『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第四章:交流(一番弟子の誕生)

4-2:代官の協力を得る(領地の利権)

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「希望……でございますか」
ゲオルグは、まだコンフィチュールの残香が残る口の中で、エリアーナの言葉を反芻した。彼は、この地の代官として、長年、村人たちの貧困と、領地の痩せた土壌に頭を悩ませてきた。彼の目標は、常に領地の安定と、住民の生活改善だった。
「ええ。貴方は、この地の作物が育たない理由を、火山灰土壌の保水性の低さだと見ておられるでしょう」
エリアーナは、ゲオルグの最も古い悩みを、的確に言い当てた。ゲオルグは、驚きに目を見開いた。
「な、なぜそれを……!? その通りです。水がすぐに抜け、根が深く張れない作物は、すぐに干上がってしまう」
「原因は、それだけではないわ」
エリアーナは、窓を背に、ゆっくりと語り始めた。彼女はもはや、公爵令嬢というより、教壇に立つ教授のようだった。彼女が話す論理は、武人であるゲオルグの脳裏に、まるで戦術書のように、鮮明な図式を描き出した。
「貴方たちは、王都と同じように『穀物』や『芋』を植えようとする。それらは保水性の高い土壌を必要とする、甘やかされた作物よ。王都の農学者は、この地の土壌を『欠点』としか見ない。ですが、それは間違い。この土壌の真価は、その水捌けの良さと、日中の強烈な日差し、そして夜の冷涼な風、つまり『寒暖差』にある」
彼女は、指で窓ガラスをなぞり、そこに北の冷気で薄く張った水滴を拭い取った。その仕草には、微細な美しさがあった。
「この厳しい環境は、植物に『生き残るために力を凝縮しろ』と命じる。植物は夜の極端な冷気から細胞を守るため、日中に溜めたデンプンを必死に『糖』へと変える。その防衛本能こそが、天然の濃密な『甘味』の正体よ。この地で育てるべきは、穀物ではないわ。果樹よ」
「果樹……!? この痩せた土地で、ですか!?」
ゲオルグは、思わず声を荒げた。それは、辺境の常識を覆す発言だった。果樹は、穀物以上に手入れが必要で、成熟までに数年を要する。貧しい村人にとって、そのリスクは高すぎる。彼は、この地の村人たちの苦労を肌で知っている。
「ええ。リスクは私が取る。そして、私が改変した『白夜の桃』は、このテロワールでしか成立しない、究極の果実になるわ。ただし、生果実のままで王都に送るには、輸送と鮮度の問題がある」
エリアーナは、先程のリンゴのコンフィチュールを指差した。その小瓶は、ゲオルグにとって、この地に眠る莫大な財宝の「鍵」に見え始めていた。
「だからこそ、私のアトリエ(研究所)で、その果実を『食べる芸術品』、つまり日持ちのする『コンフィチュール』や『焼き菓子』に加工し、王都に流通させる。これが、私の『研究成果』を、領地の『財源』に繋げるための、唯一の道筋よ」
ゲオルグは、胸の奥で熱いものが込み上げるのを感じていた。それは、単なる経済的合理性ではない。この地と、この地に生きる人々への、エリアーナの深い敬意と、使命感だった。彼の脳裏に、麓の村人たちの痩せた顔が浮かぶ。彼らは、王都の貴族が捨てた「ゴミ同然のリンゴ」から、これほどの「希望」が生まれるとは、夢にも思っていないだろう。
「コンフィチュール……保存食として加工すれば、王都へも……。王都の人間は、あの、清らかで濃密な味を知れば、必ずや殺到するでしょう」
ゲオルグは、武人らしい率直さで、その将来を確信した。
「そこが、貴方にお願いしたい『協力』よ」
エリアーナは、挑戦的な視線をゲオルグに向けた。
「貴方はこの領地の代官。貴方の公的な立場と信用で、麓の村の若者を私の工房(アトリエ)の助手に雇い入れてほしい。彼らは、王都の貴族よりも、この地の生命力と素材をよく知っている」
「そして、最も重要なこと。王都への流通ルートを確保するにあたり、貴方が推薦してくれた『バルト商会』の行商人。彼らが私の調達リストに応じたなら、『白夜の桃』を使ったコンフィチュールの、王都での独占販売権を与えてほしい。代償として、領地には販売利益の十分の一(テンパーセント)を支払う」
その提案は、あまりに大胆だった。領地の貧しい産物から、利益の十分の一を領地収入として得られる。それは、この地の村人たちの生活を、根本から覆すほどの財源となり得る。ゲオルグの呼吸が荒くなる。
「独占販売権を……領地収入の十分の一……!? エリアーナ様、本気でございますか?」
「ええ、本気よ。ただし、条件があるわ」
エリアーナは、再び冷徹なビジネスの顔に戻った。その瞳は、一切の感情を排し、ただ契約と数字だけを見据えていた。
「私のレシピは、最高品質の『素材』があってこそ、初めて成立する。バルト商会がリスト通りの品質を確保できなければ、独占販売権は即時剥奪。この地で収穫される果実の管理権と、アトリエで生産される全ての製品の、品質管理権は、私に帰属する。王都の貴族だろうと、国王陛下だろうと、私の『作品』に口出しはさせないわ」
その自信に満ちた言葉に、ゲオルグは震えた。それは、単なる公爵令嬢のわがままではない。最高の結果を出すため、一切の妥協を許さない、プロフェッショナルの宣言だった。彼は、この瞬間、エリアーナの中に、クライフェルト公爵家を繁栄に導いた祖先たちの「才覚」を見た。
「……承知いたしました。エリアーナ様。このゲオルグ、主の『研究』の成功と、この地の住民の生活改善のため、全力で協力させていただきます」
ゲオルグは、心からの敬意をもって、深々と一礼した。彼は、この令嬢が辺境にもたらすのは、破滅ではなく、真の奇跡だと確信した。
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