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第10章 報いと日常(私のアトリエ)
10-4:私のアトリエ
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ソフィアの、その冷ややかな、しかし、どこか憐れむような笑みは、アルベルトの、かろうじて残っていたプライドを、粉々に打ち砕いた。
(……笑った? この女、俺の、この、必死の懇願を、笑った、だと……?)
彼は、自分が、この世で最もみじめな存在であるかのように感じた。
「……お言葉ですが、元・殿下」
ソフィアの声は、秋の森の空気のように、どこまでも澄んで、冷たかった。
「『追放を取り消す』、ですって? ……貴方様は、まだ、ご自分が、私に何かを『許す』立場にあるとでも、思っていらっしゃるの?」
「なっ……!」
「貴方様は、もはや王太子ではない。ただの、アルベルト、でしょう? 私に命令する権限も、私を許す権限も、貴方様には、もう、何も残ってはおりませんのよ」
ソフィアが告げた、残酷なまでの「現実」。
アルベルトは、その言葉に、顔を真っ赤にして、わなわなと震えた。
「……っ! 貴様、俺を、誰だと……!」
「ですから、ただのアルベルト、ですわ」
ソフィアは、フラスコの温度を気にしながら、片手間に答えた。その態度は、彼の存在そのものを、実験中の「ノイズ」として扱っているかのようだった。
「王都へ戻る? 貴方様の元へ? ……なぜ、私が、そんな『非合理的』な選択をしなければならないのですか?」
彼女は、アルベルトの、泥まみれのみすぼらしい姿と、自分のアトリエ——最新のガラス器具が輝き、壁一面に研究ノートが貼られ、暖炉の火が温かく燃える、完璧な「城」——とを、あからさまに見比べた。
「私には、ここで、やるべき『研究』がありますの。貴方様の、つまらない権力争いに、お付き合いしている暇は、一秒たりとも、ございませんのよ」
「け、研究、だと……? こんな、泥にまみれて、草をいじることが、王太子妃(おれ)の隣に立つことより、価値があるとでも言うのか!」
「価値?」
ソフィアは、その言葉に、心の底から、不思議そうに首を傾げた。
(……この男は、まだ、価値を『誰かの隣に立つこと』でしか、測れないのね)
「価値なら、ここにありますわ」
彼女は、棚に並べられた、美しく輝く『特製回復ポーションLv.2』の瓶や、『万能軟膏』の壺を、指し示した。
「これらは、私の『知識』が生み出した、確かな『価値』です。聖女様の『祈り』では救えない命を、救うことができる。……貴方様が、あの夜会で、私から奪おうとした、その『価値』そのものですわ」
「……ソフィア薬師」
それまで黙って成り行きを見守っていたギルバートが、一歩、前に出た。
彼は、もはやアルベルトを「殿下」とは呼ばなかった。
「……アルベルト。お分かりにならないか。あなたは、この国で、最も価値のある『宝』を、自らの手で、この森に捨てたのだ。……そして、その宝は、あなたが思っていた以上に、強かで、聡明で……そして、美しく、ここで、花開いた」
ギルバートの青い瞳は、ソフィア(の、研究に没頭する横顔)に、隠しきれないほどの、深い敬意と、ほのかな熱情を向けていた。
「……な……」
アルベルトは、その視線に気づき、愕然とした。
(ギルバート……。王宮魔術師団の、あの、女に興味を示さなかった、偏屈な研究者が、この女(ソフィア)に、そんな目を……?)
自分が捨てた「ガラクタ」を、自分が部下だと思っていた男が、今、この世の何よりも価値のある「宝物」だと言っている。
その事実は、アルベルトにとって、廃嫡されたことよりも、遥かに、受け入れがたい「敗北」だった。
「……ソフィア。……ギルバート。……貴様ら……」
アルベルトは、絶望と、怒りと、嫉妬に、顔を醜く歪ませた。
彼は、最後の力を振り絞るように、立ち上がると、腰に差していた、もはや何の権威も示さない、ただの鉄の剣を、抜き放った。
「……俺が、得られないものならば。……俺の、正義を、否定する、お前たちなど……!」
逆上したアルベルトが、ソフィアに向かって、斬りかかろうとした——その、瞬間。
ドゴォッ!
