷がこの殺し合いに〝乗って〟いるプレイヤーではないと考えられることだろう。もし殺し合いをするつもりならば武器を捨てろと命令する必要はない。問答無用で射殺すれば良いのだ。
「……まだ信用できない」
千郷はスリングショットを下ろさず、未だ俺に照準を合わせている。その目には不安の色が見えた。
「分かった。同盟を組もう。それならルール上もお互い殺すことはできないはずだ」
「じゃあそっちが端末を使って、私に同盟を申し込んで」
スリングショットは両手が空かなければ使えない。同盟を組むための操作を端末で行おうとする間に襲われるのを防ぐためだろう。
俺は端末をポケットから取り出すと、画面を見た。地図を表示してみると、なんと彼女のいる位置に丁度罠が仕掛けられているのが分かった。
その罠は〝吊り天井〟と表示されている。今俺がこの罠を作動させたら彼女の頭蓋骨は地面にたたきつけられたスイカのように粉々になるだろう。俺の武器がこの端末であると見抜けなかったため、知らず知らずのうちに彼女は自分を死に追いやることになってしまったわけである。
しかしそれはあくまで俺がこのゲームに乗っていたら、という仮定のもとでしか起こり得ない結果だ。彼女は俺を殺すわけでは無く、自分の身を守るためにスリングショットをこちらへ向けているだけで、積極的な悪意はないのだろう。
結局俺は〝長崎千郷〟に同盟の申し込みをした。千郷は俺に距離をとらせてから端末を取り出し、それを承諾した。
〝「橋野和樹」さんと「長崎千郷」さんの同盟が成立しました〟
千郷が承諾すると同時に掲示板の方にそんな文章が表示された。これで他のプレイヤーに同盟を組んだことを伝え、襲われる機会を減らすことが出来るかもしれない。
「ふう、緊張した」
スリングショットを下ろして千郷は大きく息を吐くと、小さい鉄球をポシェットに入れた。
「君の武器はそれか」
「ええ、〝スリングショット〟ね」
千郷はポケットから小さい紙片を俺に渡した。
〝〈武器〉スリングショット
古くから狩猟の道具として使われてきた投擲武器。通常は地面に転がっている石を利用するが、今回は玉として鉄球を使うと良いだろう。その破壊力は侮れない。〟
「あなたのは?」
今度は俺が端末を見せて説明した。
「罠を作動させる……ね」
千郷は地図で自分が先ほどまでいた場所に罠が仕掛けられていたのを知ったらしく、急に顔が青ざめていく。
「まあ俺は積極的に殺しをしようなんて思っちゃいないから。君も同じだろ」
「……ええ」
「そんな感じで罠があるとこではこの武器、結構強いんだけど、無いところじゃ全く役に立たないわけ。だから罠が多くて戦いやすい二階の中央のフロアへ向かおうと思ってるんだけど」
「なるほど、それなら地下二階を目指した方が良さそうね」
千郷は意外と簡単に賛成してくれた。聞いてみると、スリングショットのみでは距離を詰められた時が心配で、だれか近接武器をもつ者と同盟を組みたかったそうだが、そこに俺が急にドアを開けて登場したため、やむを得ずこうなったらしい。
「じゃあ早速移動しましょ。まごまごしてると他のプレイヤーが来ちゃうかもしれないし」
「そうだな」
と、ドアを開けようとしたその時、また端末が震えた。
端末を取り出して見ると、掲示板に新しいメッセージがあった。
〝〈発信元・コッコー〉
皆はこの馬鹿げたゲームに乗るのか? 一度話し合って生き残る道を探そう。
俺が信用できないなら来なくてもいいから、とにかく頭を冷やしてみてほしい。
俺は地下二階のこの部屋にいる。三時間待つから集まってくれ
添付・地図〟
添付されていた地図にはコッコーの現在地と思われる星印がついていた。さらに、メッセージそのものの右下に数字が表示されており、だんだん増えているのが見える。
「この数字はひょっとして既読したプレイヤーの数か」
俺の推測を裏切らず、その数は一二で止まった。
千郷は考え込むようにして端末を眺めている。
「どう思う?」
「馬鹿じゃないの、この人」
思いのほか千郷の評価は辛辣だった。確かにコッコーが本当にゲームを止めさせようとしているのならばこれは自殺行為に等しい。わざわざ自分の居場所を教えているため、このゲームをやる気になっている人間の格好の餌食となるだろう。
しかし、逆にコッコー自身がゲームで〝やる気〟になっているのならのこのこやって来たプレイヤーを殺すために仕掛けた罠だろう。どちらにせよそこへ向かうのは危険であるような気がする。
「無視する?」
「まあそうね。けど私たちが向かおうとしている地下二階にプレイヤーが集まってくるかもしれないのが気になるけど」
「うーん、面倒だな。暫くこのフロアで休憩所を探そうか」
