『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

文字の大きさ
44 / 115
第8章 災厄(原因究明と特効薬)

8-4:聖なる樹(森の最深部)

しおりを挟む
ハンスの家を出た二人は、村人たちの、不安げな視線を背中に浴びながら、森へと戻った。
エララの容態は、ソフィアがアトリエから持ってきた『メドウスイート(アスピリン)』と『タイム』の濃縮液で、かろうじて小康状態を保たせている。だが、それは、燃え盛る大火事に、コップの水をかけているようなもので、根本的な解決にはなっていない。
(……時間が、ない)
ソフィアは、アトリエ(自分の拠点)を通り過ぎ、牙猪(ファングボア)の縄張りすら超えた、さらに奥。
人間が、いや、村人たちが「禁足地」として、決して足を踏み入れない、森の最深部へと、ためらいなく進んでいった。
「……ソフィア薬師。本気なのだな」
ギルバートは、杖を構え、周囲に最大限の警戒を払いながら、彼女の背中を追った。
空気が、変わった。
アトリエ周辺の、生命力に満ちた「生」の匂いですらない。
そこは、あまりにも静かすぎた。
鳥の声も、虫の音も、獣の気配すらも、一切しない。
ただ、木々の間を吹き抜ける風の音が、まるで、古い聖堂で奏でられるパイプオルガンのように、厳かに響いている。
(……気圧が、違う)
ソフィアは、肌に感じる、ピリピリとした、静電気にも似た圧力を感じていた。
霧は、さらに深くなっていた。だが、それは、アトリエ周辺の、湿った不吉な霧ではない。
まるで、真珠の粉末を溶かし込んだかのように、それ自体が、淡い、金色の光を放っているのだ。空気そのものが、意思を持っているかのように、二人を試すように、纏わりついてくる。
「……すごい」
ソフィアは、息を飲んだ。
彼女のインターフェイスが、視界の端で、激しく明滅を繰り返していた。
『警告:高密度魔力領域に侵入。測定限界(リミット)を超過』
『警告:未知の聖属性エネルギーを検知』
『エラー:土壌分析(ソイル・アナリシス)実行不能。魔力飽和度、測定限界(ゲージ)を突破』
(……科学(インターフェイス)が、機能しない)
ソフィアは、初めて、この世界に来て、自分の「知識」が通用しない領域に足を踏み入れたことを、肌で感じた。
(……これが、魔法の、その『根源』……)
彼女は、自分の「武器」の一つが使えなくなったことに、一瞬、恐怖を覚えた。だが、すぐに、隣を歩く、もう一つの「武器」に、全幅の信頼を寄せることにした。
「……ギルバート。あなたの『目』には、何が見える?」
「……見える」
ギルバートの声は、もはや、好奇心ではなく、「畏怖」に震えていた。
彼は、立ち止まり、その金色の霧の、さらに奥を、凝視していた。
「……魔力の『流れ』が、見える。王都の、いや、この国中の、すべての『聖属性』の魔力が、ここから生まれ、そして、ここに還ってきている。……ここは、世界の『源流(ウェル)』の一つだ」
彼の魔術師としての本能が、この場所の、人智を超えた「格」を、理解していた。
(S級魔物すら、いない。……いや、違う。『近寄れない』のね。この、あまりにも純粋すぎる聖属性のエネルギーに)
ソフィアは、自分のナイフの、鉄の柄が、この聖なる空気の中で、わずかに「鳴って」いるのを感じた。
二人は、吸い寄せられるように、その光の中心へと進んだ。
木々が、まるで、畏れ多い何かに場所を譲るかのように、円形に開けていく。
そして、ついに、それを、見つけた。
森の最深部。
すべての木々が、ひれ伏すように、距離を置いて開けた、巨大な円形の広場。
その中央に、それは、一本、天を突くように、そびえ立っていた。
「……聖なる、樹」
ギルバートが、膝から崩れ落ちそうになるのを、杖でかろうじて支えながら、呟いた。
それは、ソフィアが知る、どんな樹木とも、似ていなかった。
幹は、磨き上げられた白亜(はくあ)のように、滑らかで、それ自体が、内側から、黄金色の、柔らかな光を放っていた。その太さは、王城の塔よりも、遥かに太い。
枝は、空を覆い尽くすほどに広がり、その葉の一枚一枚が、まるで、純金でできているかのように、光の霧の中で輝いている。
根元には、清らかな泉が湧き出ており、その水面には、この世のものとは思えない、七色の光が揺らめいていた。
その光景は、あまりにも非現実的で、絶対的な「美」であり、同時に、圧倒的な「力」の顕現だった。
「……これが」
ソフィアもまた、その神々しいまでの光景に、言葉を失っていた。
(……聖女リリアの力の源。……そうね。これだけのエネルギーが、この国のどこかに、隠されていた)
(リリアは、無自覚に、この樹の魔力を、王都に『中継』していたに過ぎない。……そして、オーギュストは、その『中継器』を利用していた)
(オーギュストは、この樹の存在を、知っていた? いや、知らなかったはず。知っていたら、彼は、この樹そのものを、独占しようとしたはずだわ)
ソフィアが、その樹に一歩、近づいた、その時。
ポタリ。
樹の幹から、一滴の、黄金色の液体が滴り落ち、彼女の足元の、泉の水面に、波紋を広げた。
(……樹液?)
ソフィアは、見上げた。
白亜の幹の、そこかしこから、まるで、樹が「泣いている」かのように、その黄金色の樹液が、ゆっくりと、しかし、絶え間なく、滴り落ちている。
(……樹が、泣いている?)
(まさか。……王都で、オーギュストが、あの『呪いの花粉(フェーズ・ツー)』を撒いたから? この樹の力(聖属性)の、対極にある『瘴気』が、この国に満ちたから。……この樹は、それを浄化しようと、自らの『命』を削って、この樹液を流しているの?)
ソフィアは、確信した。
(これよ)
(オーギュストの『呪い(瘴気)』を、中和できるのは、この『聖なる樹液(エリクシル)』しかない!)
彼女は、麻袋から、最も大きなサンプル瓶を取り出すと、その樹の根元に駆け寄った。
そして、滴り落ちる黄金色の「奇跡」を、その瓶に、一滴、また一滴と、受け止め始めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

処理中です...