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アイル領
しおりを挟むタイミングが良いというか悪いというか。明日からは丁度夏季休暇だ。
簡単に荷物をまとめた後タウンハウスを発ち、着いたのはアイル領。農村が多い領地だ。
王都の隣ということもあり、生花を卸す業者も多い。
農地を抜け、真っ直ぐ馬車が向かったのはユリウスの生家、伯爵邸。
「ご無沙汰しております、伯爵」
「ローレンツ、久しいな。もっと顔を見せてくれていいんだぞ」
「お久しぶりです、ローレンツ。兄様も、おかえりなさい」
出迎えたのはユリウスの父であるルーサーと弟のカッシュ。母親であるレイナはタイミング悪くお茶会で不在らしい。
「ただいま。急に帰ってきてごめん」
「ここはユリウスの家なんだからいつでも帰ってきていいんだぞ。いつまで居れるんだ?」
嬉しそうに頬を緩ませたルーサーが何時までもいていいという気概で訊ねてくるが、ユリウスはその答えを知らない。
今回の帰省はローレンツが強制したものだ。
馬車の中でも「アイル領に寄ったあとノヴァーリス領へ向かう」としか聞かされていない。
ちらりとローレンツに視線を向ける。
「慌ただしくて申し訳ないのですが、明日にはノヴァーリス領に発とうかと」
「なんだ、明日には出るのか。まぁ、君の父も忙しいだろうし、仕方ないか」
申し訳なさそうに眉を下げるローレンツに対し、ルーサーが残念そうな顔を見せた。
「すみません。夏季休暇が終わる前にまた伺いますので。それで少しお話したいことが……」
「ああ、なら晩餐の後にでも時間を取ろう」
「ありがとうございます」
一体何の話だろう。
ユリウスからは番にしたい相手を聞き出せないと踏んで、ルーサーから聞き出すつもりでいるのだろうか。
だがユリウスが番になりたい相手を知るはずがない。子どもの頃は口にしたことくらいあるかもしれないが、自身のバース性を知ってからはおいそれと口にしてはいけない事だと気づいてしまったのだ。
だからルーサーに聞いてもローレンツが望む答えは得られない。
それでも気になってしまうのは、ローレンツがあまりにも普段通り過ぎるからだ。
晩餐を終え一度部屋へ戻った後、自室を抜け出した。
折り入って話をするなら応接間かルーサーの部屋か。
応接間は明かりが消えていた為、ルーサーの部屋に目星を付け向かった。
扉の隙間から明かりが漏れている。扉に耳を近づければ、こもった声が聞こえてきた。
「……を番に……許しを…」
扉越しで所々聞き取れないが、「番」について話しているようだ。
やはりルーサーから聞き出そうとしているだろうか。
「そうか……嬉しいが、寂しくなるな」
妙に感情の乗ったルーサーの言葉に、ユリウスは違和感を覚えた。
番にしたい相手を聞き出す割りにルーサーからの言葉は少なく、どちらかと言えは許可するようなそんな言葉。そして寂寥感の滲む声。
「すみません。出来るだけ顔を見せに来ますので」
「ああ、ありがとう」
これは番を聞いてる訳では無い。ローレンツが番う相手が決まった事を報告しているのだ。
突き付けられる現実に言葉を失い、ユリウスは呆然とすることしか出来なかった。
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