ギルバートの詠唱よりも早く、アトリエの横手から、巨大な「何か」が、凄まじい勢いで飛んできた。
それは、ハンスが木を切るために使っていた、巨大な「丸太」だった。
丸太は、アルベルトの鎧の腹部に、正確に、そして容赦なく、叩きつけられた。
「がっ……!」
アルベルトは、カエルのような呻き声を上げ、白目を剥くと、そのまま、ハーブ園の堆肥(たいひ)の山に、みっともなく突っ込んだ。
「……」
ソフィアとギルバートが、呆気に取られて、丸太が飛んできた方角を見る。
そこには、熊のような大男、ハンスが、もう一本の丸太を肩に担ぎ、仁王立ちになっていた。
「……薬師様の、大事な『研究』の、邪魔をすんじゃねえ」
ハンスは、汚物でも見るかのような目で、堆肥の山で気絶しているアルベルトを、冷たく見下ろした。
「……マルク! お前たちも、出てこい!」
ハンスがそう言うと、茂みの影から、マルクを先頭に、村の子供たちが、鍬(くわ)や、石ころを手に、ぞろぞろと現れた。
「ソフィア様に、何かしやがったな!」
「王都の悪い奴め!」
「やっちまえ!」
彼らは、自分たちの「薬師様」を守るために、武装(?)して、駆けつけてくれていたのだ。
ソフィアは、その光景を見て、もはや、笑うしかなかった。
(……これが、私の)
(私の、スローライフ)
(私の、アトリエ(居場所))
彼女は、ギルバートと顔を見合わせると、楽しそうに、肩をすくめた。
「……ギルバート。悪いけれど、あの『粗大ゴミ』、王都に送り返しておいてくださる?」
ソフィアは、堆肥の山で伸びているアルベルトを、指差した。
「ああ、それと、ハンスさん。ありがとう。……ついでに、その丸太、暖炉の薪にちょうど良さそうだから、もらっておくわね」
「御意に、ソフィア薬師」
「おうよ、薬師様!」
ギルバートとハンスが、どこか楽しそうに、同時に頷いた。
アルベルトは、文字通り「ゴミ」として、ギルバートの魔術(テレポート)によって、王城の門の前に、堆肥の匂いと共に、送り返されたという。
(……笑った? この女、俺の、この、必死の懇願を、笑った、だと……?)
彼は、自分が、この世で最もみじめな存在であるかのように感じた。
「……お言葉ですが、元・殿下」
ソフィアの声は、秋の森の空気のように、どこまでも澄んで、冷たかった。
「『追放を取り消す』、ですって? ……貴方様は、まだ、ご自分が、私に何かを『許す』立場にあるとでも、思っていらっしゃるの?」
「なっ……!」
「貴方様は、もはや王太子ではない。ただの、アルベルト、でしょう? 私に命令する権限も、私を許す権限も、貴方様には、もう、何も残ってはおりませんのよ」
ソフィアが告げた、残酷なまでの「現実」。
アルベルトは、その言葉に、顔を真っ赤にして、わなわなと震えた。
「……っ! 貴様、俺を、誰だと……!」
「ですから、ただのアルベルト、ですわ」
ソフィアは、フラスコの温度を気にしながら、片手間に答えた。その態度は、彼の存在そのものを、実験中の「ノイズ」として扱っているかのようだった。
「王都へ戻る? 貴方様の元へ? ……なぜ、私が、そんな『非合理的』な選択をしなければならないのですか?」
彼女は、アルベルトの、泥まみれのみすぼらしい姿と、自分のアトリエ——最新のガラス器具が輝き、壁一面に研究ノートが貼られ、暖炉の火が温かく燃える、完璧な「城」——とを、あからさまに見比べた。
「私には、ここで、やるべき『研究』がありますの。貴方様の、つまらない権力争いに、お付き合いしている暇は、一秒たりとも、ございませんのよ」
「け、研究、だと……? こんな、泥にまみれて、草をいじることが、王太子妃(おれ)の隣に立つことより、価値があるとでも言うのか!」
「価値?」
ソフィアは、その言葉に、心の底から、不思議そうに首を傾げた。
(……この男は、まだ、価値を『誰かの隣に立つこと』でしか、測れないのね)
「価値なら、ここにありますわ」
