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前兆②
しおりを挟む気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
首筋にかかる息。触れる体温。漂ってくる匂い。
全てが不快に感じるのに、体が段々と熱くなっていく。
「はぁ、はぁ……君、ヒートだろ」
「そんな訳っ!」
否定しようと手を振り払い声を上げるが、ダニエルから今まで感じたことのない匂いに気づき目を見開いた。
甘く脳を焼くような匂い。これがアルファの匂いだと言うのだろうか。
熱くなる体。感じたことのないアルファのフェロモン。
体調不良なんかではなく、発情期を迎えてしまったというのか。
それならば自身からフェロモンが出てしまっているのだろう。そのフェロモンに当てられたというならダニエルの目が不穏な様子で据わっていることも納得がいく。
「ここを噛んだら俺の…」
首筋に再びダニエルの顔が近づいた。
当然首輪はしているが、首を噛まれるかもしれない恐怖に体が震える。
ここで噛まれる訳にはいかない。ダニエルと番になるなど真っ平御免だ。
「やだッ!!」
本能はアルファの匂いに服従しようとするが、残った理性を掻き集めダニエルを押しのけ走った。
そして必死に走った先、目に止まった扉に飛び込んだ。
「はぁ、はぁッ」
肩で息をしながら目を凝らす。薄暗いその部屋はいくつもの剣や盾が整然と並んでいる。どうやら武器倉庫のようだ。
「誰だ?」
不意に声を掛けられ慌ててその人物を見やる。
「あれ?確かローレンツの……ユリウスだっけ?」
ジェークだ。話したことはあまりないが、ローレンツと友人だからだろうか。認知されてることに驚くがそれどころではない。上がった息が治まらず、言葉を詰まらせる。
「ッ……はぁ、はぁ……す、みませ」
「どうした!?大丈夫か?具合悪いなら医務室行くか?」
途端ジェークが心配そうな表情へと変わった。
ランベリン家の次男と言えば飄々とした性格で自由奔放と有名だ。情に厚いなどとは聞いたことなく、勝手に軽薄だと思い込んでいたが友人の友人を助けるだけの人情は持ち合わせているらしい。
素直に頷けば腕を取られ、それをユリウスより少し高い肩へと回された。
ジェークを支えに寄りかかると覚束無くなった足で倉庫を出る。ダニエルと鉢合わせなかったのは運が良かった。下手すると周辺を待ち伏せしそうな執念を感じたが、無事医務室へと辿り着いた。
「先生いますー?体調不良です」
慣れた様子で開いた扉の中。白衣に身を包んだ中年の男性が徐ろに顔を見せる。
「おやおや、大丈夫か?こっちに」
医務員だ。入学説明会で挨拶があった気がする。確かシャイルだったか。
「俺、ローレンツを呼んでくるな」と、足早に出ていくジェークに感謝しつつ、誘導されるままベッドに腰掛けた。
「どうしたんだい?」
「朝から熱っぼくて、はぁ、はぁ…ッ体が熱くて」
「ユリウス・アイル……オメガか。多分発情期だろうね。初めて?」
荒い息を吐きながら頷く。やはりヒートを起こしてしまったのだ。
「僕はベータだから安心して。ここだと普通の生徒も来るから、保護室に」
医務室の奥にある扉を開き保護室へと案内される。
開いた扉からスッキリとした香りが鼻腔を広がった。
覚束無い足取りで何とか保護室へ入ると、耐えきれずベッドへ倒れ込む。
同時に熱かった体が幾分か和らいだ。不思議に思い視線を巡らすと、部屋全体を彩るように花や草本の鉢が飾られている。
「鎮静作用のある草花を置いてるんだ。少しは楽になれると思うけど、抑制できるわけじゃないから」
柔らかい笑みを絶やさず説明してくれるシャイルに安心を覚える。
「知っているだろうけど、ヒートを収める手段は2つ。ひとつは薬で抑える方法だけど、副作用もあるし効果も個人差がある。もうひとつは欲を発散する方法だね」
「発散…」
「自慰よりアルファに相手してもらう方が楽になるのが早いと言われてはいるけど、相手はいる?」
ユリウスは大きく首を振った。そんな相手いるはずがない。
「いないなら自分でするか、薬で抑えるか」
必死に耳を傾けるが、和らいだ熱が体の奥で燻っているのがわかる。
欲しているものを寄越せと言わんばかりに腹の奥からトロリとしたものが溢れ、話が頭に入ってこない。
「あれ?先生ー!」
隣の部屋からシャイルを呼ぶ声が聞こえる。
「生徒かな?とりあえず今日は帰った方がいい。迎えを呼ぶよ。あと鎮静作用のあるお茶を持ってくるから横になってなさい」
医務室へ続く扉を開いた瞬間、大好きな瑞々しく凛とした香りが、スッキリとした草花の香りの中に混ざった。
「ユーリ!」
ローレンツだ。
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