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第11章 聖なる樹の解析と「呪い」の発見
11-2:聖樹のサンプル分析
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アトリエの空気は、張り詰めていた。
暖炉の火は静かに燃え、アルコールランプの青い炎が立てるかすかな音だけが、室内の絶対的な静寂を支配している。11-1でギルバートが見つけた興奮(ドラゴンズ・ブラッドの解析)は、今や、この新しい、より根源的な「謎」を前にして、緊張をはらんだ期待へと変わっていた。
実験台の中央に、ハンス特製のオーク材のトレイが置かれ、そこには三種類の「異常」なサンプルが並べられていた。
一つは、黄金色の『樹液』。
密閉されたガラス瓶の中で、それは液体でありながら、まるで生きているかのように、自ら淡い光を放ち続けている。光は呼吸するように、ゆっくりと明滅し、神々しくもあり、どこか不気味でもあった。
二つ目は、押し花にした『葉』。
これも純金のように輝いているが、それ以上に異常なのは、採取してから数週間が経過しているにもかかわらず、一切「枯れて」いないことだ。水分も栄養も断たれているはずなのに、まるで今朝摘んできたかのように、瑞々しい輝きを保っている。
三つ目は、『幹(白亜)』の欠片。
まるで大理石か象牙のように滑らかな質感。だが、石のように冷たくはなく、かといって木のように温かくもない。指で弾くと、キィン、と金属音のような、澄んだ音が響く。
「さて。どこから手を付けましょうか」
私は、この異世界の「常識」を超えたサンプルを前に、前世(カオリ)の研究者としての血が沸騰するのを抑えきれずにいた。
(こんなサンプル、前世の製薬会社(ラボ)なら、学会(アカデミー)がひっくり返るどころではない。論文(ペーパー)が何百本と書けるわ)
「まず、化学的アプローチから」
私は、精密天秤で樹液を1ミリグラム単位で正確に計測し、ガラスのビーカーに移した。黄金色の液体が、白磁の薬さじにまとわりつき、糸を引く。粘度も高い。
(前世(カオリ)の知識(メソッド)なら、まずは、成分の分離ね。水溶性か、脂溶性か。酸性か、アルカリ性か。タンパク質か、糖類か、あるいは未知のアルカロイドか)
私は、この日のために完璧に整備された実験器具群を見渡した。ロイドが調達してくれた、様々な試薬(硫酸やエタノールなどの基礎薬品)も揃っている。この充実した環境こそ、私が手に入れた宝だ。
私は、樹液を『蒸留水(アトリエで精製した純水)』に溶かし、その反応を見た。
「溶解度、極めて高い。だが、水に溶けた瞬間、液体の『魔力飽和度』が、異常な数値に跳ね上がる。これは、ただの『樹液(糖分)』ではないわね」
ビーカーの中の水が、黄金色に染まるだけでなく、それ自体が、樹液と同じように、淡く「発光」し始めたのだ。
インターフェイスは、相変わらず『高レベル魔力植物』『解析限界超過』の警告を発するばかりで、役に立たない。
(本当に、使えないわね、あなたは)
私は、自分の脳内に表示されるエラーメッセージを、舌打ちと共に無視した。
この世界の根源に近づくほど、前世の科学(データベース)を基にしたあのシステムは、沈黙する傾向があった。まるで、この世界の「理(ことわり)」が、私のチート能力による安易な解析を「拒絶」しているかのようだ。
(インターフェイスがダメなら、私の『目』と『知識』でやるまでよ)
私は、リトマス試験紙(これも自作した)を、その発光する黄金色の水溶液に浸した。
「pH、7.0。完全な『中性』。ありえない」
これほど強力な魔力物質が、酸性でもアルカリ性でもない、完璧な中性を保っている。それは、化学的に、極めて「安定」しており、それ自体が、一つの完結した「系」であることを示していた。
(まるで、バッファ(緩衝液)そのもの。外部からの刺激(酸・アルカリ)を、受け付けないというの? オーギュストの『呪い(瘴気)』という、あれほどの『魔属性の酸』にすら、反応(中和)したのだから、当然かもしれないけれど)
