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第11章 聖なる樹の解析と「呪い」の発見
11-3:暴かれた「奇跡」の正体
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「ギルバート。一つ、試したいことがあるわ」
聖樹が「生きた魔術装置」であるという、あまりにも巨大な仮説(テーマ)を前に、アトリエの空気は、熱を帯びたまま張り詰めていた。アルコールランプの青い炎が、わずかな空気の揺らぎにチロチロと反応している。
私は、実験台の引き出しから、羊皮紙の束を取り出した。
それは、ギルバートが王都の騒動の後、王宮書庫の機密資料室から、正式に(国王の許可を得て)持ち出してきた、膨大な資料の山だった。
その中の一枚。
『聖女リリア・魔力シグネチャ(パターン)観測記録』。
オーギュストが、自らの陰謀のために、聖女の力を「管理」しようとしていた痕跡(ログ)だ。
「これを?」
ギルバートは、眉をひそめた。その声には、あからさまな不快感が滲んでいる。
「なぜ、今、あの『元・聖女』の資料を? 彼女の力は、オーギュストの『変異種(フェーズ・ツー)』の前には無力だった。いや、それどころか、病原体の『餌』になっていた。我々の分析(仮説)が正しければ、彼女はもう『聖女』ですらない。単なる魔力枯渇を起こした、ただの娘だ」
彼の合理的な思考は、すでに「終わった事象」であるリリアへの興味を、完全に失っていた。あの王都の絶望的な光景、リリアが無力に泣き崩れていた姿は、彼にとってもはや研究対象ですらなく、オーギュストの愚かさが引き起こした「悲劇の副産物」でしかなかった。
「そうね。彼女はもう『聖女』ではないかもしれない」
私は、その羊皮紙に記された、複雑な魔力の波形図を指先でなぞった。
「でも、『聖女だった』時の、この『記録(データ)』にこそ、聖樹の謎を解く、最後の鍵が隠されていると、私は見ているの」
「どういうことだ」
「この資料によれば、リリア様の魔力は、『純粋な聖属性』。オーギュストが『フェーズ・ワン』の病を流行らせた時、彼女の魔力パターンは、極めて『活性化』し、その治癒力は増大した、とあるわ」
「ああ。それは事実だ。オーギュストの『呪い(フェーズ・ワン)』が、彼女の力を引き出す『触媒』のように機能したのだろう。だが、それがどうした」
ギルバートは、オーギュストの悪趣味なマッチポンプを思い出し、苦々しげに付け加えた。
「そうね。では、ギルバート」
私は、実験台の試験管立てに並べた、二本の試験管を、彼の目の前に、カタリ、と音を立てて差し出した。
二つの液体は、まるで双子のように、淡い黄金色の光を放っている。だが、その輝きには、明らかな「質」の違いがあった。
一本は、今、分析している『聖樹の樹液』の希釈液。瓶の底から湧き上がるような、力強く、安定した光を放っている。
もう一本は、あの日、リリアが国王の寝室の前で失神した際に、侍女が拭った「汗」(を、ギルバートがこっそり採取していたサンプル)から、魔力だけを抽出した希釈液。こちらは、もはや光というよりは、残り香のような、か細く、揺らめく光だった。
「この二つの『魔力パターン』を、あなたの『分析魔法(アナライズ)』で、比較(クロスリファレンス)してみてちょうだい」
「何?」
ギルバートは、私の意図が読めないまま、杖を構えた。彼の視線が、真剣なものに変わる。
「『分析魔法(アナライズ)』、起動。対象A(聖樹)、対象B(リリア)、魔力構造(シグネチャ)の、並列比較を開始する」
彼の杖の先端の魔力石が、青白い光を放つ。
ギルバートの魔力が、二本の試験管を同時にスキャンし、彼の脳内に、私には見えない、二つの複雑な「魔力の波形」を描き出していく。
彼の呼吸が、止まった。
アルコールランプの炎が、揺れた。