「でも一応行ってみるのも手かもね。ここから階段まで近いし、何よりこちらは二人。そうだ、橋野さん、コッコーの周りに使えそうな罠はある?」
「ちょっと待って」
俺は地図と罠の位置をすり合わせてコッコーの部屋の周りにある罠の数を確認した。
「うん、五つぐらいだ。これなら十分戦える」
そう言うと、千郷は頷いた。
「それなら行ってみましょう、もしコッコーが味方なら同盟を組めるわ」
三人まで同盟が大きくなれば狙ってくるプレイヤーもさらに少なくなるだろう。リスクのある行動だが、その分同盟を組めるメリットは大きい。何よりコッコーに最も近いのが自分たちだと思われるので、迅速に向かえば他のプレイヤーの邪魔は無いのだ。
二人はドアを開け、地下二階へ向かった。
〈橋野和樹〉
ポイント 0
所有武器 罠操作アプリ
所有アイテム 赤の鍵
現在位置 地下三階西のフロア
〈長崎千郷〉
ポイント 0
所有武器 スリングショット
所有アイテム なし
現在位置 地下三階西のフロア
19:23
「お、動き出したか」
ダレイオスは手元の端末に目を落としていた。現在はあちこちを歩き回っているのだが、ダレイオスが無警戒にこれほど大胆に動けるのには訳があった。
「えーと、赤城がこっちに来てるな…で、こっちへ行くと雪香がいる、と。じゃあ右へ進むか」
ダレイオスの支給武器はプレイヤーの探知アプリだった。「見る見る君」という名のそのアプリは、他のプレイヤーの現在位置を知らせ続けることでダレイオスに安心と安全をもたらしているのである。
(これのおかげで他のプレイヤーがどこにいるか手に取るように分かる。武器を手に入れたら積極的に戦いに行ってみようか)
ダレイオスは武器を持っていたら積極的に戦っていただろうが、最初に支給されたものが探知機というおよそ武器とは言い難いアイテムだったので、今は逃げ回るのに甘んじている。
しかし、何かの拍子で武器を入手出来たら、必ず殺し合いに乗るつもりでいた。何としても彼は生きて帰らなくてはならないのだ。
(お父さん、胸が痛いの)
今年で五歳になる娘の言葉を聞いて、元々心配性で過保護な父親だったダレイオスー藤原仁志はすぐに病院へ連れて行った。
「白血病ですね」
「は、白血病⁉」
白血病は放射線、ウイルス、その他化学薬品などで骨髄の遺伝子に傷がつき、白血球が異常増殖してしまう病気のことで、治療の難しい難病である。
「娘は…治りますか」
「一応見込みはあるのですが……ただ治療に最低でも五百万円ほどかかります」
「五百万!」
とてもではないがそのような金は家にない。妻は専業主婦だし、自分も薄給の歴史教師だ。借金でもしなければ金は払えない。
その後、あちこちの金融機関へでかけ、金を都合しようとしたが、駄目だった。さらに悪いことに、娘の健康保険では白血病に対応しておらず、保険料が下りなかったのである。
「もういっそサラ金に借りるか?」
「やめて、そんなことしたらどっちみち……」
妻が言う。彼女もパートで働き始めてはいるが、入院費を払うこともおぼつかない。
「金さえ……金さえあれば」
そこに目に入ったのがあのバイト広告だったのである。
ダレイオスは既に、人を殺す覚悟というものを決めていた。
(俺は必ず生き残って金を届けてやる)
端末を見ながら走っていると、掲示板に二つのメッセージが上がっていることに気が付いた。
(一つは…橋野和樹と長崎千郷の同盟か。こいつらは殺すのは後回しだな。で、次は……)
次に表示されたのはコッコーの非戦の呼びかけだった。ご丁寧に地図まで添えてある。
(ちっ、武器を持ってたら殺しに行ってるんだがな)
コッコーの居場所と添付された地図を見比べると一致しており、偽りなく彼自身がそこにいることが分かる。つまりこれは不意打ちを狙った罠ではなく本当に戦いをやめさせようとしている可能性が高い。
しかし、現にダレイオスが殺せないことを口惜しく思ったように、自分の現在地を知らせるということは殺し合いに乗っているプレイヤーに「自分を狙ってください」と言っているようなものだ。
(そら、動き始めた奴らがいる)
動き始めたのは橋野長崎同盟と赤城達也、そして羽田俊雄だった。そこへ行ったら間違いなく戦いに巻き込まれるだろう。武器を一切持っていない状態でそこへ突っ込むのは無理がある。ダレイオスはこれに手を出すことは出来ないので、他の生存に必要な条件をそろえることにした。
(とにかく休憩所を探さなくては)
ダレイオスはプレイヤーの動きを見ながら歩き始めた。
〈ダレイオス〉
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所有武器 なし
所有アイテム プレイヤー探知アプリ
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