呪いの子と公爵令息

ゆら

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魔力鑑定の儀

  
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 あれから半年程が経った。冬はとうの昔に終わり、穏やかな気候が続いている。
 また来ると言い去ったヴィルフレドは、あの日から一度も来ていない。
 当然だ。相手は公爵家嫡男。男爵家のこんな呪われた子供、そうそう相手にする訳がない。

「そりゃそうだ」

 毎日のように漏らす言葉を今日も自身に言い聞かせるように呟く。
 今日も今日とて特にする事もないアロイスは床に座り込み本の虫だ。ヴィルフレドに教えて貰った文字のおかげで、いくつか読める本が増えたのは僥倖と言っていい。生まれてこの方屋敷を出たことがないアロイスにとって、本に書かれていることが唯一知る世界なのだ。
 それ以外で知っている事と言えば、ヴィルフレドが話してくれた市街の話と、10歳で受ける魔力鑑定の儀、あと意外にもヴィルフレドが人参が苦手ということくらい。アロイスからしてみれば贅沢な話だ。
 文字が読めるようになり魔法も練習してみたが、その才は無いようで、魔力の使い方というものが全くわからない。
 唯一できるようになったのは風魔法の一種で遠くの声を聞くことくらいだ。だが、それも屋敷に届くくらいの距離を聞くことしか出来ない。屋敷で話されてる内容など特に興味をそそられることも無く早々に飽きてしまった。
 唯一興味をそそられた内容と言えば、兄であるリーヌスが二つ年上で、今度魔力鑑定の儀を受けるということ。
 リーヌスが魔力鑑定の儀を受けることに興味がそそられた訳ではない。つい耳を澄ませて聞いたのは、リーヌスの年齢――つまり10歳になれば魔力鑑定の儀を受けることができるというのだ。
 だが同時に知らなくていい内容も耳に入ってしまった。父親であるヨゼフは、アロイスには魔力鑑定の儀を受けさせる気がないという話だ。
 まぁ想像できたことだが、やっぱりか、と落胆してしまう。大した魔力がないのはわかっているが、折角受けるチャンスがあるのなら受けてみたかったというのが本音だ。
 チュンっと外から鳥の鳴き声が聞こえる。今日も快晴なのだろう。
 じっと扉を見つめた。
 ヴィルフレドが来た日以来、アロイスが自らその扉を開いたことは無い。開くのは、メイドが食事を持ってきた時くらいだ。
 今日はまだその食事は届けられていない。いつもなら朝食が終わった頃持って来るのだが、忘れているのだろうか。それともとうとう食事すら与えられなくなってしまったのだろうか。
 そんな恐ろしい事を考えながらジッと扉を睨んだ。
 タイミングよくカチャッと軽い音を立て、ドアノブが回される。続いてギィッと錆びた音を響かせ、扉が開いた。

(やっと食事が来た)

 サッと腰を上げ奥の部屋へと入っていく。
 メイドが悲鳴を上げる前に姿を隠すのはもう日課だ。誰が好んで他人の叫びを聞きたいと思うのか。
 メイドもメイドで、呪いの子に会うかもしれない恐怖を押し殺して食事を運んで来るのだ。わざわざアロイスの姿を探したりはしない。食べる食べないの把握までメイドの仕事ではないのだ。
 ギィッと扉が閉まる。食事を置いて出ていったのだろうと思い再び腰を上げた。
 そこでふと違和感に気づく。何故かギッ、ギッと床を踏みしめる音がするのだ。
 アロイスが歩く音ではない。扉の方から聞こえてくる音に困惑する。
 誰かいる。自分以外の誰かが。
 その足音は迷いなくアロイスがいる部屋の方へと向かってくる。
 狭い小屋の中だ。あっという間に見つかってしまうだろう。
 目的はわからないが、こんな所に来るなんて碌な用件ではないはずだ。
 男爵家に盗みに入った泥棒か、それとも浮浪者か。後者であればまだいいが、前者の場合は危害を加えられる可能性がある。身を隠すのが良案だろう。
 屋敷の者である可能性はいちばん初めに捨てた。当然だ。屋敷の者ならもっと不遜気に入ってくるか、怯えて足取りが重くなる。この足音の主は迷うことなく奥へと向かってくるのだ。
 そうなると、泥棒の線も無くなってくる。いくら小屋とはいえ、人が居て騒がれでもしたら大変だ。もっと慎重に様子を窺いながら入ってくるだろう。
 なら、一体誰が、なんの用事で。
 頭の中をフル回転させるが、とんと見当がつかない。
 古い小屋は少し動くだけでも床が軋む音を立てる。少しでも存在を消そうと、アロイスは息を潜め座り込んだ。