彼女は、棚に並べられた、美しく輝く『特製回復ポーションLv.2』の瓶や、『万能軟膏』の壺を、指し示した。
「これらは、私の『知識』が生み出した、確かな『価値』です。聖女様の『祈り』では救えない命を、救うことができる。……貴方様が、あの夜会で、私から奪おうとした、その『価値』そのものですわ」
「……ソフィア薬師」
それまで黙って成り行きを見守っていたギルバートが、一歩、前に出た。
彼は、もはやアルベルトを「殿下」とは呼ばなかった。
「……アルベルト。お分かりにならないか。あなたは、この国で、最も価値のある『宝』を、自らの手で、この森に捨てたのだ。……そして、その宝は、あなたが思っていた以上に、強かで、聡明で……そして、美しく、ここで、花開いた」
ギルバートの青い瞳は、ソフィア(の、研究に没頭する横顔)に、隠しきれないほどの、深い敬意と、ほのかな熱情を向けていた。
「……な……」
アルベルトは、その視線に気づき、愕然とした。
(ギルバート……。王宮魔術師団の、あの、女に興味を示さなかった、偏屈な研究者が、この女(ソフィア)に、そんな目を……?)
自分が捨てた「ガラクタ」を、自分が部下だと思っていた男が、今、この世の何よりも価値のある「宝物」だと言っている。
その事実は、アルベルトにとって、廃嫡されたことよりも、遥かに、受け入れがたい「敗北」だった。
「……ソフィア。……ギルバート。……貴様ら……」
アルベルトは、絶望と、怒りと、嫉妬に、顔を醜く歪ませた。
彼は、最後の力を振り絞るように、立ち上がると、腰に差していた、もはや何の権威も示さない、ただの鉄の剣を、抜き放った。
「……俺が、得られないものならば。……俺の、正義を、否定する、お前たちなど……!」
逆上したアルベルトが、ソフィアに向かって、斬りかかろうとした——その、瞬間。
ドゴォッ!
ギルバートの詠唱よりも早く、アトリエの横手から、巨大な「何か」が、凄まじい勢いで飛んできた。
それは、ハンスが木を切るために使っていた、巨大な「丸太」だった。
丸太は、アルベルトの鎧の腹部に、正確に、そして容赦なく、叩きつけられた。
「がっ……!」
アルベルトは、カエルのような呻き声を上げ、白目を剥くと、そのまま、ハーブ園の堆肥(たいひ)の山に、みっともなく突っ込んだ。
「……」
ソフィアとギルバートが、呆気に取られて、丸太が飛んできた方角を見る。
そこには、熊のような大男、ハンスが、もう一本の丸太を肩に担ぎ、仁王立ちになっていた。
「……薬師様の、大事な『研究』の、邪魔をすんじゃねえ」
ハンスは、汚物でも見るかのような目で、堆肥の山で気絶しているアルベルトを、冷たく見下ろした。
「……マルク! お前たちも、出てこい!」
ハンスがそう言うと、茂みの影から、マルクを先頭に、村の子供たちが、鍬(くわ)や、石ころを手に、ぞろぞろと現れた。
「ソフィア様に、何かしやがったな!」
「王都の悪い奴め!」
「やっちまえ!」
彼らは、自分たちの「薬師様」を守るために、武装(?)して、駆けつけてくれていたのだ。
ソフィアは、その光景を見て、もはや、笑うしかなかった。
(……これが、私の)
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彼女は、ギルバートと顔を見合わせると、楽しそうに、肩をすくめた。
「……ギルバート。悪いけれど、あの『粗大ゴミ』、王都に送り返しておいてくださる?」
ソフィアは、堆肥の山で伸びているアルベルトを、指差した。
「ああ、それと、ハンスさん。ありがとう。……ついでに、その丸太、暖炉の薪にちょうど良さそうだから、もらっておくわね」
「御意に、ソフィア薬師」
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ギルバートとハンスが、どこか楽しそうに、同時に頷いた。
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