『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第17章 アトリエ防衛戦と汚染源の特定

17-1:騎士団長の「戦略」と薬師の「装備」

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司令部のテントの中央には、アルベルトが命と引き換えにもたらした、あの泥に汚れた「機密防衛地図」が広げられていた。その羊皮紙の写しは、テントのランタンの光を浴び、この国の命脈(レイライン)を汚染する『フォート・ヴァレリウス』の位置を、無言で告発していた。
「……ヴォルフラムは、我々が、この『証拠』を手に入れることを、計算していなかった」
ギルバートは、疲労を押し殺した顔で、地図を睨みつけていた。彼は、今や「研究者」ではなく、部下と、守るべき民の命を預かる「指揮官」の目をしていた。彼の背後では、銀色の甲冑に身を固めた騎士たちが、司令官の決断を、息を詰めて待っている。
「この地図を、王都へ送れば、国王陛下も動かざるを得ない。だが、王都の軍勢がここに到着し、反撃を開始するまで、最低でも三日はかかる。その三日の間に、ヴォルフラムが『ブライト』の流入量を増やし、聖樹を完全に破壊したら、すべてが終わりだ」
(時間がない)
私の思考は、ギルバートと同じ結論に達していた。リリアの感知によれば、聖樹の苦痛は、既に再燃している。私たちの「時間稼ぎ」は、まもなく限界を迎える。
「騎士団長の判断を仰ぐわ、ギルバート。あなたの、今の『最善手』は?」
私が促すと、ギルバートは、自らの魔術師としての知性と、騎士団長としての責任感との、ギリギリの均衡点を、見つけ出そうとした。
彼は、地図上の『フォート・ヴァレリウス』から、このアトリエ(王立特別研究地区)に至るまでの、すべての経路を、冷静に、指でなぞった。彼の指先が触れるたびに、地図上の地名が、魔術的な記号(ルーン)のように、一瞬だけ青く光る。
「ヴォルフラムの目的は、我々を『実験』することだ。そして、ソフィア薬師、君を『無力化』すること。彼は、こちらが大規模な防衛戦を仕掛ける前に、君を拉致するか、あるいは、聖樹を破壊し、この森を『ブライト』の源泉に変えるつもりだ」
ギルバートの青い瞳に、冷徹な「戦略」が宿る。
「王宮騎士団(近衛)の主力は、アトリエ(ここ)の防衛に、集中させる。そして、ヴォルフラムが仕掛けてくるであろう、あらゆる『奇襲』に対応する。……騎士たちには、錬金術師の罠に、警戒させる」
彼は、私に向き直った。その視線は、もはや私を「女性」としては見ていない。ただ、国を守るための「兵器」として、あるいは「切り札」として、見据えていた。
「だが、受けているだけでは、いずれ負ける。汚染源を断つのは、我々の、攻めるべき『任務』だ」
ギルバートの視線が、地図上の『フォート・ヴァレリウス』へと戻る。
「ソフィア薬師。君と、リリア様。そして、精鋭の騎士五名。君たちには、別動隊として、この『フォート・ヴァレリウス』の、汚染源(プラント)そのものを、叩いてもらいたい」
「私たちだけで?」
「ああ。君たちの『装備』こそが、この任務の、唯一の『切り札』となるからだ」
ギルバートが、作戦の「核」を告げた。
「敵の部隊は、ヴォルフラムとその『錬金術ゴーレム』。彼らは、魔術的な防御が堅固だ。私の魔法(マジック)は、奴らの前では『まじない』と嘲笑われる。だが、君の『化学(ケミストリー)』と、リリア様の『聖性(翻訳)』、そして、騎士の『物理攻撃(ソード)』は、奴らにとって、未知の『脅威』だ」
その言葉に、私の闘志が、一気に燃え上がった。
(そうよ。私の化学は、あの男の『錬金術(アルケミー)』に、負けるはずがない)
(『切り札』? 私は、ただ、私の研究室(スローライフ)を守るための「手段」を、選ぶだけよ)
私は、司令部を辞し、アトリエ(研究室)に戻ると、すぐさま「攻め」の装備を整え始めた。
アトリエの壁に貼り付けた、前世(カオリ)の化学式と、この世界の薬草学を融合させた、新たな実験ノートを広げる。
ヴォルフラムが「玩具(ガラクタ)」と断じたガラス器具は、今や、私の最強の「兵器工場」と化していた。
• 装備1:万能浄化薬(エリクシルLv.2)
聖樹の樹液と、私のキレート剤を、より高純度で合成した、「最終兵器」。これは、汚染源の杭に直接打ち込むための、この森の「命脈」となる。
• 装備2:閃光・催涙セット
前世の知識に基づく、化学兵器の応用だ。『マグネシウム+発火性ハーブ(乾燥ヨモギ)』による「瞬間的な閃光弾」と、『唐辛子+刺激性ハーブ濃縮液』による「催涙ガス弾」。錬金術ゴーレムの「視覚センサー」と、ヴォルフラムの「呼吸器系」を、魔法ではなく、物理的な力で、無力化する。
• 装備3:瞬間接着剤
松ヤニと、聖樹の樹液をベースにした、強力な『超強力接着剤』。ゴーレムの「関節」や「駆動部」を、魔法ではなく、物理的な力で固着させる。
私は、革のバッグにそれらのフラスコや瓶を詰め込み、腰に、いつものナイフと、特注のポーションポーチを装着した。私の体にぴったりとフィットする、動きやすい革ズボンと白衣(防護服)。この姿こそが、私の「戦闘装束」だった。
リリアは、アトリエの隅で、私のその物々しい装備を、怯えながらも、じっと見つめていた。
「リリア様。行きましょう。あなたの『感知』が、必要よ」
「……はい」
リリアは、私の言葉に、小さく頷いた。その瞳に、もう、かつての「聖女」の無力な姿はなかった。
彼女は、自ら王宮を捨て、この森に来た。そして、今、自分の持てる「力」(感知能力)を、この戦いに捧げようとしている。
「ギルバート」
私は、司令部に戻り、指揮官に向き直った。
「いつでも、出られるわ。騎士団長の指揮を、楽しみにしているわよ」
私の瞳は、もう「研究者」の光だけではなかった。「戦場」へと赴く、覚悟の光を宿していた。
(私の研究室を、あなたたちの勝手な実験場で、終わらせてたまるものですか)
ギルバートの顔に、一瞬、安堵と、そして、騎士団長としての、深い「信頼」が浮かんだ。
「ああ、ソフィア薬師。……必ず、戻れ。君のスローライフ(研究)は、私が、守り抜く」
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