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第4章 交流(森の薬師様)
4-7:招かれざる馬車
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ソフィアが、森を抜け、村の入り口が見える開けた場所に出た時、彼女は目の前の光景に、思わず足を止めた。
村の広場の中央に、一台の、ありえないほど豪華絢爛な馬車が、止まっていた。
いや、止まっているというよりは、「突っ込んできた」という方が正しい。
車輪の一つは泥濘(ぬかるみ)に深くはまり込み、馬車の扉は片方が外れかけ、車体は無数の擦り傷と泥で覆われている。
だが、そのボロボロの状態ですら、この馬車が「普通」でないことは一目瞭然だった。
車体は黒漆(くろうるし)で塗られ、側面には金細工で、天秤と剣を組み合わせたような、見慣れない「商会」の紋章が描かれている。
馬車を引いてきた四頭の馬は、どれも王宮の軍馬に匹敵するほどの見事な体躯をしていたが、今は泡を吹き、疲労困憊でその場に座り込みそうになっている。
(……行商人? いや、ただの行商人じゃない。王都でも、トップクラスの大商会……)
村人たちが、恐怖と好奇の入り混じった顔で、遠巻きにその馬車を囲んでいる。
村長のハンスが、斧を手に、警戒しながら馬車に近づこうとしていた。
「ど、どこの者だ! なぜこの村に……」
その時だった。
「た、助けてくれ……!」
御者台から、一人の男が転がり落ちてきた。
高価そうな革鎧を身に着けているが、それは泥まみれで、腕からは血を流している。護衛だろう。
「旦那様が……! 旦那様が、病で……!」
護衛の男は、村人たちにすがりつくように叫んだ。
「王都で流行り始めた、あの『黒咳病』だ! 医者も、神官様も、誰も治せない! もう、三日も熱が下がらないんだ!」
『黒咳病』。
その言葉に、村人たちが「ひっ」と息を飲み、後ずさった。
(流行り病……!)
ソフィアの背筋を、冷たいものが走った。
(王都で、もうそんなものが?早すぎる……。アウトライン(前世の記憶)では、もっと後の段階だったはず……!)
計画が、あるいは世界の流れが、彼女の知らないところで、すでに動き出している。
「頼む! この近くに、腕のいい薬師か、神官様はいないか!」
護衛の男が、必死の形相で叫ぶ。
村人たちは、顔を見合わせ、誰もが口をつぐんだ。
「黒咳病」などという、王都の流行り病に関わりたくない。それが彼らの本音だった。
「……おい、ハンス」
村長が、息子のハンスにだけ聞こえる声で、低く呟いた。
「……どうする。もし、あの病人を村に入れたら……」
「だ、だが、村長。見殺しにするわけにも……」
彼らが葛藤している、まさにその時。
「——ゴホッ! ゴホッ! ゲホォッ!!」
馬車の内側から、人間業とは思えない、凄まじい咳の音が響き渡った。
それは、まるで肺を吐き出すかのような、苦悶に満ちた音だった。
ソフィアは、顔をしかめた。
(……関わりたくない。絶対に関わりたくない)
王都の流行り病。大商会。
これ以上、目立つ要素はない。これに関われば、彼女の「静かなスローライフ」は、一瞬で崩壊する。
(逃げるなら、今よ。アトリエに戻って、扉を閉ざせば……)
彼女が、音を立てずに後退りしようとした、その時だった。
「——薬師様!」
ソフィアの存在に気づいたマルクが、無邪気な、そして、信頼に満ちきった大声で、彼女に向かって叫んだ。
「薬師様! あの人たち、病気だって! 助けてあげてよ!」
「「「!」」」
村人たち、護衛の男、そして、馬車の中から聞こえていた苦悶の咳。
その場にいた、すべての意識が、一斉に、森の入り口に立つソフィアに集中した。
「……薬師?」
護衛の男が、信じられないものを見る目で、ソフィアを見た。
「あんな、小娘が……?」
「違う!」
ハンスが、今度は誇らしげに叫んだ。
「あの方こそ、この森の『薬師様』だ! 俺の息子のマルクを、牙猪の呪い(と彼らは思っている)から救ってくれた、本物の薬師様だ!」
(……マルク。ハンスさん)
ソフィアは、天を仰ぎたくなった。
(あなたたちの、その善意と信頼が、今、私を最悪の舞台に引きずり出したのよ……!)
