『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第四章:交流(一番弟子の誕生)

4-1:代官ゲオルグの訪問(試作品)

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『白夜の桃』の改変から三日後。アトリエの整備が一段落した頃、辺境伯領の代官であるゲオルグ・ラングフォードが、丘の上の館を訪れた。
ゲオルグは元騎士であり、厳格で融通の利かない性格で知られていた。彼の体躯は頑強で、着慣れた代官服の下には、長年の鍛錬で培われた筋肉が硬く収まっている。彼は、王都の貴族がこの貧しい土地を「静養」という名の「罰」として利用することに、心底嫌悪感を抱いていた。
「エリアーナ様、ご無沙汰しております。領地代官のゲオルグです」
ゲオルグは、広間に案内されるなり、深々と頭を下げた。彼の声には、形式的な礼節と、隠しきれない警戒が混じっていた。老執事セバスから、王都への二度にわたる「桁外れな機材リスト」と「最高純度の食材」の緊急手配の件を聞き、彼の懐疑心は頂点に達していたのだ。
(王都の公爵令嬢が、この不毛の地で贅沢な道楽を始める気か。辺境の貧困など露知らず、王家からの『研究費』を無駄遣いするつもりだろう)
ゲオルグは、王都貴族の腐敗を間近で見てきた経験から、エリアーナを「甘やかされたお嬢様」と決めつけていた。広間に一歩足を踏み入れた瞬間、彼はその予想を裏切られた。館はまだ家具がまばらだが、数日前まで漂っていた埃とカビの匂いは完全に消え失せ、代わりにかすかに甘く、清涼な香りが漂っていた。窓からは北の冷たい、しかし澄んだ光が降り注いでいる。
「お久しぶりです、ゲオルグ殿。さあ、こちらへ。ちょうど、貴方にお目にかけたいものがあるの」
エリアーナは、清掃されたばかりの広間に面したサロンに彼を招き入れた。彼女は、王都のドレスではなく、セバスが用意した紺色の実用的な生地のワンピースを身につけていた。その手は、水仕事でわずかに荒れている。その姿は、高慢な公爵令嬢というより、研究に没頭する若き学者のようだった。
「私への目録の提出でございますか? 費用につきましては、全て公爵家が……」
ゲオルグが、事務的な会話を始めようとすると、エリアーナは彼の言葉を遮った。彼女の目には、既にゲオルグの持つ『リンゴのコンフィチュール』の鑑定情報が浮かんでいた。
「いいえ。目録は後で結構です。それよりも、これを試食していただきたいの。貴方にとって、これが『何か』を判断してほしい」
エリアーナが差し出したのは、銀色のシンプルな皿に乗せられた、小さなコンフィチュール(ジャム)の小瓶だった。瓶の中身は、琥珀色に輝き、僅かに固形分が見える。瓶の周囲には、朝の冷気が凝縮した水滴がついており、それをゲオルグの頑強な指先が不器用に触れる。
「これは……ジャム、でございますか? 辺境のリンゴの……」
ゲオルグは、その「リンゴ」という言葉を聞いて、さらに警戒を強めた。この地のリンゴは、酸っぱく、硬く、日持ちもしないため、村人は自家製ジャムにしてもしょっぱい砂糖で固めるのが精一杯だ。王都の最高級のリンゴと比べれば、ゴミ同然の産物だ。
「ええ。先日、館の食料庫で見つけた、廃棄寸前の『野生のリンゴ(クライフェルト原種)』を、最低限の砂糖で煮詰めたものよ」
エリアーナは、その言葉の裏で、心の中で『ジャム(Lv.1)』と表示されているのを見ていた。これは、彼女が『食材図鑑』を起動した後、初めて作ったレシピの一つだ。
「さあ、スプーンでどうぞ。一口だけ」
ゲオルグは、主の無言の圧力に、渋々スプーンを手に取った。彼は、王都の貴族が持ってくるような、甘ったるいだけの菓子を想像していた。彼の領地代官としての義務は、領主の道楽に付き合うことではない。
(どうせ、甘いだけの水っぽい……この地の貧困を侮辱するような味だろう)
スプーンの先端に琥珀色のコンフィチュールが乗せられ、彼の舌先に触れた。
その瞬間――彼の五感が、一気に爆発した。
「――っ!? こ、これは……!」
甘い。だが、ただ甘いだけではない。まず、リンゴが本来持つ、硬質な、清涼な酸味が、ガツンと脳天を叩き、彼の全身の感覚を覚醒させた。それは、まるで長年錆びついていた武具に、一瞬で油が差され、研ぎ澄まされたかのような、鮮烈な衝撃だった。そして、その後に、驚くほど透明度の高い、純粋な甘さが、酸味と完璧に調和しながら、彼の味蕾を満たしていく。
「この酸味は……まるで、鋭利な剣のよう。しかし、その奥に潜む甘さは、全てを包み込む穏やかな光だ……」
ゲオルグは、武人として、その味を「戦い」として捉えた。それは、王都の貴族が好むような、だらだらとした甘さではなく、緊張と弛緩が完璧に計算された、一本の流れるような剣戟だった。リンゴの繊維一つ一つが、口の中で主張しながら、最終的には完璧な形で舌の上に消えていく。ゲオルグは、思わずスプーンを置いた。
「ま、まさか……この地の、あの酸っぱいゴミ同然のリンゴから、このような……」
ゲオルグは、思わず口を覆った。彼が知る辺境のリンゴは、煮詰めれば煮詰められるほど、その酸味が雑味となり、不快な苦味を伴うはずだ。しかし、このコンフィチュールは、リンゴの生命力を最大限に引き出し、「最高の保存食」として昇華させている。その透明な甘さが、この辺境の土地の「可能性」を、彼の目の前に突きつけた。
「どうです、ゲオルグ殿。貴方の目には、これが、『王家の研究費を無駄遣いする、公爵令嬢の道楽の産物』に見えますか?」
エリアーナは、静かに問いかけた。その目は、彼女の『作品』が、相手の心を貫いたことを確信している。
「……っ。失礼いたしました、エリアーナ様」
ゲオルグは、立ち上がり、今度は武人として、エリアーナに深く、頭を垂れた。それは、単なる淑女への礼ではない。己の浅薄な判断を恥じ、目の前の「才能」に心から敬意を表する者の礼だった。
「この味は……王都の最高級パティスリーの菓子を遥かに超える。王家の人間ですら、この味を知らないでしょう。なぜ、廃棄寸前の素材で、このような奇跡が……」
ゲオルグの表情には、まだ驚愕が残っている。エリアーナは、彼の顔から、「貪欲な好奇心」の兆しを読み取った。
「その『なぜ』を解明するのが、私の『研究』よ。私は、この地の素材が持つ『真の力』を、世界に示したいだけ。ゲオルグ殿、貴方に頼みたいのは、私の邪魔をしないことではないわ」
エリアーナは、スッと立ち上がり、広間の窓から、麓の村の痩せた畑を見下ろした。
「この地に、『希望』を植えるための、協力をしていただきたいの」
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