私は、自分の仮説を裏付ける結果に、興奮で指先が震えるのを感じた。
「どうだ、ソフィア薬師」
私がビーカーと格闘している間、隣では、ギルバートが、彼のアプローチを開始していた。
彼は目を閉じ、杖の先端の魔力石を、サンプルの『葉』に近づけていた。彼の魔力が、青白い光となって、葉の構造をスキャンしていく。
彼の集中は深く、呼吸音すら聞こえない。
彼の視界には、私が見ている「物質」とは違う、「魔力の流れ(レイライン)」が、見えているはずだ。葉脈を流れる、黄金色の、膨大なエネルギーの奔流が。
やがて、彼が、ふぅ、と長い息を吐いて、目を開けた。
その瞳は、未知の現象を目の当たりにした研究者の興奮に輝いている。
「やはり、信じられん。この葉の構造は、我々が知る『植物』のそれとは、根本的に違う」
「どう違うの」
私は、ビーカーを洗いながら、次の実験(タンパク質変性試験)の準備をしつつ尋ねた。
「植物は、大地から『魔力(マナ)』を吸い上げ、それを自らの生命力に変換する。いわば『受動的』な存在だ。魔力の『消費者』であり、『変換器』だ。だが、この樹は、違う」
ギルバートは、汗を滲ませながら、言葉を選んだ。
「『吸って』いない。『生み出して』いるんだ。この樹それ自体が、魔力の『源泉(ジェネレーター)』だ。まるで、古代の文献にある、失われた『生きた魔術装置(アーティファクト)』そのものだ」
『生きた魔術装置』。
その言葉に、私は、ガラス棒をかき混ぜる手を止めた。
(オーギュストの『呪い(瘴気)』を、浄化しようとして、樹液を流していた。あれは、樹の『涙』などではなく、装置が、異常をきたした『オーバーフロー』、あるいは、緊急の『浄化プログラム』の作動、だったの?)
化学(わたし)の分析(アナリシス)と、魔法(ギルバート)の分析(アナライズ)。
まったく異なるアプローチが、奇しくも、まったく同じ「結論」へと、収束しつつあった。
この樹は、ただの植物ではない。
何者かによって、あるいは、この世界そのものの法則によって、意図的に「設計」され、生み出された、「機能」を持つ、巨大な「装置」なのだ、と。
私は、ギルバートの興奮した青い瞳を見返した。
(この男となら、解き明かせる)
この世界の、本当の「理(ことわり)」を。
暖炉の火は静かに燃え、アルコールランプの青い炎が立てるかすかな音だけが、室内の絶対的な静寂を支配している。11-1でギルバートが見つけた興奮(ドラゴンズ・ブラッドの解析)は、今や、この新しい、より根源的な「謎」を前にして、緊張をはらんだ期待へと変わっていた。
実験台の中央に、ハンス特製のオーク材のトレイが置かれ、そこには三種類の「異常」なサンプルが並べられていた。
一つは、黄金色の『樹液』。
密閉されたガラス瓶の中で、それは液体でありながら、まるで生きているかのように、自ら淡い光を放ち続けている。光は呼吸するように、ゆっくりと明滅し、神々しくもあり、どこか不気味でもあった。
二つ目は、押し花にした『葉』。
これも純金のように輝いているが、それ以上に異常なのは、採取してから数週間が経過しているにもかかわらず、一切「枯れて」いないことだ。水分も栄養も断たれているはずなのに、まるで今朝摘んできたかのように、瑞々しい輝きを保っている。
三つ目は、『幹(白亜)』の欠片。
まるで大理石か象牙のように滑らかな質感。だが、石のように冷たくはなく、かといって木のように温かくもない。指で弾くと、キィン、と金属音のような、澄んだ音が響く。
「さて。どこから手を付けましょうか」
私は、この異世界の「常識」を超えたサンプルを前に、前世(カオリ)の研究者としての血が沸騰するのを抑えきれずにいた。
(こんなサンプル、前世の製薬会社(ラボ)なら、学会(アカデミー)がひっくり返るどころではない。論文(ペーパー)が何百本と書けるわ)
「まず、化学的アプローチから」
私は、精密天秤で樹液を1ミリグラム単位で正確に計測し、ガラスのビーカーに移した。黄金色の液体が、白磁の薬さじにまとわりつき、糸を引く。粘度も高い。
(前世(カオリ)の知識(メソッド)なら、まずは、成分の分離ね。水溶性か、脂溶性か。酸性か、アルカリ性か。タンパク質か、糖類か、あるいは未知のアルカロイドか)
