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第七章:来訪者(天才シェフの衝撃)
7-4:パティシエールの哲学(科学 vs 勘)
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リュカは、エリアーナの横柄な態度を、一切気にしなかった。むしろ、その「一切の感情を排した研究者としての姿勢」に、強い興奮を覚えていた。
(この女性は、王都の社交界の『優雅さ』など、一ミリも気にしていない! 彼女の興味は、ただ『最高の作品』、そして『完璧な科学』だけだ! そして、この科学こそ、私の長年のスランプの原因であり、答えだ!)
リュカは、エリアーナが計量したばかりの「パート・シュクレ(タルト生地)」を覗き込んだ。彼の視界には、その生地が、グルテンの形成を極限まで抑えられ、バターの乳脂肪分が均一に分散されていることが、長年の経験から一目で分かった。
「驚愕です、クライフェルト様。この生地は……『科学的』に完璧だ」
リュカは、思わず心の底からの賞賛を口にした。王都のパティシエールは、生地の出来を「その日の勘」や「手の温度」に頼っていたが、エリアーナの生地は、最初から『完成形』として設計されていた。
「貴方の生地は、王都のどのシェフの生地よりも、『サクサク』になるでしょう。これは、小麦粉とバターの分子構造を、完全に理解していないと実現できない……錬金術の領域だ」
リュカは、その場に持ち込んでいた、自身の最も高価な温度計を取り出し、エリアーナの作業台の温度を計測した。
「失礼。作業台の表面温度は……15.2度。まさか、このステンレスの台の下に、魔導冷却装置を埋め込んでいるのですか!?」
リュカの驚きは、本心からだった。作業台の温度が、バターの結晶を安定させ、グルテンの形成を阻害する、完璧な温度に保たれていることに戦慄した。王都では、氷を大量に使い、台を冷やしていたが、その冷気は不安定だった。エリアーナのこの「冷徹な計算」こそが、彼が王都で到達できなかった、『サクサク』の真理だった。
「ええ。木製の台では、手の熱で温度が上がり、グルテンが過剰に形成される。タルト生地は、『優雅に崩壊する構造』でなくてはならないわ。口の中で、抵抗なく、粉雪のように溶けていく食感よ。木は、その『崩壊』を許さない、野蛮な素材よ」
エリアーナは、魔導天秤の数値を微調整しながら、ようやくリュカに目を向けた。彼女の瞳には、「貴方も、この真理に気づいていたのね」という、微かな共感の光が宿っていた。この瞬間、彼女はリュカを「理解できる数少ない人間」として、初めて対等な目線で認めた。
「そして、このバター」
リュカは、アンナが冷蔵室から取り出した発酵バターの塊を指差した。そのバターの純粋な香りは、王都のどのパティスリーのバターよりも、清涼で、豊潤だった。
「このバターは……王都でも、限られた王族しか口にできない、無塩発酵バター(乳脂肪分82%)!? 貴方は、辺境の地で、なぜこのような素材を……!」
「バルト殿が、私の『リスト』の要求に応じてくれたわ。王都の一般的なバターは、水分と塩分が多すぎる。それらは、生地の『純粋性』を奪う、ノイズよ。王都のシェフは、なぜ、バターに含まれる水分が、生地の出来を左右することに気づかないのかしら」
エリアーナの言葉は、王都のパティシエールたちを、「ノイズの海の住人」として断罪した。彼女の口調は冷徹だが、その裏には「なぜ、こんな簡単な化学が理解できないの?」という、パティシエールとしての純粋な疑問が隠されていた。リュカは、彼女の論理に、完全に打ちのめされた。彼のスランプの原因は、まさに、「王都の素材の限界」にあったのだ。
「参りました……! 私は王都で、素材の限界を『自分の技術の限界』だと勘違いしていた。まさか、辺境の地の公爵令嬢が、私よりも先に『純粋性の真理』に到達していたとは……!」
リュカは、深々と頭を下げた。彼の心の中の王都の天才という像は、この瞬間、完全に崩壊し、真理を求める一人の探求者へと生まれ変わった。彼は、エリアーナの持つ『科学的な洞察力』と、『素材への敬意』に、心からの畏敬の念を抱いた。彼は、彼女が単なる「チート使い」ではなく、「前世のパティシエール」としての圧倒的な経験と知識を持っていることを、直感的に悟っていた。
「クライフェルト様。どうか、私を、あなたの『研究』に参加させていただけないでしょうか。私の持てる全ての知識と技術を、この『究極の純粋性』のために捧げたい」
リュカは、王都の天才シェフとしてのプライドを捨て、エリアーナに頭を下げた。彼の目には、「真理を追究したい」という、純粋な探求心だけが燃えていた。その火は、彼が自分の店を持つ前、初めて最高のスイーツを作ろうとした、あの情熱の光だった。
(この女性は、王都の社交界の『優雅さ』など、一ミリも気にしていない! 彼女の興味は、ただ『最高の作品』、そして『完璧な科学』だけだ! そして、この科学こそ、私の長年のスランプの原因であり、答えだ!)
