山暮らしの獣人、最上級冒険者と終わらない旅に出る

ウロ

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【冒険者編】第一章 獣人、山を降ろされる

04水浴び

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「素潜りも得意? かなり長いこと息止められるんだな」

 先ほどの戦闘時と打って変わって、またあの穏やかな顔で話しかけてきたが、まさかここまで後を付けて来るとは思ってなくて、固まってしまう。

「あはは、ビックリした? 俺はきみみたく鼻は効かないけど、追跡は得意なんでね」

 男が立ってるところはオレの衣服が置いてある岩場のそばだ。服がなくてはここから山に帰るのも大変になる。仕方なく警戒しながら泉から上がって、服を庇うように男の正面に立った。

「……なんのようだ。もう狩りは終わった」
「取り分受け取らずに行く気か? それに、その傷」

 男の長い指先がオレの胸元を指し示す。

「結構深い。治さないと」

 大きく横一筋に斬られた傷がオレの胸にはあった。さっきの群れのボスの攻撃を躱した際に掠めたもので、確かに血はまだ出ている。この傷だと縫うしかない。

「ヴーッ」

 オレは男の治す、と言う言葉に街でされたことを思い出して睨み付けながら唸った。

「ははっ! 今回は手で触れるだけさ。無断でキスはもうしないよ」

 危害を加えないという意思表示だろうか、両手を上げた男は微笑む。
 街で狩りの手伝いをすると言った後、こいつはオレを抱え上げたまま突然鼻に唇をくっつけてきた。鼻の噛み跡を治す為だと言って。

 確かに噛み跡は消えたがオレは飛び切り驚いて相手の顔面を引っ掻き回した。キラキラ顔面をギタギタ顔面にしてやったのに、それすらも治癒魔法で既にすっかり治っている。腹が立つ。

「前も言ったけど、俺は患部かその近くに触れていないと治癒魔法が使えないんだ。同じ魔法でも、使い方は人それぞれってこと、知ってる?」
「ヴーッ、」
「良いかな、…触れても?」

 伺い見る男の顔には害意は無い。ゆっくり掌を傷口に触らないように押し当てられる。流れ出た血が男の掌を汚すが、一切気に留める様子もなく魔力を込めて治癒魔法を使う。大きな傷口はあっという間に完治した。
 ペタペタと触って治りを確かめるが、血だけ残して傷痕もなく綺麗に塞がったそこには、さっきまで大きな裂傷があったなど微塵も感じさせない。

「…ありがとう」

 治してもらったからには、お礼を言わねば。
 それに、さっきの戦闘中に助けて貰ったこともこれに含めてしまえ、と思って呟いた。
 そんなオレに男はただ微笑み返すだけで、「血を流してこい」と泉へ押しやる。男もしゃがみ込んで泉で手に付いた血を洗い流していた。
 水に浸かりながら綺麗になった胸元を見下ろして、オレのチグハグな身体を見ても何も言われなかったことに、少しほっとした。
 顔もだが、胴体は胸元以外は古傷だらけ。でも手足は全くの無傷。
 これを見ても、不思議に思われなかった。と言うことは、きっと不思議な身体を持つやつは人里には他にもたくさんいるのだろう。

 泉から上がり、固く絞った下着を身につけると男は「確かに」と納得した顔で下着を見つめてきた。

「Tバックの紐パンならリリィが全裸に見間違えても仕方ないな」
「? てぃ…? ひも、ぱん?」

 前当てはちゃんとある。太めの紐が尻の割れ目を通り、尻尾を出す為の三角に穴があいた下着をマジマジと見つめる男の言う意味がわからない。

「あぁ、なんでも無い。ところで泥を塗る戦法は良くやってるのか?」
「ずっと昔の囮役やってたときは。いまはあまりしない」
「囮役を以前も? あの山で?」
「? あぁ」

 何故か男の眼差しが厳しくなる。服を着ようとしたオレは、少したじろいだ。

「別にきみを責めてるわけじゃないよ。その時は誰と狩りを?」
「……シ、グナと」

 ずっと昔にオレを訓練した男の名前を声に出す時はいつも緊張する。シグナには名前を呼ぶことを禁じられていた。奴隷は主を呼ばない、と。シグナはずっと昔に死んでる。でもこの緊張は今もある。

 オレの変に強張った状態に気付いたのか、興味を無くしたのか知らないが、「そうか」と短く返すとそれ以上質問してこなかった。
 代わりに岩場に置いていた男の荷袋から、厚地の布を引っ張り出し始めた。

「タオルで拭いて。風邪をひくぞ」
「いらん。勝手に乾く」

 差し出された布、もといタオルを見てオレは敢えて無視した。でも確かにこのままじゃ服が濡れる。だから全身を身震いして適当に滴を飛ばしたら、そばに立っていた男に飛沫がモロにかかっていた。

「……風邪を、ひくぞ」
「ッゔぅゔ?! ギャっ!」

 笑顔も言うことも変わらないが、さっきより低い声で言ってきた男は、力づくでオレをゴシゴシと拭きはじめた。
 逃げようとしたら羽交い締めにされて全身を拭かれる。力比べはこいつの勝ちだ。敵う気がしない。