私は、この日のために完璧に整備された実験器具群を見渡した。ロイドが調達してくれた、様々な試薬(硫酸やエタノールなどの基礎薬品)も揃っている。この充実した環境こそ、私が手に入れた宝だ。
私は、樹液を『蒸留水(アトリエで精製した純水)』に溶かし、その反応を見た。
「溶解度、極めて高い。だが、水に溶けた瞬間、液体の『魔力飽和度』が、異常な数値に跳ね上がる。これは、ただの『樹液(糖分)』ではないわね」
ビーカーの中の水が、黄金色に染まるだけでなく、それ自体が、樹液と同じように、淡く「発光」し始めたのだ。
インターフェイスは、相変わらず『高レベル魔力植物』『解析限界超過』の警告を発するばかりで、役に立たない。
(本当に、使えないわね、あなたは)
私は、自分の脳内に表示されるエラーメッセージを、舌打ちと共に無視した。
この世界の根源に近づくほど、前世の科学(データベース)を基にしたあのシステムは、沈黙する傾向があった。まるで、この世界の「理(ことわり)」が、私のチート能力による安易な解析を「拒絶」しているかのようだ。
(インターフェイスがダメなら、私の『目』と『知識』でやるまでよ)
私は、リトマス試験紙(これも自作した)を、その発光する黄金色の水溶液に浸した。
「pH、7.0。完全な『中性』。ありえない」
これほど強力な魔力物質が、酸性でもアルカリ性でもない、完璧な中性を保っている。それは、化学的に、極めて「安定」しており、それ自体が、一つの完結した「系」であることを示していた。
(まるで、バッファ(緩衝液)そのもの。外部からの刺激(酸・アルカリ)を、受け付けないというの? オーギュストの『呪い(瘴気)』という、あれほどの『魔属性の酸』にすら、反応(中和)したのだから、当然かもしれないけれど)
私は、自分の仮説を裏付ける結果に、興奮で指先が震えるのを感じた。
「どうだ、ソフィア薬師」
私がビーカーと格闘している間、隣では、ギルバートが、彼のアプローチを開始していた。
彼は目を閉じ、杖の先端の魔力石を、サンプルの『葉』に近づけていた。彼の魔力が、青白い光となって、葉の構造をスキャンしていく。
彼の集中は深く、呼吸音すら聞こえない。
彼の視界には、私が見ている「物質」とは違う、「魔力の流れ(レイライン)」が、見えているはずだ。葉脈を流れる、黄金色の、膨大なエネルギーの奔流が。
やがて、彼が、ふぅ、と長い息を吐いて、目を開けた。
その瞳は、未知の現象を目の当たりにした研究者の興奮に輝いている。
「やはり、信じられん。この葉の構造は、我々が知る『植物』のそれとは、根本的に違う」
「どう違うの」
私は、ビーカーを洗いながら、次の実験(タンパク質変性試験)の準備をしつつ尋ねた。
「植物は、大地から『魔力(マナ)』を吸い上げ、それを自らの生命力に変換する。いわば『受動的』な存在だ。魔力の『消費者』であり、『変換器』だ。だが、この樹は、違う」
ギルバートは、汗を滲ませながら、言葉を選んだ。
「『吸って』いない。『生み出して』いるんだ。この樹それ自体が、魔力の『源泉(ジェネレーター)』だ。まるで、古代の文献にある、失われた『生きた魔術装置(アーティファクト)』そのものだ」
『生きた魔術装置』。
その言葉に、私は、ガラス棒をかき混ぜる手を止めた。
(オーギュストの『呪い(瘴気)』を、浄化しようとして、樹液を流していた。あれは、樹の『涙』などではなく、装置が、異常をきたした『オーバーフロー』、あるいは、緊急の『浄化プログラム』の作動、だったの?)
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まったく異なるアプローチが、奇しくも、まったく同じ「結論」へと、収束しつつあった。
この樹は、ただの植物ではない。
何者かによって、あるいは、この世界そのものの法則によって、意図的に「設計」され、生み出された、「機能」を持つ、巨大な「装置」なのだ、と。
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