リュカは、エリアーナが計量したばかりの「パート・シュクレ(タルト生地)」を覗き込んだ。彼の視界には、その生地が、グルテンの形成を極限まで抑えられ、バターの乳脂肪分が均一に分散されていることが、長年の経験から一目で分かった。
「驚愕です、クライフェルト様。この生地は……『科学的』に完璧だ」
リュカは、思わず心の底からの賞賛を口にした。王都のパティシエールは、生地の出来を「その日の勘」や「手の温度」に頼っていたが、エリアーナの生地は、最初から『完成形』として設計されていた。
「貴方の生地は、王都のどのシェフの生地よりも、『サクサク』になるでしょう。これは、小麦粉とバターの分子構造を、完全に理解していないと実現できない……錬金術の領域だ」
リュカは、その場に持ち込んでいた、自身の最も高価な温度計を取り出し、エリアーナの作業台の温度を計測した。
「失礼。作業台の表面温度は……15.2度。まさか、このステンレスの台の下に、魔導冷却装置を埋め込んでいるのですか!?」
リュカの驚きは、本心からだった。作業台の温度が、バターの結晶を安定させ、グルテンの形成を阻害する、完璧な温度に保たれていることに戦慄した。王都では、氷を大量に使い、台を冷やしていたが、その冷気は不安定だった。エリアーナのこの「冷徹な計算」こそが、彼が王都で到達できなかった、『サクサク』の真理だった。
「ええ。木製の台では、手の熱で温度が上がり、グルテンが過剰に形成される。タルト生地は、『優雅に崩壊する構造』でなくてはならないわ。口の中で、抵抗なく、粉雪のように溶けていく食感よ。木は、その『崩壊』を許さない、野蛮な素材よ」
エリアーナは、魔導天秤の数値を微調整しながら、ようやくリュカに目を向けた。彼女の瞳には、「貴方も、この真理に気づいていたのね」という、微かな共感の光が宿っていた。この瞬間、彼女はリュカを「理解できる数少ない人間」として、初めて対等な目線で認めた。
「そして、このバター」
リュカは、アンナが冷蔵室から取り出した発酵バターの塊を指差した。そのバターの純粋な香りは、王都のどのパティスリーのバターよりも、清涼で、豊潤だった。
「このバターは……王都でも、限られた王族しか口にできない、無塩発酵バター(乳脂肪分82%)!? 貴方は、辺境の地で、なぜこのような素材を……!」
「バルト殿が、私の『リスト』の要求に応じてくれたわ。王都の一般的なバターは、水分と塩分が多すぎる。それらは、生地の『純粋性』を奪う、ノイズよ。王都のシェフは、なぜ、バターに含まれる水分が、生地の出来を左右することに気づかないのかしら」
エリアーナの言葉は、王都のパティシエールたちを、「ノイズの海の住人」として断罪した。彼女の口調は冷徹だが、その裏には「なぜ、こんな簡単な化学が理解できないの?」という、パティシエールとしての純粋な疑問が隠されていた。リュカは、彼女の論理に、完全に打ちのめされた。彼のスランプの原因は、まさに、「王都の素材の限界」にあったのだ。
「参りました……! 私は王都で、素材の限界を『自分の技術の限界』だと勘違いしていた。まさか、辺境の地の公爵令嬢が、私よりも先に『純粋性の真理』に到達していたとは……!」
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