『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第5章 奇跡(ポーションと行商人)

5-3:特製回復ポーションLv.1

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アトリエに転がり込むように戻ったソフィアを待っていたのは、絶望的な光景だった。
「薬師様! 旦那様が……ロイド様の息が……!」
バルカスの悲痛な叫び声。
ベッドに横たわるロイドは、もはや咳をする力も残っていないのか、喉の奥で「ヒュー、ヒュー」と、か細い音を立てているだけだった。
その胸は、ほとんど上下していない。
(呼吸停止、寸前……!)
ソフィアは、採取してきた銀葉草をテーブルに叩きつけると、ロイドの元へ駆け寄った。
「バルカスさん! 心臓マッサージの準備を! 私が合図をしたら、胸の真ん中を、強く、速く、押し続けて!」
「し、心臓マッサージ!?」
「いいから、準備して!」
ソフィアは、一刻の猶予もないことを悟った。
(薬の調合を待っていては、間に合わない!)
だが、銀葉草の魔力ショックのリスクを考えれば、単体で使うのは危険すぎる。
(……どうする。どうすれば、今、この瞬間に、薬効を届けられる!?)
ソフィアの視線が、アトリエの壁に吊るしていた、乾燥ハーブの束に向けられた。
『ルナティア・ブルー』『メドウスイート』『タイム』……。
そして、テーブルの上の、採れたての『銀葉草』。
(……調合する時間がないなら、調合しなければいい)
(そうだわ! 『蒸留』よ!)
ソフィアの脳内で、点と点が、閃光と共に繋がった。
(別々に調合するんじゃない。すべてのハーブを、一度に、あの釜(蒸留器)に入れるのよ!)
前世の知識では、ありえない暴挙だった。
異なる成分、異なる沸点を持つ植物を、同時に蒸留するなど、まともな研究者なら絶対にやらない。成分が混濁し、分解され、まともな薬効など得られるはずがないからだ。
だが、この世界は違う。
(この世界のハーブは、『魔力』を含んでいる。そして、私の簡易蒸留器は、ガラクタだけど、魔力を帯びた素材(銅)でできている。もし、この釜が、魔法の『錬金釜』のように、成分を分解するのではなく、『融合』させてくれるとしたら……?)
それは、科学者(カオリ)としての論理を逸脱した、ほとんど「祈り」に近い仮説だった。
しかし、今のソフィアには、それに賭けるしかなかった。
「バルカスさん! やはり、心臓マッサージはまだいいわ! 暖炉の火を最大にして! それから、冷却用の桶に、ありったけの冷たい水を汲んできて!」
「は、はい!」
バルカスは、ソフィアの鬼気迫る様子に押され、訳も分からぬまま指示に従った。
ソフィアは、ガラクタの蒸留器(銅鍋)に、銀葉草、ルナティア・ブルー、メドウスイート、タイムを、手でちぎって放り込んだ。分量など、もはやインターフェイスが示す「最適量」を、直感で掴み取るしかない。
(銀葉草の『攻撃』、ルナティア・ブルーの『制御』、メドウスイートの『鎮痛』、タイムの『殺菌』……!)
すべてのハーブを鍋に叩き込み、小川の清浄な水を注ぐ。
そして、ケトル(凝縮器)を乗せ、粘土と小麦粉で作った「封泥」で、隙間を完璧に密閉した。
「火を!」
バルカスが薪をくべた暖炉に、銅鍋を設置する。
ゴウッ、と。
炎が、銅鍋の底を舐めた。
(お願い……! 理屈(科学)を超えてちょうだい!)
待つ時間は、地獄のようだった。
ロイドの呼吸は、一分間に数回、かろうじて続いているだけだ。
バルカスは、旦那様の名前を呼びながら、ただ泣いていた。
ソフィアは、冷却用の銅パイプの出口に、一番大きなサンプル瓶を構え、一点を凝視していた。
(まだか、まだか……!)
やがて、鍋が沸騰する音が聞こえ、ラベンダーの時とは比べ物にならない、複雑で、清冽で、しかし力強い芳香が、アトリエに立ち込めた。
(蒸気が、上がってきた!)
銅パイプが、急速に熱を帯びる。
バルカスが、桶の水を必死に入れ替える。
そして——。
ポタッ。
パイプの先端から、一滴の液体が滴り落ちた。
それは、水ではなかった。
月光のように、淡い、淡い、銀色に輝く液体だった。
ポタッ、ポタッ、ポタッ……。
液体は、サンプル瓶の底に、奇跡の雫のように溜まっていく。
ソフィアは、50ccほど溜まったところで、瓶を掴み取った。瓶は、まだ生ぬるい。
(冷えるのを待っていられない!)
彼女は、その瓶に、祈るように触れた。
インターフェイスが、激しく明滅し、新しいウィンドウを表示した。
『——奇跡的調合(ミラクル・コンビネーション)を検知』
『名称:特製回復ポーション Lv.1』
『分類:魔導薬(アルケミー・ポーション)』
『主成分:アルジェンマイシン(安定化)、ルナリシニン(活性化)、サリチル酸誘導体、他』
『薬効:Lv.3(広範囲抗菌)、Lv.3(解熱鎮痛)、Lv.2(治癒促進)、Lv.2(魔力回復・微)』
『特記事項:銀葉草の魔力ショック(拒絶反応)が、ルナティア・ブルーの成分と融合し、極めて安定した強力な治癒薬に変異。適合率:99.8%』
(……勝った!!)
ソフィアは、歓喜の叫びを、心の内で上げた。
科学と、魔法(魔力)が、この釜の中で、彼女の予想を超えた『融合』を果たしたのだ。
「バルカスさん、口を開けて!」
ソフィアは、もはや絶命寸前のロイドの元へ駆け寄ると、その紫色の唇をこじ開け、完成したばかりの、まだ温かい『特製回復ポーション』を、一気に流し込んだ。
銀色の液体が、ロイドの喉を通過していく。
シーン……。
アトリエが、静寂に包まれた。
ロイドの呼吸が、完全に、止まった。
「あ……あ……」
バルカスが、絶望の声を漏らした。
「……旦那様?」
(まだよ!)
ソフィアは、ロイドの胸に耳を当てた。
(……心臓が、動いている。いや、むしろ、さっきより、力強く……!)
その時だった。
「——カハッ!!」
死んだように静かだったロイドが、突如、激しくむせ返った。
そして、まるで溺れた人間が空気を求めるかのように、深く、大きく、息を吸い込んだ。
「はぁ——! はぁ——! はぁ——!」
その胸が、激しく上下する。
土気色だった顔に、みるみるうちに、血の気が戻っていく。
紫だった唇が、赤みを取り戻していく。
「……み、ず……」
かすれた声。
だが、それは、確かに、ロイド本人の声だった。
「……水が……飲みたい……」
「……!」
バルカスは、目の前で起きたことが信じられず、その場にへたり込んだ。
「……奇跡だ……。聖女様でも……聖女様でも、できなかったのに……」
ソフィアは、震える足で立ち上がり、小川の水を汲んだカップを、ロイドの口元へ運んだ。
(これが……これが、私の『薬』……)
彼女の、薬師としての、そして研究者としての人生が、今、この辺境の森で、本物の「奇跡」を生み出した瞬間だった。
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