『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第7章 来訪者(魔術師と薬師)

7-5:科学と魔法の境界線

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ギルバートの興奮は、アトリエの中枢——ソフィアの研究ノートが貼り付けられた壁の前で、頂点に達した。
彼は、まるで古代の失われた聖典でも読むかのように、その羊皮紙の一枚一枚を、食い入るように見つめていた。
「……この記号は、何だ? Hが二つに、Oが一つ……? 水、か? 水を、このような『構成記号』で表すというのか?」
彼は、ソフィアが水の化学式(H2O)をメモしていた部分を、震える指で指差した。
「……『水素』と『酸素』という、『元素』の記号よ。この世界には、ない概念かもしれないけれど」
ソフィアは、ぶっきらぼうに答えた。
「元素……! まさか、万物は『四大元素(地水火風)』ではなく、このような、より細分化された『記号』で、構成されていると? なんてことだ……!」
ギルバートは、魔術師としての自分の常識が、ガラガラと崩れていく音を聞いていた。
魔術師は、魔力を「現象」として捉える。火は火、水は水だ。それらが「なぜ」そうなるのか、その根源的な『理(ことわり)』を、彼らは追求してこなかった。
だが、ソフィアは、その「現象」の、さらに根源にある「物質(化学)」のレベルで、世界を捉え直している。
「……驚きました」
ギルバートは、ソフィアに向き直った。その青い瞳は、尊敬と、わずかな嫉妬で、熱を帯びていた。
「私は、公爵閣下を救ったという『ポーション』の秘密を探りに来た。だが、あなたは、それよりも、遥かに『根源的』なものを、ここで研究していたのですね」
「……」
ソフィアは、答えなかった。
だが、彼女の心は、この男に対する警戒心と、それ以上に、前世(カオリ)以来、誰とも共有できなかった「研究の喜び」を、理解し得る人間が現れたことに、戸惑い、そして、高揚していた。
(この男なら、話が、通じる……!)
(王宮にいた頃、私が「植物の成分」について話しても、誰もが「魔力がない草に、何の意味がある」と嘲笑った。アルベルト殿下も、「そんなことより、王妃教育に励め」と。……でも、この人は、違う)
「ソフィア薬師」
ギルバートの声が、真剣なものに変わった。
「……王都の病は、待ってはくれない。国王陛下の命も、だ。単刀直入にお伺いしたい。……あの『奇跡のポーション』。あれは、どのようにして作られたのですか? 私の分析魔法(アナライズ)でも、あれほどの『治癒』と『抗菌』の力を、同時に、あれほど安定させて内包する物質は、解析不能だった」
ソフィアは、しばし、彼を値踏みするように見つめた。
(……この男になら、どこまで話すべきか)
(いや、今は、情報を共有すべき時だ。王都の病が『変異種』である以上、私一人の知識(薬学)だけでは、解析に時間がかかりすぎる。……この男の『分析魔法』というチート能力が、必要かもしれない)
彼女は、初めて、この世界で「他者」と、研究を「共有」するという決断を下した。
「……『奇跡的調合(ミラクル・コンビネーション)』よ」
ソフィアは、羊皮紙の束から、一枚の、最も重要(シークレット)な考察ノートを取り出した。
「原因は、二つの、相反する魔力植物の『融合』にあると、私は推測している」
彼女は、ロイドを救った、あの日の仮説を語り始めた。
「一つは、これ。『銀葉草(シルヴァリーフ)』」
彼女は、押し花にしてあった、銀色に輝く葉を、ギルバートに見せた。
「! これか、噂の!」
『薬効:Lv.4(強力な抗菌)、Lv.3(解熱)。特記事項:高濃度の聖属性魔力、生体への拒絶反応(ショック)の危険性』
「聖属性魔力……。これほどの高純度のものを、森で……。だが、これだけでは、猛毒だ。人間が摂取すれば、魔力ショックで即死する」
ギルバートは、魔術師として、その危険性を即座に見抜いた。
「ええ。だから、これを使ったの」
ソフィアは、もう一つの押し花を見せた。あの、青い花。
『名称:ルナティア・ブルー。薬効:鎮静、魔力安定化』
「……ルナティア・ブルー!? これは、王宮の庭園にも咲いているが、せいぜい『安眠茶』程度の、弱い魔力しか持たないはず……!」
ギルバートは、混乱した。
「単体ではね」
ソフィアは、そこで、初めて、研究者としての、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「でも、この二つを、私の『釜』(蒸留器)で、同時に、高熱で『蒸留』したら、どうなると思う?」
「……まさか!」
ギルバートの目が、見開かれた。
「聖属性の『攻撃的』な魔力と、ルナティアの『鎮静』の魔力。それらを、水蒸気という媒体の中で、銅(触媒)と共に、強制的に『結合』させた……?」
「そう。私は、それを『奇跡的調合(ミラクル・コンビネーション)』と呼んでいるわ。結果として、銀葉草の『毒性(魔力ショック)』は、ルナティアの成分によって『中和(バッファリング)』され、抗菌作用と治癒促進効果だけが、極めて安定した形で、抽出された」
『名称:特製回復ポーション Lv.1』
ソフィアは、ロイドに渡したポーションの、残りのサンプル瓶(三本目)を、ギルバートの目の前に、コトン、と置いた。
月光のように輝く、銀色の液体。
「これが……」
ギルバートは、その小瓶に、そっと触れた。
「これが、科学(あなたの知識)と、魔法(この世界の法則)が、融合した……『答え』」
彼は、目の前の、ボロボロのドレスを着た少女に、畏敬の念を禁じ得なかった。
(……この人は、本物だ。王宮薬師長(オーギュスト)のような、権威だけの男とも、聖女リリアのような、無自覚な奇跡とも違う。……彼女は、この世界の『理(ことわり)』を、その手で、解き明かそうとしている)
ギルバートは、自分の杖を握りしめた。
(この人を、手伝いたい。いや、この人と、一緒に、研究がしたい!)
彼が、その熱い思いを口にしようとした、まさに、その時だった。
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