『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第16章 廃太子の「贖罪」

16-4:廃太子の告白

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テントの中は、絶対的な静寂に、支配された。
暖炉の薪が爆ぜる音も、遠くの騎士たちの声も、すべてが消え失せ、ただ、元・王太子アルベルトが、泥にまみれた地面に、額を擦り付ける、生々しい音だけが、響いていた。
彼の、蜂蜜色の髪が、土と、旅の汚れで、無残に、汚れている。
その、あまりにも、惨めで、衝撃的な光景に、ギルバートですら、言葉を失っていた。彼が、かつて、忠誠を誓った(あるいは、そう見せかけていた)主君(しゅくん)の、見る影もない姿。
私の背後で、リリアが、小さく、嗚咽(おえつ)を漏らした。
彼女が、あれほどまでに、焦がれ、依存し、そして、自分を「聖女」たらしめてくれていた、絶対的な「庇護者」。その、無残な姿。
だが、私は、冷めていた。
私の、赤い瞳は、この、土下座する男の「行動」を、ただ、冷静に、分析していた。
(……今更、何よ)
(謝罪? 許しを乞うため? 私に、追放を取り消してくれと、泣きつきに来たの? ……だとしたら、あまりにも、合理的ではないわ)
(この男は、もう、私に、何も、与えられない。私も、この男に、何の「価値」も、感じない)
この男の、この「行動」は、何一つ、問題を解決しない。
『ブライト』の汚染も、聖樹の枯死も、迫る帝国の脅威も。
これは、ただの、プライドが崩壊した男の、自己満足的な、感情の排出(パフォーマンス)だ。
私は、テントの隅に置かれた、水の入った水差しを、指差した。
「……ギルバート。彼に、水を。……話は、それからよ」
「……ソフィア薬師?」
ギルバートが、私の、あまりにも感情のない声に、驚いて、振り返った。
「汚いわ。見ていられない」
私は、冷たく、言い放った。
「……それに、脱水症状と、極度の疲労を起こしている。そんな状態で、まともな『取引』も、『尋問』も、できないでしょう?」
私の、あまりにも「非人道的」で、どこまでも「合理的」な診断に、ギルバートは、一瞬、呆気に取られたが、すぐに、いつもの、皮肉っぽい笑みを、浮かべた。
「……やれやれ。君は、本当に、ブレないな」
彼は、この異常な状況下で、唯一、冷静な思考を保っている私のその「非情さ」に、わずかな安堵(あんど)すら、覚えているようだった。
ギルバートは、水差しを掴むと、アルベルトの前に、無造作に、置いた。
「……立て。そして、飲め。ここは、王宮ではない。……ソフィア薬師の、研究室(アトリエ)だ。彼女(あるじ)の許しなく、土下座(それ)は、許されん」
ギルバートの、冷たい声に、アルベルトの肩が、ビクッと、震えた。
彼は、震える手で、カップの水を、一気に飲み干すと、顔を上げた。
その顔は、泥と、涙と、そして、深い、深い「絶望」で、ぐしゃぐしゃだった。
だが、彼は、立ち上がろうとは、しなかった。
膝をついたまま、彼は、私を、見上げた。
「……ソフィア……さん」
彼は、私を「侯爵令嬢」としてではなく、ただ、一人の人間として、呼んだ。
「……君の言う通りだ。私は、取引をしに、来た。……いや、取引などと、おこがましい。……私は、君に、最後の『情報』を、渡しにきた」
「情報?」
「……私は、すべてを、失った。王太子の地位も、名誉も、リリアからの信頼も……そして、君からの、軽蔑(・・)すら、手に入れる資格もない」
彼の声は、もはや、あの傲慢な王太子のものではなく、ただの、打ちひしがれた、青年の声だった。
その瞳は、焦点が合わず、過去の栄光と、現在の絶望の間を、彷徨(さまよ)っていた。
「……私は、愚かだった。君という『本物』の才能を見抜けず、『偽り(リリア)』の奇跡と、『虚偽(オーギュスト)』の陰謀に、踊らされた。……その罰として、私は、明日、北の辺境領地へ、送られる。……事実上の、追放だ」
(……自業自得ね)
私は、心の中で、冷たく、呟いた。
だが、彼の、次の言葉に、私は、わずかに、目を見開いた。
「……だが、行く前に、ギルバートから、聞かされた」
「私から?」
ギルバートが、眉をひそめた。
「ああ……。君(ギルバート)が、王宮で、陛下に、謁見した後、宰相(さいしょう)閣下と、話しているのを、聞いてしまったのだ……!」
アルベルトは、狂人のように、早口で、捲(まく)し立てた。
「私が、この国を、危機に陥れた、と! ……オーギュストの時とは、比べ物にならない、本当の『危機』に、ソフィア(・・)が、今、一人で、立ち向かっている、と!」
アルベルトの、充血した瞳が、私を、捉えた。
その瞳には、もはや、私への「執着」や「後悔」という、生温(なまぬる)い感情は、なかった。
ただ、自分(・・)が、引き起こした、更なる「厄災」に対する、純粋な「恐怖」だけが、宿っていた。
「……私は、愚か者だ。だが、それでも、この国の、王太子、だった。……王太子として、学んだ、最後の、最後の『知識』が、もし、君の、役に立つというのなら……」
「……せめてもの、罪滅ぼしだ」
アルベルトは、震える手で、懐(ふところ)に、深く、手を入れた。
その動きに、テントの入り口を固めていた、ギルバートの部下(騎士たち)が、一斉に、ザッ、と、剣の柄(つか)に、手をかけた。
「待て!」
ギルバートが、それを、手で制した。
アルベルトが、ゆっくりと、懐から、取り出したもの。
それは、彼が、旅の道中、命よりも、大切に、守り抜いてきたのであろう、泥に汚れ、端が、擦り切れた、一巻の、羊皮紙だった。
「これは……」
ギルバートが、息を飲む。
アルベルトは、その羊皮紙を、汚れた地面に置くと、まるで、神に、最後の許しを乞うかのように、私(ソフィア)に向かって、両手で、それを、押し出した。
「……受け取っては、もらえないだろうか」
彼は、もう、私の目を見ることも、できずに、うつむいていた。
「……私が、愚かにも、見過ごし、そして、許可してしまった、帝国の、『侵略』の、証拠だ」
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