『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第18章 呪いの「終わり」と、新たな「始まり」

18-1:司令官の到着

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カチ、カチ、カチ……。
あの、忌まわしく、無機質だった「錬金術装置(プラント)」の機械音は、完全に、沈黙した。
音が消えた地下空洞は、まるで、世界から取り残されたかのように、静まり返っている。
その静寂の中で、やけに大きく響いているのは、荒い呼吸音だけだった。
私のもの。ヴォルフラムの「杭」を止めるため、盲目的に剣を振るい続けた騎士たちの、アドレナリンがほとばしる息遣い。
そして、私の腕の中。
「……リリア様……」
すべての聖性(せいせい)を使い果たし、燃え尽きたろうそくのように、ぐったりと意識を失ったリリアの、か細く、ほとんど聞こえないほどの寝息。
私は、彼女の、驚くほど軽くなった体を、冷たく湿った石の床に倒れないよう、必死で抱きしめていた。
(……まずいわ。体温が、急速に低下している)
先ほどまで、浄化の余波で高熱に燃えるようだった彼女の体は、今や、魔力(ガソリン)が完全に枯渇したエンジンのように、急速に、その熱を失いつつある。このままでは、ショック症状に陥る。薬師としての私の思考が、戦闘の興奮よりも先に、臨床的な危険信号(アラート)を鳴らしていた。
だが、それ以上に、この空洞の「空気」そのものが、劇的に変わっていた。
ヴォルフラムの錬金術が吐き出していた『ブライト』の、あの金属的で、冷たい「死」の匂い。鉄錆と、腐った卵が混じったような、無機質な瘴気が、急速に薄れていく。
代わりに、満ちてきたのは、息苦しいほどの、純粋な「魔力(マナ)」の匂いだった。
まるで、雷が落ちた直後の、オゾンの匂いにも似た、清冽(せいれつ)だが、どこか荒々しい、生命の「源流」そのものの香り。
目の前。あの「杭」が突き刺さっていた地下水脈(レイライン)。
おぞましい「黒」が消え失せ、そこには、あまりにも純粋すぎて、目が眩むほどの、清浄な「青白い光」だけが、ゴウゴウと、地響きにも似た音を立てて、湧き上がっていた。
光は、壁や天井に、水面のような揺らめく影を落とし、この古代の石造りの空洞を、まるで神殿のように照らし出している。
(……これが、この世界の、本当の「源流」……)
その、神々しくも、荒々しい、人智を超えた光景に、私と、歴戦の騎士たちが、一瞬、呆然と、立ち尽くした。
私たちは、この世界の「心臓」そのものに、触れてしまったのだ。
「……動ける者は、ヴォルフラム伯爵を、拘束しろ」
騎士隊長が、いち早く我に返り、部下に命じた。
二人の騎士が、高台の上で、なおも立ち尽くすヴォルフラムに、荒々しく、枷(かせ)をかけた。
彼は、もはや、抵抗すらしなかった。
自らの「完璧な錬金術(アルケミー)」が、「原始的な化学(ケミストリー)」と「オカルト(聖性)」の融合に敗北したという、その「事実」だけを受け入れられず、焦点の合わない灰色の瞳で、虚空を見つめていた。
(……終わった)
私が、この、長かった「実験」の終わりと、次なる研究(ヴォルフラムの尋問とプラントの解体)への思考を、巡らせ始めた、その時だった。
ガギン! ガギン! ガギン!
