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第四章:交流(一番弟子の誕生)
4-3:麓の村の少女アンナ
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ゲオルグ代官との交渉が成立した翌日。エリアーナは、早速アトリエの助手の選定に取り掛かった。
「清潔さ」と「正確な再現力」が最重要条件だ。王都で雇うつもりは毛頭ない。この地の素材を知り、王都の権威に染まっていない、純粋な目と舌を持つ人間が必要だった。
ゲオルグは、麓の村で最も手先が器用で、正直な若者を数名選抜して館に送ってきた。その中の一人に、アンナという名の、十六歳になる少女がいた。
アンナは、村の娘らしい、粗末だが清潔な木綿のワンピースを着ていた。髪は亜麻色で、太陽の光で少し焼けている。目線は常に下を向いており、公爵令嬢であるエリアーナに対し、極度に怯えているのが分かった。彼女は、館の広間に入る前、外で汚れていないか、何度も自分の服の裾を確認していた。
「ひぃっ、お、お嬢様……わ、私のような者が、このような館に立ち入ること、お許しください……」
アンナは、広間のピカピカに磨き上げられた石床の上で、縮こまっていた。彼女にとって、この館と、その奥にある最新鋭の機材が並ぶアトリエは、「魔法使いの城」のような異世界だった。辺境の貧しい村の娘にとって、公爵令嬢は雲の上の存在であり、その圧倒的な威圧感に、身体が硬直していたのだ。
「顔を上げなさい、アンナ」
エリアーナは、いつものように穏やかに、しかし威厳を持って声をかけた。その声は、アンナの緊張をわずかに和らげた。
「貴女たちを、私の『アトリエ』の助手として雇うわ。仕事は、私の指示通りの『清潔』の維持と、私が開発した『レシピ』の正確な再現よ」
エリアーナの視線は、アンナの小さな手と、その奥の、好奇心に満ちた瞳に注がれていた。他の若者たちが、公爵令嬢からの「施し」だと受け取っているのに対し、アンナだけは、「仕事」の内容に純粋な興味を示しているのが、エリアーナの『食材図鑑』の分析能力で一目で分かった。
「レシピ……? 料理でございますか?」
アンナは、恐る恐る顔を上げた。彼女の目は、怯えながらも、その奥に強い好奇心と、純粋な輝きを秘めていた。エリアーナは、その瞳を見て、彼女に興味を抱いた。
(この子は、好奇心が強い。そして、手が小さい。繊細な作業に向いているわ。何より、その瞳には『食』への純粋な探求心がある。王都の貴族連中が持っていなかった、最も重要な資質よ)
エリアーナは、セバスが用意した羊皮紙に、簡単なクッキーのレシピを書き付けた。その際、王都のレシピにはない、バターを練る工程での「温度管理」に関する細かな指示を付け加えた。
「いい? これは、私にとっての最も基本的な『作品』の一つ。小麦粉とバターと砂糖、そして卵。それらを、この順番で、指示された重さと混ぜ方で、正確に再現して。今日中に、この石窯で焼いてみてちょうだい」
アンナは、そのレシピを受け取ると、驚きに目を見開いた。王都の貴族は、レシピなど、下々の者には見せないものだ。それが、まるで「秘密の宝の地図」のように、彼女の手に渡されたのだ。彼女は、羊皮紙に書かれた、見慣れない「グラム」や「温度」といった指示を、食い入るように見つめた。
「わ、私が、この、あ、アトリエで?」
「ええ。貴女の『正確さ』を、私に見せてほしいの」
アンナは、公爵令嬢の冷たい、しかし真剣な瞳に圧倒され、震える手でレシピを握りしめると、他の村人たちと共にアトリエへと入っていった。彼女の胸は、恐怖と、そして初めて与えられた「期待」という、熱い感情で高鳴っていた。
エリアーナは、アンナたちが作業を始めてから、約一時間後、アトリエに入った。他の若者たちが、手際よく清掃や片付けを分担している中、アンナは一人、最新鋭のステンレス調理台の前で、額に汗を浮かべながら、必死にレシピに取り組んでいた。
(バターの温度が高すぎるわ。生地がだれてる。王都のバターと同じく、この地の乳製品も品質が安定しない)
エリアーナは、内心でそう思った。この世界のバターは、王都の流通品と同じく、品質が不安定だ。温度管理が難しい。
アンナは、レシピの通りに全ての材料を混ぜ終え、ようやく石窯にクッキー生地を入れようとした、その時だった。彼女は、ふと立ち止まり、レシピと、自分の作った生地を、交互に見比べた。その表情は、僅かに苦悩に歪んでいる。そして、意を決したように、自分の手で生地を少しだけ冷やし始めた。彼女は、レシピから逸脱したにもかかわらず、「このままでは美味しくない」という、自分の舌と手の感触を優先したのだ。
エリアーナの『食材図鑑』が、アンナの小さな動作に反応する。
『アンナ(助手):生地の状況を『味覚』で確認。生地温度が高すぎると判断。』
『アクション:生地を冷気で冷却。レシピから逸脱したが、『作品』の完成度向上に寄与。』
「……っ」
エリアーナは、思わず息を飲んだ。彼女は、レシピに「生地の温度を下げろ」とは指示していない。アンナは、自分の味覚(舌)と、生地の「感触」だけで、レシピの欠陥(この地のバターの品質の低さ)を補ったのだ。
(この子……レシピを『再現』しようとしているんじゃない。『作品』を作ろうとしている! この不毛の地で、王都の誰よりも優れた『味覚』の才能を持っていたなんて!)