ギルバートの顔から、急速に、血の気が引いていくのが、私にははっきりと見えた。
彼は、信じられないものを見る目で、二本の試験管と、私の顔を、交互に、何度も見比べた。
「ばかな。ありえない。こんなことが」
彼は、杖を握りしめたまま、その場でよろめきそうになるのを、必死で実験台に手をついて堪えた。
「どうだった?」
私は、結果を知っていながら、冷静に、その答えを促した。
「同じだ」
ギルバートは、かすれた声で、絞り出した。
「いや、違う。『同じ』ではない。リリア様の魔力パターンは、この『聖樹の樹液』のパターンを、薄く、不完全に、『写し取った(コピーした)』ものに過ぎない!」
彼は、戦慄に声を震わせた。
「波形が、一致する。いや、聖樹の波形という『原本』に対し、リリア様の波形は、まるで、質の悪い紙に写し取られた『写本』のようだ。ところどころが、かすれ、歪み、そして、決定的に『薄い』」
ギルバートは、魔術師としての、彼の世界の根幹が、今、目の前で崩壊していく音を聞いていた。
「つまり、こういうことか。聖女リリアは、『聖女』だったのではない。彼女には、ただ、無自覚に、この『聖なる樹』の魔力に『同調(シンクロ)』し、その力を、王都に『中継(リレー)』する、特異な『体質』があったに過ぎない」
「そして、オーギュストは、その『中継器(リリア)』を、自らの陰謀の『駒』として、利用した」
「我々が『奇跡』と呼んでいたものの正体は、この樹(アーティファクト)の、魔力漏れ(リーク)だった、というわけか」
暴かれた「奇跡」の正体。
それは、あまりにも皮肉で、そして、合理的(サイエンティフィック)な「真実」だった。
リリアは、聖女ではなかった。
ただ、この『生きた魔術装置』の、遠隔アンテナ(レシーバー)でしかなかったのだ。
私は、ギルバートの衝撃を、冷静に観察していた。
(無理もないわね。この国の人間にとって、「聖女」とは、神の御業そのものだったのだから。それが、ただの「魔力現象」だったと知れば、信仰が崩壊するのも当然だわ)
だが、私(カオリ)にとっては、この結論は、驚きではなく、「確信」に変わっただけだった。
(前世(わたし)の科学(ちしき)からすれば、『奇跡』という不確定なものより、『特異体質のアンテナ』という方が、よほど合理的で、説明がつく)
(そして、そのアンテナは、オーギュストの『呪い(フェーズ・ツー)』という、規格外のノイズ(瘴気)によって、回線が焼き切れた)
「だから、彼女は『聖女の力』を失ったのよ」
私は、ギルバートの思考を、代弁するように言った。
「聖樹(送信元)との、同調(シンクロ)の回線が、オーギュストの悪意によって、物理的に、焼き切れてしまったのだから」
「なんという、ことだ」
ギルバートは、実験台に額を押し付け、うめいた。
「オーギュストは、自分の『駒』を、自らの手で『壊した』のか。アルベルト殿下は、その『壊れた人形』を、奇跡を信じて、拝み続けていたと。なんと、愚かで、なんと、救いのない」
彼の肩が、怒りか、あるいは虚無感か、小さく震えていた。
だが、私は、そんな彼の感傷には、付き合っている暇はなかった。
「ギルバート」
私は、この重大な発見に、満足するどころか、むしろ、新たな「疑問」に、眉をひそめていた。
「サンプルだけでは、情報が足りなすぎるわ」
「同感だ」
ギルバートも、顔を上げた。その目には、絶望ではなく、再び、研究者の光が戻っていた。
「なぜ、この樹は『生み出して』いる? 何のために? そして、オーギュストの『呪い』に、なぜ、あれほど過剰に『反応』した?」
(聖樹は、瘴気を浄化するために、樹液(エリクシル)を流した。まるで、体内に侵入した『ウイルス』に対する、『抗体』を生み出すかのように)
(まさか)
私の脳裏に、一つの、恐るべき仮説が浮かんだ。
(あの樹(アーティファクト)は、この世界(ほし)の、『免疫システム』として、機能している……?)
