『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第8章 災厄(原因究明と特効薬)

8-6:決意(王都へ)

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「……エララさん!」
ソフィアは、完成したばかりの、その透明な『エリクシル』を掴むと、アトリエを飛び出し、再びハンスの家(隔離病棟)へと走った。
扉を開けると、そこは、数時間前よりも、さらに死の匂いが濃密になっていた。
「……ソフィア薬師!」
ギルバートが、エララの胸に両手を当て、必死の形相で、かろうじて心臓を動かすための魔術(蘇生)を行っていた。彼の額からは、玉のような汗が噴き出している。
「……もう、限界だ! 心臓が……止まる!」
「そこを退いて!」
ベッドの上のエララは、もはや、呼吸をしておらず、その肌は、もはや土気色ですらなく、死斑(しはん)を思わせる、不吉な紫色が、全身に浮かび上がっていた。
(……間に合って!)
ソフィアは、もはや何の反応も示さないエララの口をこじ開けると、『聖樹の万能薬(エリクシル)』を、一滴残らず、流し込んだ。
シーン……。
時が、止まった。
ギルバートの、絶望的な、息を飲む音だけが響く。
(……ダメ、だったの?)
ソフィアの、あれほどの自信に満ちていた心に、初めて、一筋の「恐怖」がよぎった。
もし、私の仮説(すべて)が、間違っていたら……?
その時だった。
「——カハッ」
小さな、小さな、咳払い。
そして。
「……すぅ……」
死んだように静かだったエララの胸が、ゆっくりと、しかし、確実に、上下した。
まるで、固く凍りついていた氷が、春の日差しに溶かされていくかのように。
エララの全身に浮かび上がっていた、あの不吉な『紫色の死斑』が、指先から、足先から、みるみるうちに、消えていく。
紫が、土気色に。
土気色が、青白さに。
そして、青白さが、健康的な「血の気」に。
「……ん……」
エララの瞼が、ゆっくりと、持ち上がった。
その虚ろだった瞳に、徐々に、光が戻ってくる。
そして、その視線は、ベッドの脇で、自分を見つめて泣き崩れている、最愛の夫(ハンス)の姿を、捉えた。
「……あなた……? ハンス……? ……私、また、マルクに、パンを……焼いてあげないと……」
「……エララ……」
ハンスは、声にならない声で、妻の名を呼んだ。
「……エララアアアアアアアア!!」
村中に響き渡る、歓喜の、雄叫び。
彼は、妻に抱きつき、ただ、子供のように、泣きじゃくった。
「……よかった……! よかった……!」
ギルバートもまた、その「奇跡」を目の当たりにし、杖を握りしめたまま、その場に膝をついていた。
魔術師としての、彼のプライドと、常識のすべてが、今、目の前の「薬師」によって、完全に、打ち砕かれ、そして、再構築された。
(……すごい。彼女は、本当に、やってのけた)
(魔法でも、奇跡でもない。……『知識』と、『仮説』と、『勇気』だけで、この、国を滅ぼすほどの災厄を、打ち破ってのけた)
ソフィアは、ただ、静かに、その光景を見ていた。
彼女は、安堵の息を、深く、深く、吐き出した。
(……助かった。私の、スローライフが)
だが、彼女の心は、晴れなかった。
(……違う)
彼女は、窓の外を見た。
村は、救われた。ハンスも、エララも、マルクも、救われた。
だが、この窓の、遥か向こう。
『王都』では、今、この瞬間も、何百、何千という人々が、オーギュストの悪意によって、エララと同じ苦しみを味わい、死につつある。
そして、その中には、国王陛下も、含まれている。
(……私のスローライフは、まだ、戻ってこない)
(あの『発生源』を、叩き潰さない限り)
ソフィアは、アトリエに戻ると、残った『銀葉草』と『ルナティア・ブルー』、そして、ギルバートが持ち帰った『呪いの花粉(サンプル)』を使い、黙々と、第二、第三の『エリクシル』の調合を開始した。
ギルバートが、疲れ切った顔で、アトリエに入ってくる。
「……ソフィア薬師。村は、あんたを『女神』だと、崇めている。……だが、君は、これから、どうするつもりだ」
ソフィアは、調合の手を止めなかった。
彼女は、完成した『エリクシル』の小瓶を、丁寧に、革のケース(これもサバイバルキットだ)に、一本、また一本と、詰めていった。
それは、もはや、辺境の薬師の道具ではなかった。
それは、一個師団の軍隊にも匹敵する、「切り札」だった。
「……ギルバート」
ソフィアは、ケースの蓋を閉めると、立ち上がり、ギルバートに向き直った。
「王都に行きましょう」
「……!」
「これはもう、一研究者の陰謀というだけでは済みません」
ソフィアの、赤い瞳が、冷たい、しかし、抑えきれない怒りの炎に、燃えていた。
「……これは、私の『薬学』に対する、許されない『冒涜』ですわ」
彼女は、自分の研究室(アトリエ)を、自分の「スローライフ」を、その最も醜悪な形で利用し、汚した、すべての元凶を、断罪するために。
追放された令嬢は、今、自らの意志で、戦場(王都)へと、戻る決意を固めた。
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