『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第3章 開拓(アトリエLv.1)

3-3:最初の調合と、最初の食事

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火が安定し、アトリエ(小屋)の中がようやく人心地のつく暖かさに満たされてきた頃、ソフィアは、ふと自分の腕に走る痛みを思い出した。
(そういえば、ひどい切り傷だったわね)
森の入り口で、衛兵に突き飛ばされた際に、茨で引き裂かれた腕。
泥と汗にまみれたドレスの袖をまくり上げると、そこには、赤く腫れ上がった数本の線が走っていた。傷口は熱を持ち、化膿が始まっている兆候さえ見られた。
(……これは、まずいわ)
この世界には、前世のような抗生物質はない。この程度の傷でも、破傷風や敗血症になれば、あっけなく死に至る。
(聖女様なら、一撫でで治せるのかしら。でも、私には……)
ソフィアの口元に、自嘲ではない、自信に満ちた笑みが浮かぶ。
(私には、これがある)
彼女の脳裏に、先ほど起動した『植物図鑑インターフェイス』が示した、あのレシピが浮かび上がる。
『レシピ:止血軟膏(そくせき)Lv.1』
『材料:スギナ(生)…5g / 動物性油脂(ラードなど)…10g』
『製法:スギナを清浄な水で洗い、すり鉢でペースト状になるまですり潰す。油脂と混ぜ合わせ、均一になったら完成』
『効果:軽度の切り傷、擦り傷の止血。消毒効果(低)』
「スギナは、あそこに生えていたわね」
問題は、材料の『動物性油脂(ラードなど)』だった。
(ラード……。つまり、牙猪を狩れ、ということかしら。今の私には、さすがに荷が重いわね)
侯爵令嬢が、いきなり魔物の猪を狩れるはずもない。
(でも、薬は今すぐ必要。どうすれば……)
ソフィアは、腕の痛みと、レシピの文字を交互に見つめながら、必死に思考を巡らせた。
(前世の知識(カオリ)なら、どうする? 油脂が基材として必要なのは、水溶性の薬効成分と、脂溶性の成分を同時に抽出し、皮膚への定着性を高めるため。でも、今必要なのは、まず「止血」と「消毒」。それなら……)
彼女が、「油脂(ラード)の代替」を強く意識した、その瞬間。
ジジッ、と脳内のインターフェイスが反応した。
『……代替レシピを検索中……前世知識(データベース)と照合……』
『レシピ:スギナの湿布(きゅうきょ)Lv.0.5』
『材料:スギナ(生)…10g / 清浄な水…適量 / 塩(もしあれば)…少々』
『製法:スギナを清浄な水(煮沸推奨)で洗い、薬研(すり鉢)でペースト状になるまですり潰す。少量の水を加え、粘度を調整する。塩を加えれば消毒効果が向上する』
『効果:軽度の止血。消毒効果(ごく低)。軟膏(Lv.1)に比べ、効果の持続時間は短い』
(……来た!)
ソフィアは、思わずガッツポーズをした。
(Lv.0.5……効果は低いみたいだけど、今、この場で作れることが重要よ!)
彼女は、麻袋から、この日のために用意した携帯用の「薬研(やげん)」(小さなすり鉢とすりこぎのセット)を取り出した。
そして、小屋の外に出て、先ほど見つけたスギナを、必要な分だけ採取する。
小川で丁寧に泥を洗い落とし、アトリエに戻る。
暖炉で沸騰させた、清浄な湯冷ましを薬研に少量入れ、スギナをゴリゴリとすり潰し始めた。
(ああ、この感触。この匂い……)
すり潰されたスギナから、青々とした草の匂いが立ち上る。それは、前世の研究室で、生薬のサンプルを粉砕していた時の記憶を鮮明に蘇らせた。
(懐かしい……。まさか、異世界で、自分の命のために、これをやることになるなんて)
ペースト状になったスギナに、麻袋から取り出した岩塩(これもサバイバルキットの一つだ)を、ほんの少しだけ削り入れる。
緑色の、不格好なペースト。
『スギナの湿布 Lv.0.5』が完成した。
ソフィアは、まず傷口の周りの泥を、煮沸した水を含ませた布(ドレスの切れ端)で丁寧に拭き取った。
そして、完成した緑色のペーストを、赤く腫れた傷口の上に、ためらうことなく分厚く塗りつけた。
(……っ!)
塩が染みたのか、一瞬、焼けるような痛みが走った。
だが、その痛みはすぐに、ひんやりとした清涼感に変わっていった。
(効いてる……)
ズキズキとした拍動を打つような痛みが、明らかに和らいでいくのが分かる。
インターフェイスが、彼女の視界の端に新しいウィンドウを表示した。
『自己診断:対象(ソフィア)の左腕に「スギナの湿布 Lv.0.5」を適用。状態異常「出血(微)」が停止。状態異常「炎症(低)」が緩和。効果持続時間:約2時間』
「……素晴らしいわ」
ソフィアは、自分の最初の「作品」に、深く満足した。
その時だった。
ぐぅぅ~~~っ。
静かなアトリエに、情けない音が響き渡った。
(……そういえば)
ソフィアは、自分の腹を押さえた。
(王都を出てから、あの硬い黒パン一切れしか食べていないわ)
疲労と、興奮と、安堵。それが一段落した途端、強烈な空腹が襲ってきた。
(火はある。水もある。鍋(掃除した銅鍋)もある。あとは……食材)
彼女は、再びアトリエの外に出た。
もう、森は彼女にとって、ただの脅威ではなかった。「宝の山」であり、「食材庫」でもあった。
彼女は、小川のほとりを慎重に歩きながら、インターフェイスを起動させたまま、目につく植物に次々と触れていく。
『名称:不明なシダ。毒性:強(神経毒)。食用:不可』
(危ないわね)
『名称:ベニテングダケ(酷似種)。毒性:強(幻覚)。食用:不可』
(これもダメ)
『名称:ノコギリソウ(西洋ノコギリ草)。薬効:Lv.1(止血、健胃)。食用:可(若葉のみ)』
(……食べられる!)
『名称:セリ(Oenanthe javanica)。薬効:Lv.1(解熱、食欲増進)。食用:可(全草)』
(これも!)
ソフィアは、前世でカオリが培った、山菜採りの知識と、インターフェイスの正確な鑑定能力を駆使し、わずか十分ほどで、両手いっぱいの「食べられる野草」を収穫した。
アトリエに戻り、それらを丁寧に洗い、暖炉に吊るした銅鍋で煮込む。
味付けは、岩塩、ほんの少々。
やがて、鍋からは、青臭いが、食欲をそそる香りが立ち上ってきた。
ソフィアは、小屋にあった(そして石鹸でピカピカに磨いた)木製のスプーンで、その緑色のスープをすくった。
(いただきます)
貴族の作法など、もはや頭の片隅にもない。
熱いスープを、ふうふうと冷まして、一口、すする。
「…………」
(……美味しい)
言葉にならない、滋味深い味が、空っぽの胃に染み渡っていく。
セリの独特の香りと、ノコギリソウのわずかな苦味。それが、塩味と混ざり合い、疲れた体に活力を注ぎ込んでいく。
王宮で食べた、何種類もの香辛料と高級食材を使った、あの退屈なコンソメスープとは比べ物にならない。
これは、彼女が自分の力で手に入れた、「生命の味」だった。
ソフィアは、涙が滲みそうになるのを堪えながら、熱いスープを夢中ですすった。
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