「アロイス?」

 発せられた声に聞き覚えがあり、勢いよく顔を上げる。まさか…と思いつつ顔を向ければ、部屋を覗き込むように待ち遠しかった顔が現れた。

「ヴィルフレド、様」
「そんな所でどうしたんだ?」

 息を潜めるように座り込むアロイスを訝しげにヴィルフレドが見下ろす。

(どうしたんだはこっちのセリフだっ)

 だがその言葉は口をついて出ることはなかった。
 何で来なかったのか。何で来たのか。
 諦めつつもどこかヴィルフレドの言葉を信じていた事に気づき、その顔を見るだけで安堵している。
 来てくれた。その事実だけで満足している自分がいた。

「アロイス?」

 答えないことを不審に思ったのか、ヴィルフレドはアロイスの傍に膝を着く。それでも答えないアロイスを不安そうに覗き込む。

「どうした?具合が悪いのか?」

 青い瞳が空のようで見とれてしまう。
 ヴィルフレドだ。ヴィルフレドがここにいる。
 自分とのちっぽけな約束を守ってくれた。たったそれだけで感無量だ。
 じんわり目頭が熱くなり、視界が滲み始める。

「ア、アロイス!?」

 慌てるヴィルフレドになんでもないと小さく答えた。
 本来ならあの日サヨナラして終わりのはずだ。いくら貴族と言え、呪いの子であるアロイスは名ばかり。公爵家の子と気安い関係になれる方が信じ難い現実なのだ。
 口約束なんて違えてもなんの文句も言えないのに、律儀に約束を守って会いに来てくれたと言うだけで心の底から歓喜が溢れてくる。

「……来るのが遅くなってすまない」
「いや……ヴィルフレド様も忙しいでしょ」

 公爵家ともあれば他の貴族に侮られぬよう礼儀作法も知識も完璧でないといけない。本来ならこんな下位貴族の子など相手にする暇は無いはずだ。
 それなのに律儀に約束を守るその誠意がヴィルフレドらしさなのだろう。

「そんなことはない。まだ学園に入学した訳でももないしな。アロイスは学園には通うのか?」
「僕は……どうだろう。父上が許してくれるか」

 学園の言葉を聞き言い淀んだ。屋敷どころかこの小屋からも出してもらえず、ヨゼフ自身が顔も見せに来ることはない。

「男爵がどう言おうと、正しい魔力の使い方を学ぶために学園へ通うのは義務のようなものだ。その為に魔力鑑定の儀もある」
「でも、それも受けさせる気はないって……」
「男爵が言ったのか?」
「うん」

 直接言われた訳ではない。盗み聞いただけだが、確かにそう言っていた。

「君はそれでいいのか?魔法に興味があるのだろう?」
「魔法は、ここにある本でも学べるし…」

 ここに、と床に散乱する本に視線を向けた。
 巻数もバラバラで下巻のみだったり、途中が抜けてたりもするが、アロイスにとっては大切な教科書だ。中には御伽噺のような本もあり、古い物らしく文字が掠れて読めない箇所もあったが。

「学園に行けばもっと基礎から学べるし、ここにない魔法だって知ることが出来る。それにッ」
「それに?」
「……学園に通えば、毎日会えるだろ」

 やけに粘るなと聞き返すと、恥ずかしいのか小声でヴィルフレドが呟いた。

「それは……楽しそう、かも」

 思わず頬を緩めた。アロイスだけが会うことを望んでいたわけじゃなかったのだ。

「それに、いつまでもこの環境のままとは言えないだろ。いざという時のために生きていくための知識は必要だ。貴族としての作法も身についてないし」

 確かに今はこの小屋に隔離されているだけだが、先はどうなるか分からない。もし追い出されたら、もしもっと自由のない場所に閉じ込められたら。
 考えたこともなかった。このままこの小屋で朽ち果てるまで居るのだと、すっかり思い込んでいた。

「アロイスはどうしたいんだ」

 その問いに答えるにはアロイスの世界は狭すぎた。
 出来るならもっと外の世界を見てみたいし、自由に街を散策したりしてみたい。もっと魔法を学びたい。

「外に出てみたい……僕も、街に行ってみたい……できるかわかんないけど、学園も……行ってみたい」

 だがどうやって?どこに街がある?どうやったら学園へ通える?
 それすら分からない。
 望みはあっても叶えるための知識が足りないのは明確だった。
 ヴィルフレドが満足そうに微笑む。

「うん……一緒に学園に通おう。それまで俺が教えられることは教えるから」

 アロイスは緩みそうになる唇をキュッと震わせると静かに頷いた。

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