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幕間 ベータの恋路
しおりを挟む学生最後の秋季休暇。
この秋季休暇を終えれば卒業を待つのみで、卒業すればそれぞれの進路へと進んでいく。
王に仕える者。領地を継ぐ者。聖職者や騎士になる者。中には市井に下る者もいる。
どんな進路であれ、自ら選んでその道を行くことになるのが理想だ。
だがそれが許されるのはほんの一部だろう。多岐に渡るように見えても、実際目の前に下げられた進路は一つしかない。
ジェークは侯爵家の次男だ。
次期当主はアルファである兄に決まっており、次男であるジェークは将来は王宮の外交官になるよう幼い頃から育てられている。だが心の中では幼少期誘拐されそうになったのを助けてくれた騎士に憧れを持っていた。
一度、騎士になりたいと父の前で漏らしたことがある。その時の冷淡な目と「なら出ていけ」という威圧的な声は、口にしてはいけない事だと悟るに易かった。
望んではいけない事だと思えば思うほど憧れは増し、親や使用人に隠れては剣に見立てた枝を振り回す日々。
それは学園に入ってからも変わらず、倉庫で木剣を見つけてからは人気のない裏庭でこっそりと剣を振り続けた。
周囲からは奔放で女性遊びが激しいと勝手に評価されているのは知っているが、訂正するのも面倒だ。どうせ想い人とは結ばれない運命にある。だったら他人からどう思われようとも関係ないし、勘違いした令嬢を適当に相手する方が手間が少なかった。
侯爵家と言っても所詮次男のベータ。火遊び程度が令嬢達も楽しかったようだ。
卒業すればおもいびとと会うことも少なくなる。そうなればいつかこの思いも枯れるだろう。
そう思っていた。
リベルラ公爵家でのパーティに家族共々招待されたのは秋季休暇に入ってすぐ。
めぼしい貴族に挨拶を済ませ、飽きたな、とぼんやり華やかな雰囲気を眺めていると、令嬢が声を掛けてきた。たしか何とかっていう伯爵家の令嬢だ。父親も弟も奔放だと耳にしたことがある。
「ジェーク様、私ゆっくりお話がしたいわ……2人っきりで」
「……では、2人きりになれる場所にでも」
貼り付けた笑顔でそう言えば、柔らかい体を擦り寄せて来た。彼女の中でも女性遊びに奔放な侯爵家の次男、として認識されているのだろう。
すっと心の奥が冷めたのがわかった。
「ジェーク」
令嬢の腰に手を回し、会場を出ようとする所で聞き馴染みすぎた声が自身の名前を呼んだ。
パーティの主賓である公爵の息子──アレクシスだ。
「いい加減ふらふら遊ぶのはやめろ。目に余る」
「アレクシスには関係ないだろ」
「侯爵家の品位に関わると言ってるんだ」
はぁ……と溜め息を吐く。完全に気が削がれた。
名も知らない令嬢に「ごめんね、また今度」と腰に回した手を離した。そしてそのままパーティ会場の外へと足を向ける。
「おい、話は終わってないぞ!」
外に出るジェークの後をアレクシスは何故かついて来た。
「しつこいなぁ……別に俺が侯爵を継ぐわけじゃない。それくらいお前もわかってんだろ」
「継ぐ継がないの話をしてるんじゃない」
「はいはい」
歩みを止めず1人になれそうな場所へと足を向ける。
公爵邸だが幼少期よく来た場所だ。大まかな間取りは頭に入っている。
勝手知ったる……と言ってもこの広い豪邸の中を全て把握してる訳では無い。1人になれそうな場所を考えてみるが今日はパーティだ。サロンや娯楽室にも招待客がいるだろうし、屋敷内は使用人の行き来も多い。
そういや騎士ごっこと言いながら庭先に落ちていた木の枝で遊んでいたな。
幼少期の思い出がぼんやりと浮かぶ。父とは違い、バース性が分かってからもアレクシスの態度は変わらなかった。それが嬉しくて変わらずこの屋敷へと足を運んでいたのだが、それも妹との婚約が決まるまでだった。
嫌なことを思い出した。
こんな時は、と思いついたように庭園へと足を向ける。
外の空気は思いの外ひんやりと澄んでいた。
「少しは話を聞け」
ジェークは、はぁ……と深い溜め息を吐く。
こうも後をついて来られては1人になりたくてもなれない。うんざりといった様子でアレクシスを振り返る。
「で、なに…」
振り返れば何故か傷ついたようなアレクシスの顔。
つい息を飲んでしまう。
「どうしてお前はそうなんだ。本当はやればできる能力があるのに、何故やろうとしない」
