『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第4章 交流(森の薬師様)

4-3:守るべきもの

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グルルル……。
牙猪の子供たち——ベビーボアの群れは、獲物が複数いることに興奮しているのか、あるいは、ソフィアが放つただならぬ気配に警戒しているのか、すぐには飛びかかってこなかった。
だが、その包囲網は、確実に狭まっている。
奴らの赤い目が、ソフィアの背後で震える子供たち(より弱そうな獲物)を、品定めするように見ているのが分かった。
(……多勢に無勢。まともにやり合えば、数秒で引き裂かれる)
ソフィアの額を、冷たい汗が伝う。
侯爵令嬢の体は、剣術の訓練など積んでいない。前世のカオリのサバイバルゲームの経験も、相手は「人間」であり、こんな牙を持った魔物ではなかった。
(でも、やるしかない)
ここで子供たちを見殺しにすれば、それは「薬師」としての——いや、「人」としての、彼女の矜持が許さなかった。
(カオリなら、どうする? 武器は、ナイフ一本。あとは、麻袋(サバイバルキット)の中身……)
ソフィアの思考が、高速で回転する。
(火口箱、麻紐、サンプル瓶、薬研、そして……採取したばかりの『ファング・キャップ』!)
彼女の脳裏に、一つの危険な賭けが閃いた。
「グルアアァ!」
一匹のベビーボアが、痺れを切らしたように、ソフィアの背後のマルクに向かって飛びかかった!
「きゃあ!」
「今よ! 走って!」
ソフィアは、マルクの前に立ちはだかるように割り込むと、飛びかかってきた牙猪の赤い目めがけて、腰の麻袋から取り出した「あるもの」を、思い切り叩きつけた。
ブシャアァ!
それは、薬研だった。
いや、薬研の中で、採取した『ファング・キャップ』を、ありったけの力で握りつぶし、即席で作り上げた、「毒キノコのペースト」だった。
「ギャイン!」
目潰しを食らった牙猪は、幻覚成分と興奮剤の原液を直接浴び、苦痛に叫びながら地面を転げ回る。
「走って! 私の小屋へ!」
ソフィアは、子供たちの背中を叩き、逃げる方向を指し示した。
「ま、魔女……」
子供たちは、一瞬、ソフィアの常軌を逸した行動に怯んだが、すぐに我に返り、一目散に走り出した。
「グルルル!」
だが、残りの五匹が、仲間をやられたことに逆上し、一斉にソフィアに襲いかかってきた。
(こっちが本命よ!)
ソフィアは、ナイフを構えながら、もう一つの「罠」を作動させた。
麻袋から、乾燥苔(火口用)と、先日蒸留した『フォレスト・ラベンダー精油(純度38%)』の瓶を取り出す。
(ラベンダー精油は、高濃度なら可燃性がある。そして、この世界の植物(魔力持ち)から抽出したオイルなら、きっと……!)
彼女は、苔に精油を振りかけると、火口箱で火をつけた。
ボッ!
高純度のアルコール(テルペン類)を含んだ精油が、激しく燃え上がる。
「燃えなさい!」
ソフィアは、その火の玉と化した苔を、牙猪たちの顔の前に投げつけた。
「ギャウ!」
「グルアア!」
獣は、本能的に火を恐れる。
ましてや、それがラベンダーの強烈な芳香(彼らにとっては刺激臭)を伴う炎であれば、なおさらだ。
牙猪たちは、突然の炎と匂いにパニックを起こし、互いにぶつかり合いながら、森の奥へと逃げていく。
最初に目潰しを食らった一匹も、仲間を追ってよろよろと去っていった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
ソフィアは、その場に膝をついた。
全身が、恐怖と、アドレナリンで震えている。
(……行った。なんとか、追い払えた)
だが、安堵したのも束の間だった。
「う……うぅ……」
背後から、か細い呻き声が聞こえた。
「!」
ソフィアが振り返ると、そこには、逃げ遅れたマルクが、腕を押さえて座り込んでいた。
彼は、先ほど、最初の牙猪が飛びかかってきたのを避けきれず、突き飛ばされていたのだ。
「マルク!」
他の子供たちも、マルクがいないことに気づき、恐怖に顔を引きつらせながら、茂みの影から戻ってきた。
「マルク! お前……」
ソフィアが駆け寄ると、マルクの腕の状態に、息を飲んだ。
ボロボロの服の袖が、真っ赤に染まっている。
牙猪の牙が、肩から肘にかけて、深く、えぐるように裂いていた。
(ひどい……!)
傷口は、前世でも見たことがないほど深く、骨が白く見えかけている。出血もひどく、このままでは失血死してもおかしくない。
「うぅ……いたい……いたいよぅ……」
マルクは、ショックと痛みで、青白い顔をして震えている。
(落ち着きなさい、私。私は薬師よ。今、ここで助けられるのは、私だけ)
ソフィア(カオリ)の、研究者としての冷静さが、恐怖をねじ伏せる。
(まず、止血! それから、消毒と縫合!)
だが、ここは森の真ん中だ。縫合針などない。
「あなたたち!」
ソフィアは、震えている他の子供たちに、厳しく命じた。
「アトリエ(私の小屋)まで、この子を運ぶわよ! 手伝いなさい!」
ソフィアは、マルクの傷口を、持っていた布(ドレスの切れ端)できつく縛り上げ、応急の止血を施す。
そして、自分の麻袋から、あの小さな壺を取り出した。
『特製軟膏Lv.1』。
(スギナの止血・治癒促進効果。ラードの保湿・皮膚保護効果。そして、ラベンダー精油(純度38%)を、ごく微量……消毒と鎮静(痛み止め)のために、追加で配合しておいた、私の最高傑作……!)
彼女は、ためらうことなく、その軟膏を、マルクの無残な傷口に、指で塗り込んだ。
「ん……!」
マルクの体が、一瞬、こわばった。
だが、軟膏が傷口を覆うと、ラベンダーの鎮静効果が効いたのか、あるいは薬効そのものが発揮されたのか、彼の苦痛に歪んだ表情が、わずかに和らいだ。
インターフェイスが、ソフィアの視界にウィンドウを表示する。
『対象:マルク(仮称)に「特製軟膏Lv.1」を適用。状態異常「出血(大)」が「出血(中)」に移行。状態異常「苦痛(高)」が緩和』
(よし、効いてる! でも、出血は止まってない!)
「さあ、急いで!」
ソフィアは、一番体の大きな子供と二人でマルクを背負うと、アトリエに向かって、森の中を走り出した。
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