「現地へ行くわよ」
私は、実験台の上のガラス器具を、フィールドワーク用の、頑丈な革のケースに詰め込み始めた。
「あの『聖なる樹』そのものを、もう一度、この『目(インターフェイス)』と、あなたの『目(アナライズ)』で、徹底的に、調べ直す」
聖樹が「生きた魔術装置」であるという、あまりにも巨大な仮説(テーマ)を前に、アトリエの空気は、熱を帯びたまま張り詰めていた。アルコールランプの青い炎が、わずかな空気の揺らぎにチロチロと反応している。
私は、実験台の引き出しから、羊皮紙の束を取り出した。
それは、ギルバートが王都の騒動の後、王宮書庫の機密資料室から、正式に(国王の許可を得て)持ち出してきた、膨大な資料の山だった。
その中の一枚。
『聖女リリア・魔力シグネチャ(パターン)観測記録』。
オーギュストが、自らの陰謀のために、聖女の力を「管理」しようとしていた痕跡(ログ)だ。
「これを?」
ギルバートは、眉をひそめた。その声には、あからさまな不快感が滲んでいる。
「なぜ、今、あの『元・聖女』の資料を? 彼女の力は、オーギュストの『変異種(フェーズ・ツー)』の前には無力だった。いや、それどころか、病原体の『餌』になっていた。我々の分析(仮説)が正しければ、彼女はもう『聖女』ですらない。単なる魔力枯渇を起こした、ただの娘だ」
彼の合理的な思考は、すでに「終わった事象」であるリリアへの興味を、完全に失っていた。あの王都の絶望的な光景、リリアが無力に泣き崩れていた姿は、彼にとってもはや研究対象ですらなく、オーギュストの愚かさが引き起こした「悲劇の副産物」でしかなかった。
「そうね。彼女はもう『聖女』ではないかもしれない」
私は、その羊皮紙に記された、複雑な魔力の波形図を指先でなぞった。
「でも、『聖女だった』時の、この『記録(データ)』にこそ、聖樹の謎を解く、最後の鍵が隠されていると、私は見ているの」
「どういうことだ」
「この資料によれば、リリア様の魔力は、『純粋な聖属性』。オーギュストが『フェーズ・ワン』の病を流行らせた時、彼女の魔力パターンは、極めて『活性化』し、その治癒力は増大した、とあるわ」
「ああ。それは事実だ。オーギュストの『呪い(フェーズ・ワン)』が、彼女の力を引き出す『触媒』のように機能したのだろう。だが、それがどうした」
ギルバートは、オーギュストの悪趣味なマッチポンプを思い出し、苦々しげに付け加えた。
「そうね。では、ギルバート」
私は、実験台の試験管立てに並べた、二本の試験管を、彼の目の前に、カタリ、と音を立てて差し出した。
二つの液体は、まるで双子のように、淡い黄金色の光を放っている。だが、その輝きには、明らかな「質」の違いがあった。
一本は、今、分析している『聖樹の樹液』の希釈液。瓶の底から湧き上がるような、力強く、安定した光を放っている。
もう一本は、あの日、リリアが国王の寝室の前で失神した際に、侍女が拭った「汗」(を、ギルバートがこっそり採取していたサンプル)から、魔力だけを抽出した希釈液。こちらは、もはや光というよりは、残り香のような、か細く、揺らめく光だった。
「この二つの『魔力パターン』を、あなたの『分析魔法(アナライズ)』で、比較(クロスリファレンス)してみてちょうだい」
「何?」
ギルバートは、私の意図が読めないまま、杖を構えた。彼の視線が、真剣なものに変わる。
「『分析魔法(アナライズ)』、起動。対象A(聖樹)、対象B(リリア)、魔力構造(シグネチャ)の、並列比較を開始する」
彼の杖の先端の魔力石が、青白い光を放つ。
ギルバートの魔力が、二本の試験管を同時にスキャンし、彼の脳内に、私には見えない、二つの複雑な「魔力の波形」を描き出していく。
彼の呼吸が、止まった。
アルコールランプの炎が、揺れた。
ギルバートの顔から、急速に、血の気が引いていくのが、私にははっきりと見えた。
彼は、信じられないものを見る目で、二本の試験管と、私の顔を、交互に、何度も見比べた。