私たちが通ってきた、あの暗い、古代の通路の奥から、重い甲冑(かっちゅう)が、石畳を猛然と蹴る、凄まじい足音が、響いてきた。
それは、ここにいる騎士隊(精鋭)たちの、軽量な革鎧の音ではない。
もっと、重く、切迫した、重装鎧(プレートメイル)の、全力疾走の音。
「!?」
騎士たちが、拘束したヴォルフラムを盾にするように、即座に、警戒態勢を取る。
だが、その足音は、一つだけだった。
通路の暗闇から、文字通り、転がり込むように、その「影」は、現れた。
「……ギルバート!?」
そこに立っていたのは、地上の、アトリエ防衛線を、指揮しているはずの、ギルバート・ヴァイスだった。
彼の、あの、指揮官(コマンダー)としての、銀と青の、華麗な礼装(れいそう)は、魔物との戦闘で、泥と、黒い体液にまみれ、見るも無残な姿になっていた。
肩の、銀糸の肩章(けんしょう)は、ちぎれかけ、その、いつも冷静な青い瞳は、寝不足と、魔力の酷使と、そして、最悪の事態を想定した「焦燥」で、赤く充血していた。
彼は、この、地下空洞の、異様な光景を、一瞬で、把握した。
崩れ落ちた、三体の錬金術ゴーレム。
枷をかけられ、虚ろな目をしている、ヴォルフラム。
そして、その中央。
清浄な青い光を放つ、レイラインの源流を背に、戦闘の汚れと泥にまみれた私(ソフィア)が、ぐったりとしたリリアを、抱えている姿を。
彼の、指揮官としての、張り詰めた表情が、崩れた。
まるで、何日も張り詰めていた、硬い氷が、砕け散るかのように。
「ソフィア!」
彼が、叫んだ。
それは、騎士団長(コマンダー)の声ではなかった。
王宮魔術師(アカデミー)の声でもない。
ただ、一人の男の、剥(む)き出しの、安堵(あんど)と、恐怖が、綯(な)い交(まじ)ぜになった、声だった。
ギルバートは、ヴォルフラムにも、騎士たちにも、目もくれず、一直線に、私(・)の元へ、駆け寄ってきた。
ガシッ、と。
彼は、私の両肩を、血が滲(にじ)むほど、強く、掴んだ。
「……無事か!? ソフィア! 君に、何か、あったら……!」
「(……近い……!)」
私は、彼の、あまりの剣幕(けんまく)と、その距離の近さに、心臓が、鷲掴(わしづか)みにされたかのように、跳ね上がった。
鎧越しの、彼の体温。
荒い呼吸。泥と、汗と、そして、彼自身の、魔力の匂い。
その、青い瞳が、私(ソフィア)の無事だけを、確認しようと、狂ったように、揺れている。
(……私? わたし、より……)
私は、この、共同研究者(パートナー)の、予想外の「混乱」に、私の、冷静な思考(CPU)が、一瞬、フリーズするのを、感じた。
合理的ではない。
なぜ、指揮官である彼が、戦果(ヴォルフラム)や、負傷者(リリア)よりも先に、私(研究者)の、安否を、確認する?
「だ、だ、大丈夫です、ギルバート! それより、リリアが!」
私は、我に返り、腕の中で、小さく寝息を立てる、リリアを、彼に、突きつけるように、見せた。
私の、その言葉と、「リリア」という名前に、ギルバートは、ハッと、我に返った。
彼は、自分が、今、この部下たちの前で、何をしたのかを、理解したようだった。
「……あ」
彼は、まるで、感電したかのように、慌てて、私の肩から、手を離した。
その顔に、指揮官としての「威厳」が、急速に、しかし、ぎこちなく、戻ってくる。
「……ああ。そうだな。……リリア様の、容態が、先だ」
彼は、わざとらしく、咳払い(せきばらい)を、一つした。
その、あまりにも、分かりやすい「豹変(ひょうへん)」を、周囲の騎士たちが、気づかないふりを、して、必死に、ヴォルフラムの拘束だの、壊れたゴーレムの残骸だの、別の方向を、見ている。
その、微妙な、気まずい空気が、私の、熱くなった顔に、さらに、追い打ちをかける。
(まったく、合理的ではないわ)
私は、自分の頬が、この地下空洞の冷気とは裏腹に、妙に熱を持っているのを感じ、それを誤魔化すように、腕の中のリリアの容態を再確認するふりを、した。
この、あまりにも、合理的ではない、魔術師(おとこ)の、おかげで。
私の、完璧な「勝利」の、後味が、少しだけ、複雑なものに、なってしまった。
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