エリアーナは、その場でアンナを『一番弟子』にすることを決めた。
「清潔さ」と「正確な再現力」が最重要条件だ。王都で雇うつもりは毛頭ない。この地の素材を知り、王都の権威に染まっていない、純粋な目と舌を持つ人間が必要だった。
ゲオルグは、麓の村で最も手先が器用で、正直な若者を数名選抜して館に送ってきた。その中の一人に、アンナという名の、十六歳になる少女がいた。
アンナは、村の娘らしい、粗末だが清潔な木綿のワンピースを着ていた。髪は亜麻色で、太陽の光で少し焼けている。目線は常に下を向いており、公爵令嬢であるエリアーナに対し、極度に怯えているのが分かった。彼女は、館の広間に入る前、外で汚れていないか、何度も自分の服の裾を確認していた。
「ひぃっ、お、お嬢様……わ、私のような者が、このような館に立ち入ること、お許しください……」
アンナは、広間のピカピカに磨き上げられた石床の上で、縮こまっていた。彼女にとって、この館と、その奥にある最新鋭の機材が並ぶアトリエは、「魔法使いの城」のような異世界だった。辺境の貧しい村の娘にとって、公爵令嬢は雲の上の存在であり、その圧倒的な威圧感に、身体が硬直していたのだ。
「顔を上げなさい、アンナ」
エリアーナは、いつものように穏やかに、しかし威厳を持って声をかけた。その声は、アンナの緊張をわずかに和らげた。
「貴女たちを、私の『アトリエ』の助手として雇うわ。仕事は、私の指示通りの『清潔』の維持と、私が開発した『レシピ』の正確な再現よ」
エリアーナの視線は、アンナの小さな手と、その奥の、好奇心に満ちた瞳に注がれていた。他の若者たちが、公爵令嬢からの「施し」だと受け取っているのに対し、アンナだけは、「仕事」の内容に純粋な興味を示しているのが、エリアーナの『食材図鑑』の分析能力で一目で分かった。
「レシピ……? 料理でございますか?」
アンナは、恐る恐る顔を上げた。彼女の目は、怯えながらも、その奥に強い好奇心と、純粋な輝きを秘めていた。エリアーナは、その瞳を見て、彼女に興味を抱いた。
(この子は、好奇心が強い。そして、手が小さい。繊細な作業に向いているわ。何より、その瞳には『食』への純粋な探求心がある。王都の貴族連中が持っていなかった、最も重要な資質よ)
エリアーナは、セバスが用意した羊皮紙に、簡単なクッキーのレシピを書き付けた。その際、王都のレシピにはない、バターを練る工程での「温度管理」に関する細かな指示を付け加えた。
「いい? これは、私にとっての最も基本的な『作品』の一つ。小麦粉とバターと砂糖、そして卵。それらを、この順番で、指示された重さと混ぜ方で、正確に再現して。今日中に、この石窯で焼いてみてちょうだい」
アンナは、そのレシピを受け取ると、驚きに目を見開いた。王都の貴族は、レシピなど、下々の者には見せないものだ。それが、まるで「秘密の宝の地図」のように、彼女の手に渡されたのだ。彼女は、羊皮紙に書かれた、見慣れない「グラム」や「温度」といった指示を、食い入るように見つめた。
「わ、私が、この、あ、アトリエで?」
「ええ。貴女の『正確さ』を、私に見せてほしいの」
アンナは、公爵令嬢の冷たい、しかし真剣な瞳に圧倒され、震える手でレシピを握りしめると、他の村人たちと共にアトリエへと入っていった。彼女の胸は、恐怖と、そして初めて与えられた「期待」という、熱い感情で高鳴っていた。
エリアーナは、アンナたちが作業を始めてから、約一時間後、アトリエに入った。他の若者たちが、手際よく清掃や片付けを分担している中、アンナは一人、最新鋭のステンレス調理台の前で、額に汗を浮かべながら、必死にレシピに取り組んでいた。
(バターの温度が高すぎるわ。生地がだれてる。王都のバターと同じく、この地の乳製品も品質が安定しない)
エリアーナは、内心でそう思った。この世界のバターは、王都の流通品と同じく、品質が不安定だ。温度管理が難しい。
アンナは、レシピの通りに全ての材料を混ぜ終え、ようやく石窯にクッキー生地を入れようとした、その時だった。彼女は、ふと立ち止まり、レシピと、自分の作った生地を、交互に見比べた。その表情は、僅かに苦悩に歪んでいる。そして、意を決したように、自分の手で生地を少しだけ冷やし始めた。彼女は、レシピから逸脱したにもかかわらず、「このままでは美味しくない」という、自分の舌と手の感触を優先したのだ。
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「……っ」
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