『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第16章 廃太子の「贖罪」

16-5:贖罪の「一点」

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羊皮紙は、司令部の、簡素な机の上に、広げられた。
それは、アルベルトの無残な旅路を象徴するかのように、泥に汚れ、湿気でヨレていたが、そこに描かれた線の精密さと、羊皮紙そのものの質の高さが、これがただの紙切れではないことを物語っていた。
ギルバートは、警戒しながらも、その羊皮紙を手に取り、机の中央に広げた。
その瞬間、彼の顔色が変わった。
「……これは」
ギルバートの声が、戦慄(わなな)いた。
「……王家の『剣と盾』の紋章。……王太子クラスでなければ、閲覧すら許されない、北西国境(ほくせいこっきょう)全域の、機密防衛地図……!」
テントの中の空気が、さらに凍りついた。
私の背後で、リリアが息を飲む音が、やけに大きく響く。
アルベルトは、廃嫡(はいちゃく)されるその瞬間まで、王太子としての「権限」を、この「情報」を持ち出すためだけに、利用したのだ。
アルベルトは、膝をついたまま、その地図の、ある一点を、震える指で、指し示した。
「……ヴォルフラム・フォン・シュタイン。……あの男が、帝国特使として、王都を訪れたのは、一度ではない。……半年前。まだ、『紫死病』が、流行る前のことだ」
「何ですって?」
ギルバートが、声を上げた。
私も、眉をひそめた。ロイドの情報(インテル)ですら、掴めていなかった、ヴォルフラムの、最初の接触。
「ああ。……表向きは、両国の、学術的交流のため、とか、何とか、言っていた」
アルベルトの顔が、生理的な嫌悪感に、歪む。
「……だが、私は、あの男が、嫌いだった。……あの男は、私(王太子)を、見下していた。王家の、歴史も、魔術の、伝統も、すべてを、だ。……彼が、唯一、興味を示したのは、王宮の『錬金術(アルケミー)』の、古い文献だけだった」
(……やはり)
私は、ヴォルフラムが、最初から『ブライト』の「情報」を、掴んでいたことを、確信した。彼は「答え」を知っていて、その「現物」を、探しに来たのだ。
「……彼は、陛下に、こう、申し出た。『両国の、学術的交流のため』と称して、この、北西国境にある、古い、古い、砦(とりで)の使用許可を、求めてきた」
アルベルトの指が、地図上の、一点を、叩いた。
「……『フォート・ヴァレリウス(ヴァレリウス砦)』。……もはや、誰も使っていない、廃墟だ。戦略的な価値も、何もない。……父上も、宰相も、帝国の、その、よく分からない『申し出』を、無下に、断れなかった。……そして、許可した」
「……馬鹿な。敵国に、国境の砦を、明け渡した、というのか」
ギルバートが、信じられない、という顔で、アルベルトを、睨みつけた。
「……だから、言っただろう。私は、愚か者だ」
アルベルトは、自嘲(じちょう)した。
「……だが、その時は、私も、父上も、それが、何を意味するか、分かっていなかったのだ。……ヴォルフラムは、そこに『高高度大気研究所』を、設置すると、言っていた。……『空の、魔力の流れを、観測する』とかなんとか……」
(高高度大気研究所……)
(空の、魔力の流れ……)
私の、科学者としての脳が、その「カモフラージュ」の、本当の意味を、理解し始めた。
私は、アルベルトが指差す、その「点(フォート・ヴァレリウス)」と、アトリエ(ここ)の、位置関係を、そして、その間を、流れる「線」を、目で、追った。
その瞬間。
私の、血の気が、引いた。
「……ギルバート」
「……ああ。……ソフィア薬師。……君も、気づいたか」
ギルバートの顔も、私と、同じ色を、していた。
地図に、描かれていたのは、国境線だけではない。
この国の、すべての「命」を、支える、「地下水脈(レイライン)」の、流れだった。
そして、アルベルトが指差した、あの、忌まわしい、帝国(ヴォルフラム)の「研究所」。
『フォート・ヴァレリウス』。
それは、この森の、聖樹の、真下を、貫いている、巨大な地下水脈(レイライン)の、まさに、「源流(・・)」に、位置していた。
「……あの男」
私は、絞り出すように、言った。
「……あそこから、流し込んでいるのよ。『ブライト』を」
(高高度大気研究所、ですって? ふざけないで)
(あれは、『地下水脈汚染(ちかすいみゃくおせん)プラント』よ!)
すべての、ピースが、はまった。
外部からの、継続的な、流入。
聖樹の、免疫暴走。
麓の村の、井戸水の、汚染。
そして、ヴォルフラムの、あの、不気味な「予言」。
「……私は、昨日、廃嫡(はいちゃく)を、言い渡された」
アルベルトは、もう、私たちを見てはいなかった。
「……王宮の、私室を、片付けている時、この『地図』の、写しが、出てきた。……半年前の、あの、ヴォルフラムとの、忌まわしい『会談』の、記録だ。……それを、見た瞬間、ギルバートが、宰相に、話していた、『帝国の陰謀』と、『地下水脈(レイライン)の汚染』という、言葉が、すべて、繋がった」
彼は、立ち上がった。
その顔には、もう、涙も、絶望も、なかった。
ただ、すべてを、終えた人間の、虚無(きょむ)だけが、浮かんでいた。
「……私には、もう、君に、謝罪する、資格も、権利もない。……君を、追放した、私が、今更、どの口で、とは、思うが」
彼は、泥だらけの服のまま、テントの入り口に向かった。
「……せめてもの、罪滅ぼしだ」
アルベルトは、静かに、去っていった。
テントの入り口で、彼を見送る騎士たちが、彼が、かつて、この国の「王太子」であったことに、気づいたのか、気づかなかったのか。
誰もが、彼に、声を、かけなかった。
テントの中には、私と、ギルバート、そして、息を殺して、壁際に立っていた、リリアだけが、残された。
そして、机の上には、アルベルトが、文字通り、その「すべて」と引き換えに、持ってきた、一枚の、泥に汚れた「地図」だけが、残されていた。
「……ギルバート」
私は、その地図の、忌まわしい「一点(フォート・ヴァレリウス)」を、指先で、強く、叩いた。
「私のスローライフ(けんきゅうしつ)は、終わったわ」
私の赤い瞳に、テントのランタンの、小さな炎が、反射した。
「……『戦場』は、ここ(アトリエ)じゃない。……あそこよ」
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