『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第3章 開拓(アトリエLv.1)

3-7:一杯の茶と、招かれざる気配

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最初の蒸留という大仕事を終え、ソフィアは、心からの満足感と、心地よい疲労感に包まれていた。
日は、まだ高い。
(……少し、休憩にしましょう)
侯爵令嬢だった頃は、休憩(ティータイム)といえば、侍女が完璧な作法で淹れた、高価な茶葉の紅茶を飲む、退屈な儀式でしかなかった。
だが、今は違う。
ソフィアは、蒸留で使った銅鍋を小川で洗い、再び暖炉にかけた。
そして、ハーブ園から、昨日移植したばかりの「野生のカモミール」の花を数輪、摘んできた。
それを、磨き上げたあの木製のマグカップに入れ、沸騰した湯を注ぐ。
ふわり、とリンゴに似た、甘く優しい香りが立ち上った。
(……いい香り)
ソフィアは、アトリエの入り口に、あの三本足の丸椅子を出し、そこに腰掛けた。
目の前には、自分が開墾したばかりの、小さなハーブ園が広がっている。
その向こうには、霧深い森と、清らかな小川のせせらぎ。
彼女は、自作のカモミールティーを、ふうふうと冷ましながら、一口、飲んだ。
砂糖もミルクも入っていない、素朴な味。
だが、その温かい液体が、労働で疲れた体に染み渡っていく。
(……平和だわ)
これだ。これこそが、彼女が望んでいた「スローライフ」だった。
誰にも邪魔されず、虚飾に満ちた夜会もなく、中身のない会話もない。
ただ、土と、植物と、自分の研究だけがある。
(追放されて、本当によかった)
彼女は、心の底から、自分を捨てた王太子アルベルトに感謝した。
カモミールティーの鎮静効果も相まって、彼女の心は、前世でも今世でも感じたことのないような、穏やかな幸福感で満たされていた。
このアトリエ。このハーブ園。
すべてが、彼女の「宝物」だった。
彼女が、最後の一口を飲み干そうとした、その時だった。
パキッ。
森の静寂を破る、鋭い音。
それは、明らかに、乾いた小枝が折れる音だった。
(!)
ソフィアの全身が、瞬時に緊張で凍りついた。
穏やかだった幸福感は、一瞬で吹き飛んだ。
(今の音……)
牙猪(ファングボア)のような、大型の獣が茂みを突き進む音(ガサガサという音)とは、明らかに違った。
もっと、軽く、しかし、意図的。
(どこから?)
彼女は、音を立てないよう、ゆっくりと立ち上がった。
視線は、音がしたと思われる、小川の対岸の茂みに釘付けになる。
インターフェイスは、植物以外には反応しない。
(……獣?)
だが、彼女の前世のサバイバル経験が、その可能性に警鐘を鳴らした。
(違う。獣の歩き方じゃない。獣なら、もっと地面を蹴る。今の音は、体重を隠すような……)
シン……。
森は、再び、元の静寂に戻った。
小川のせせらぎと、風の音だけが聞こえる。
(気のせい……? 疲れているのかしら)
ソフィアが、そう思い、安堵の息をつきかけた、次の瞬間。
ザッ……。
今度は、もっと近い。
アトリエの、すぐ横手。彼女からは死角になっている茂みから、明らかに何かが、地面の土を踏む音がした。
(……!)
ソフィアの背筋を、冷たい汗が伝った。
(二足歩行……)
間違いない。
牙猪(ファングボア)ではない。
この森にいるはずのない、「人間」の気配だった。
(衛兵? まさか。あんなに怖がっていたのに、戻ってくるはずがない。では、誰?)
ソフィアは、息を殺し、アトリエの入り口の影に身を潜めた。
手には、護身用のナイフを、逆手に固く握りしめていた。
彼女が手に入れたばかりの、静かな楽園は、早くも、招かれざる訪問者によって脅かされようとしていた。
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