「ヴーッ!! グルルるるっ!」
「嫌なら自分で拭くことだな」

 ワシワシと頭まで拭かれてボサボサになったオレは、男から飛び退いて服を手早く着込んでいく。

「ほらな? 着やすいだろう? 濡れたままじゃ服も着づら…」

 得意気に話す男に向かってぴちゃ!と水飛沫をまた飛ばしてやった。今度は濡れたままの尻尾で。

「ジェイド…」
「尻尾を拭き忘れるおまえが悪い」

 ぴちゃ!とまた尻尾を振って飛沫をキラキラ顔面に引っ掛けてやると、何か言い淀む男だったが、またぴちゃ!と吹っ掛けた。街でも散々邪魔してきたんだ。このくらいの腹いせはさせろ。

「尻尾は自分で拭け。ジェイド─」
「オレは拭かない。勝手に乾く。いやなら拭けばいい」

 そう、なんでかこいつに名前を知られたのも腹が立った。
 名前を教えろとうるさいから「犬でも猫でも好きに呼べ」と言ったらこいつは「ジェイド」と一発で本名を当ててきたのだ。何が「目の色にちなんで」だ。オレの目は葉っぱいろだ。
 黙って突っ立ってる男のキラキラ顔面に苛立ちのままペッペッと尻尾の飛沫を浴びせ続けてたら、唐突にむんずと尻尾を掴まれた。初動の気配も無く動いたそれに咄嗟に反応できなかったオレは、猛然と尻尾をタオルで拭かれて暴れるしかなかった。

「フギャ! フギャー!!!」
「いやなら拭けと言ったのはきみだぞ。今度からは尻尾も拭いても良いってことだな?」

 草むらにうつ伏せに組み敷かれてゴシゴシと尻尾を扱くように拭く男は、何かわからないが少し苛立ってる気配だった。なんだ、なんなんだ。

「ッ!!」

 尻尾の付け根を擦られて、ビクリと身体が震えてしまう。そこは気持ちいいところだ。適度な握り込みと共にタオルで拭かれる度に情け無い声が漏れそうになって慌てて抵抗した。

「フギャッ! ぎゃゔ!! ガルルルッ!!」

 身を捩り振り抜いた肘鉄がゴッ!と男の顎下に命中し、衝撃の勢いで傾いだ男の身体の下から転がり出た。が、すぐにビン、と尻尾を引っ張られて引き摺り戻される。くそ、こういう時に尻尾のせいで不利になるのは嫌になる。

「こ、の! 尻尾無いから、って!」
「ジェイド、きみ本当にここを触らせる意味知ってる?」
「知るか! ヴゥー!」
「はぁ…やっぱりそうか…」

 疲れた顔を見せる男にオレは更に苛ついたが、相手はパッと尻尾を手放して立ち上がると、岩場に置いてた男の荷袋や地面に刺してた槍を持って巣穴のほうに戻り始めた。やれやれ、やっと帰るか。──おい、待て。なんでオレの武器も、持ってく?

「お、い! 返せっ」

 慌てて立ち上がってオレの武器を取り返そうとするが、サクサク歩く男の歩幅は広くあっという間に森の茂みの奥へ入っていく。
 剣だけでも取り返そうとしたが、丁寧に柄周りを帯刀ベルトでグルグルに巻きつけられてしまっていて、抜剣して中身だけ取り返すことすら出来ない。本当こいつは腹が立つ。

「そろそろ聴取が始まってる頃だ、行くぞジェイド」

 槍を軽く振った男はズンズン進みながら飛び付くオレを簡単にあしらう。あのまま帰ろうとしたのに、当たり前のように男は武器を取り上げて返そうとしない。これじゃあ街の時と似たようなものだ。

「おい!」
「俺はおいじゃない。クリスだ」
「いいから返せ!」
「名前を呼んだら返すよ」
「─ッ! この、!」

 余裕の顔で歩みを止めない男の手から武器を取り返そうと、飛び蹴りしたり、死角から飛び掛かるが、全て躱されて流される。最後は男の首を背後から裸絞めして落とそうとしたが、男の装着してる鎧が邪魔して上手くいかない。
 足掻くオレを首にぶら下げたまま、結局巣穴の所まで帰ってきてしまった。

「やぁ、ご苦労様」

 オレに首絞めされたまま巣穴前に付いた男は、仲間以外に増えたひとたちに向かって、挨拶をした。
 途端に、ズァ!と音がしそうなくらいに男に視線が集まる。倒した魔物の死骸や巣穴周辺には、兵士たちや見たことない身なりのひとらが何か作業をしていたらしい。だが皆作業を中断して、このキラキラ男に注目している。

「?!?」

 油断してたオレは、男が浴びる大勢の注目を同時に浴びてしまい、咄嗟に男の背後に隠れるように身を潜めた。
 別に、怯んではいない。
 ただ男を倒すことに夢中になって、こんな大勢の気配を感じ取るのが遅れたことに、ショックだっただけだ。あと、丸腰なのがちょっと心細いだけだ。

 オレの武器を持つ男の右腕が、ぶら下がるオレの尻を押さえるようにソッと添えられた。いわゆるオンブ。別にそんなの求めちゃいないが、結果的にそうなっている。
 
 オンブは良いから、武器を返せ。
 そう言いたかったが、男の背後から出るとあの強い視線を浴びそうで、動けなかった。


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