「俺なんて外交官として王宮に務めるのがせいぜいなんだから、アレクシスがかっかしなくてもいいだろ」
父に決められた道。そしていつかは決められた女性と結婚して、望まれるまま子供を作るしかない。
そんな自我を持つことの許されない人生を歩むのだ。
好きな人と結ばれる事なんて、一生──。
「お前がッ……なんでお前だけでもお前のことを大事にしないんだ」
「アレク……?」
顔を歪ませるアレクシスに、つい幼少期に呼んでいたあだ名が出てしまう。
今にも泣きそうで、でもぐっと拳を握るとどこか覚悟を決めたように強い眼差しになった。
ジェークが一目惚れした目だ。
王族の血が入っているせいで青みが強い濃紺の瞳。始めた会った時夜空みたいだと思った。
だがベータとアルファ。しかも男同士だ。結ばれることはないと気づいてからそばに居ることが辛くなった。
アレクシスが悪いわけではない。ただ、他の誰かと幸せになるアレクシスを見たくなくて、妹が婚約者となってからはあからさまに避けるようになった。
この2人が夫婦になるのだと、これが現実だと、まざまざと見せつけられたようだった。
「お前の侯爵家での扱いはわかってるつもりだ。だがそれとこれとは別だ。お前が自分のことを大事にしないと言うならッ!俺がお前のことを誰よりも大事にしてやるッ!」
「何言って…」
何を言っているのか理解出来ず、ただただ目を丸くする。何か言葉を発したいのに、何を聞けばいいのかわからない。
大事にとはどういうことだ?
自分の都合がいいように解釈してしまいそうになる思考を、必死にそんなはずないと繋ぎ止める。
「俺の手を取れ!」
「な……なに」
ずいっと差し出された手に戸惑う。
この手を取って、そして?
アレクシスには既に婚約者がいるのだ。それを今更反故するはずがない。
「お前にはまだ婚約者がいないだろ。俺を選べ」
「ッ…お前にはミリーがいるだろッ!それに俺はッ、ベータ、なんだぞ……」
カァッと頭が沸騰し声を荒らげた。
確かにジェークにはまだ決まった婚約者はいないが、アレクシスは違う。
公爵家の後継者として結婚は必須だ。そして当然跡取りが必要となってくる。そのためにジェークの妹が婚約者として選ばれたのだ。
男性ベータのジェークでは子どもを産むことは出来ない。せめてオメガなら……と何度唇を噛んだことか。
それなのにアレクシスはジェークに自分を選べと言ってくる。既に何度も何度もジェークが捨てた思いを拾い上げようとするのだ。
「わかってる……バカじゃないんだからわかった上で言ってるんだ。いいからお前はただ頷けばいい。あとは俺に任せろ。たまには……俺の前でくらいは、子供の頃みたいに素直になってくれ」
自信に満ちた目がふわりと細まる。
「アレク……」
「ジェーク、好きだ。俺のものになってくれ」
アレクシスの言葉に視界が滲んでいく。
濃紺の瞳はじっとジェークを見据えたままだ。
差し出された手にそっと自身のそれを伸ばす。触れた指先から微かな震えが伝わってきた。
そこで初めてアレクシスが緊張していたことに気づく。
昔からそうだ。自信満々に見えて、でも本当は少し臆病。ただ公爵家の後継としてそれを悟られないように子供の頃から努力してきた。
真面目で頑固で、不遜に見えて少し臆病。だけど自暴自棄になっても見捨てず、それこそ執拗いくらいにいつも声を掛けてきた。面倒見が言いと言えばそうかもしれないが、ジェークの女遊びが噂されるようになってからはまるで嫉妬のような色を滲ませていた。
つまり昔からそういう事だったのだろう。
「ッ…………ォメガに発情したら、殺す」
「そうしてくれ」
ボソリと呟いた言葉にアレクシスが真面目な声音で答える。
「番にしたい奴が現れたら、そいつも殺すッ」
「そんな奴は現れない」
「俺以外と結婚したいって言ってもッ、別れてやらないからな!」
「ジェークとしか結婚したくないから大丈夫だ」
「俺より先に死んだら……ッ俺も、死ぬから!」
「お前を置いて逝きたくないから、それは嬉しいな」
ふっと嬉しそうに笑ったアレクシスに、ジェークは勢いよく抱きついた。
「ッ俺も、好きだ」
「あぁ……」
嬉しそうな声が耳元に落ちる。背中に回された腕がきつくジェークを抱きしめた。
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