『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第3章 開拓(アトリエLv.1)

3-2:蘇る暖炉

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「さて、次は……生命線ね」
アトリエの「ガワ」は綺麗になった。だが、この森で夜を越すには、まだ決定的に足りないものがある。
(火よ)
ソフィアの視線は、部屋の奥に鎮座する、石造りの暖炉へと注がれた。
火は、暗闇を照らす「光」であり、冷気を払う「熱」であり、魔物を遠ざける「守り」であり、そして何より、水を煮沸し、薬を調合するための「エネルギー」だ。
彼女は暖炉に近づき、中を覗き込んだ。
石造りの本体は、さすがに頑丈で、ひび割れ一つない。
だが、中は、掃除で出たのとはまた違う種類のゴミ——風で吹き込んだ枯れ葉や、鳥が運んできた小枝、そして、それらが腐敗してできたヘドロのようなもので、半分ほど埋まっていた。
そして、煙突の奥を見上げると、空が見えない。
(……詰まってるわね)
これでは火を焚いても煙が逆流し、一酸化炭素中毒で死んでしまう。
(まずは、煙突掃除。それから、火口(ほくち)の確保)
ソフィアは、先ほど掃除で使った「即席ほうき」の柄——ただの長い棒——を手に、小屋の外に出た。
小屋の壁は、幸いにも、ゴツゴツとした石が積み上げられているため、手足をかける場所には困らない。彼女は、ボロボロのドレスの裾をさらにたくし上げ、ブーツのつま先を石の隙間にねじ込み、壁を登り始めた。
(クライネルト家の淑女教育に、『石壁登り』の科目があったら、私は間違いなく首席だったでしょうね)
令嬢にあるまじき体勢で、彼女は器用に屋根まで登り詰めた。
屋根の上は、スレート(石板)が苔むし、滑りやすくなっていた。慎重に煙突まで這っていく。
煙突の口を覗き込むと、案の定、枯れ葉や小枝、そして鳥の巣の残骸が、ぎっしりと詰まっていた。
(これは……思ったより重症ね)
ソフィアは、棒を煙突に突き立て、力任せに上下させた。
ガッ、ゴッ、と硬いものにぶつかる感触。
(負けるもんですか!)
体重をかけ、何度も、何度も、強く突き刺す。
やがて、ズブッ、と何かを貫通する感触がしたかと思うと、詰まっていたものが一気に暖炉の奥へと崩れ落ちていく音がした。
ソフィアが再び煙突の奥を覗き込むと、今度は、薄暗い小屋の床が、丸く見えていた。
(開通!)
彼女は、滑り落ちないよう慎重に壁を伝って地面に戻ると、アトリエに駆け込んだ。
暖炉の中は、煙突から落ちてきた大量の枯れ葉やゴミで、さらにひどいことになっていた。
(想定内よ)
ソフィアは、それを手でかき出し、外に捨てた。
そして、今度こそ、火を起こす準備に取り掛かる。
彼女は、麻袋の中から、火口箱(フリントと火打金、火口(ほくち)用の乾燥した苔がセットになったもの)を取り出した。これも、追放を予期して用意しておいた、サバイバルキットの一つだ。
だが、火を起こすには「焚き付け」がいる。
(乾燥した木……)
外は霧深い森。湿気で、落ちている枝はどれも湿っている。
(……あったわ)
ソフィアが目をつけたのは、先ほど煙突からかき出した「鳥の巣の残骸」と、ベッドの残骸から出た「乾燥しきったカビ藁」だった。
(カビてはいるけれど、燃えることには変わりない)
彼女は、暖炉の奥に、まずそのカビ藁と鳥の巣を置き、その上に、小屋の中で見つけた、かろうじて乾燥している片足の折れたテーブル(の脚を折って薪にしたもの)を組んだ。
そして、火口箱を開ける。
カチッ、カチッ。
火打金をフリントに擦り付ける。
侯爵令嬢の白魚のような手は、すぐに赤くなった。
(焦らないで。前世のキャンプの時も、最初は苦労したんだから)
カチッ、カチッ、カチッ!
散った火花が、火口の乾燥苔に燃え移った。
小さな、小さな、赤い点。
ソフィアは、その火口を、カビ藁の山にそっと置き、ドレスの袖で風が当たらないよう囲いながら、優しく、長く、息を吹きかけた。
(……お願い、ついて)
ふぅーーーっ。
赤い点が、じわりと広がる。
煙が立ち込め、カビ臭い匂いが一瞬、鼻をついた。
ふぅーーーっ。
ボッ!
次の瞬間、乾燥した藁が、勢いよく炎を上げた。
「……ついた!」
炎は、瞬く間に組まれた薪へと燃え移り、パチパチと心地よい音を立て始めた。
暖炉の奥で生まれた炎が、冷え切った石造りのアトリエを、オレンジ色の暖かい光で照らし出す。煙は、今度こそ正しく煙突から吸い上げられ、外へと流れていった。
(……暖かい)
ソフィアは、暖炉の前に座り込み、その炎に見入った。
王宮のシャンデリアが放つ、眩しいだけの、虚飾の光とは違う。
これは、本物の「命の火」だ。
ソフィアは、頬に感じる熱と、炎が爆ぜる音に、心の底から安堵していた。
これで、夜が来ても大丈夫だ。
これで、水を煮沸できる。
これで、薬が作れる。
(……ベッドも、なんとかしないと)
彼女は、掃除で出た、まだ使えそうな(カビていない)干し草をかき集め、小川で洗った(雑巾代わりにした)ドレスの残骸の上に広げた。それを、ベッドの残骸があった、一番暖かい暖炉の近くの隅に敷く。
お世辞にも快適とは言えない、粗末な寝床だ。
だが、ソフィアにとっては、王宮の天蓋付きのベッドよりも、よほど安心して眠れそうだった。
彼女は、自分の手で「生活」を築き上げているという、確かな実感に満たされていた。
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