「ばかな。ありえない。こんなことが」
彼は、杖を握りしめたまま、その場でよろめきそうになるのを、必死で実験台に手をついて堪えた。
「どうだった?」
私は、結果を知っていながら、冷静に、その答えを促した。
「同じだ」
ギルバートは、かすれた声で、絞り出した。
「いや、違う。『同じ』ではない。リリア様の魔力パターンは、この『聖樹の樹液』のパターンを、薄く、不完全に、『写し取った(コピーした)』ものに過ぎない!」
彼は、戦慄に声を震わせた。
「波形が、一致する。いや、聖樹の波形という『原本』に対し、リリア様の波形は、まるで、質の悪い紙に写し取られた『写本』のようだ。ところどころが、かすれ、歪み、そして、決定的に『薄い』」
ギルバートは、魔術師としての、彼の世界の根幹が、今、目の前で崩壊していく音を聞いていた。
「つまり、こういうことか。聖女リリアは、『聖女』だったのではない。彼女には、ただ、無自覚に、この『聖なる樹』の魔力に『同調(シンクロ)』し、その力を、王都に『中継(リレー)』する、特異な『体質』があったに過ぎない」
「そして、オーギュストは、その『中継器(リリア)』を、自らの陰謀の『駒』として、利用した」
「我々が『奇跡』と呼んでいたものの正体は、この樹(アーティファクト)の、魔力漏れ(リーク)だった、というわけか」
暴かれた「奇跡」の正体。
それは、あまりにも皮肉で、そして、合理的(サイエンティフィック)な「真実」だった。
リリアは、聖女ではなかった。
ただ、この『生きた魔術装置』の、遠隔アンテナ(レシーバー)でしかなかったのだ。
私は、ギルバートの衝撃を、冷静に観察していた。
(無理もないわね。この国の人間にとって、「聖女」とは、神の御業そのものだったのだから。それが、ただの「魔力現象」だったと知れば、信仰が崩壊するのも当然だわ)
だが、私(カオリ)にとっては、この結論は、驚きではなく、「確信」に変わっただけだった。
(前世(わたし)の科学(ちしき)からすれば、『奇跡』という不確定なものより、『特異体質のアンテナ』という方が、よほど合理的で、説明がつく)
(そして、そのアンテナは、オーギュストの『呪い(フェーズ・ツー)』という、規格外のノイズ(瘴気)によって、回線が焼き切れた)
「だから、彼女は『聖女の力』を失ったのよ」
私は、ギルバートの思考を、代弁するように言った。
「聖樹(送信元)との、同調(シンクロ)の回線が、オーギュストの悪意によって、物理的に、焼き切れてしまったのだから」
「なんという、ことだ」
ギルバートは、実験台に額を押し付け、うめいた。
「オーギュストは、自分の『駒』を、自らの手で『壊した』のか。アルベルト殿下は、その『壊れた人形』を、奇跡を信じて、拝み続けていたと。なんと、愚かで、なんと、救いのない」
彼の肩が、怒りか、あるいは虚無感か、小さく震えていた。
だが、私は、そんな彼の感傷には、付き合っている暇はなかった。
「ギルバート」
私は、この重大な発見に、満足するどころか、むしろ、新たな「疑問」に、眉をひそめていた。
「サンプルだけでは、情報が足りなすぎるわ」
「同感だ」
ギルバートも、顔を上げた。その目には、絶望ではなく、再び、研究者の光が戻っていた。
「なぜ、この樹は『生み出して』いる? 何のために? そして、オーギュストの『呪い』に、なぜ、あれほど過剰に『反応』した?」
(聖樹は、瘴気を浄化するために、樹液(エリクシル)を流した。まるで、体内に侵入した『ウイルス』に対する、『抗体』を生み出すかのように)
(まさか)
私の脳裏に、一つの、恐るべき仮説が浮かんだ。
(あの樹(アーティファクト)は、この世界(ほし)の、『免疫システム』として、機能している……?)
「現地へ行くわよ」
私は、実験台の上のガラス器具を、フィールドワーク用の、頑丈な革のケースに詰め込み始めた。
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