もはや、逃げ場はなかった。
ソフィアは、深く、深いため息をつくと、諦めたように、しかし、その赤い瞳には薬師としての強い光を宿して、その厄介な馬車へと、一歩を踏み出した。
彼女のスローライフは、早くも、次なる波乱の幕開けを告げようとしていた。
村の広場の中央に、一台の、ありえないほど豪華絢爛な馬車が、止まっていた。
いや、止まっているというよりは、「突っ込んできた」という方が正しい。
車輪の一つは泥濘(ぬかるみ)に深くはまり込み、馬車の扉は片方が外れかけ、車体は無数の擦り傷と泥で覆われている。
だが、そのボロボロの状態ですら、この馬車が「普通」でないことは一目瞭然だった。
車体は黒漆(くろうるし)で塗られ、側面には金細工で、天秤と剣を組み合わせたような、見慣れない「商会」の紋章が描かれている。
馬車を引いてきた四頭の馬は、どれも王宮の軍馬に匹敵するほどの見事な体躯をしていたが、今は泡を吹き、疲労困憊でその場に座り込みそうになっている。
(……行商人? いや、ただの行商人じゃない。王都でも、トップクラスの大商会……)
村人たちが、恐怖と好奇の入り混じった顔で、遠巻きにその馬車を囲んでいる。
村長のハンスが、斧を手に、警戒しながら馬車に近づこうとしていた。
「ど、どこの者だ! なぜこの村に……」
その時だった。
「た、助けてくれ……!」
御者台から、一人の男が転がり落ちてきた。
高価そうな革鎧を身に着けているが、それは泥まみれで、腕からは血を流している。護衛だろう。
「旦那様が……! 旦那様が、病で……!」
護衛の男は、村人たちにすがりつくように叫んだ。
「王都で流行り始めた、あの『黒咳病』だ! 医者も、神官様も、誰も治せない! もう、三日も熱が下がらないんだ!」
『黒咳病』。
その言葉に、村人たちが「ひっ」と息を飲み、後ずさった。
(流行り病……!)
ソフィアの背筋を、冷たいものが走った。
(王都で、もうそんなものが?早すぎる……。アウトライン(前世の記憶)では、もっと後の段階だったはず……!)
計画が、あるいは世界の流れが、彼女の知らないところで、すでに動き出している。
「頼む! この近くに、腕のいい薬師か、神官様はいないか!」
護衛の男が、必死の形相で叫ぶ。
村人たちは、顔を見合わせ、誰もが口をつぐんだ。
「黒咳病」などという、王都の流行り病に関わりたくない。それが彼らの本音だった。
「……おい、ハンス」
村長が、息子のハンスにだけ聞こえる声で、低く呟いた。
「……どうする。もし、あの病人を村に入れたら……」
「だ、だが、村長。見殺しにするわけにも……」
彼らが葛藤している、まさにその時。
「——ゴホッ! ゴホッ! ゲホォッ!!」
馬車の内側から、人間業とは思えない、凄まじい咳の音が響き渡った。
それは、まるで肺を吐き出すかのような、苦悶に満ちた音だった。
ソフィアは、顔をしかめた。
(……関わりたくない。絶対に関わりたくない)
王都の流行り病。大商会。
これ以上、目立つ要素はない。これに関われば、彼女の「静かなスローライフ」は、一瞬で崩壊する。
(逃げるなら、今よ。アトリエに戻って、扉を閉ざせば……)
彼女が、音を立てずに後退りしようとした、その時だった。
「——薬師様!」
ソフィアの存在に気づいたマルクが、無邪気な、そして、信頼に満ちきった大声で、彼女に向かって叫んだ。
「薬師様! あの人たち、病気だって! 助けてあげてよ!」
「「「!」」」
村人たち、護衛の男、そして、馬車の中から聞こえていた苦悶の咳。
その場にいた、すべての意識が、一斉に、森の入り口に立つソフィアに集中した。
「……薬師?」
護衛の男が、信じられないものを見る目で、ソフィアを見た。
「あんな、小娘が……?」
「違う!」
ハンスが、今度は誇らしげに叫んだ。
「あの方こそ、この森の『薬師様』だ! 俺の息子のマルクを、牙猪の呪い(と彼らは思っている)から救ってくれた、本物の薬師様だ!」
(……マルク。ハンスさん)
ソフィアは、天を仰ぎたくなった。
(あなたたちの、その善意と信頼が、今、私を最悪の舞台に引きずり出したのよ……!)
もはや、逃げ場はなかった。
ソフィアは、深く、深いため息をつくと、諦めたように、しかし、その赤い瞳には薬師としての強い光を宿して、その厄介な馬車へと、一歩を踏み出した。
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