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第10章 氷と炎の舞踏会 ~私の技術(あかり)がこの国を照らすまで~
10-2 舞踏会前夜の爆発寸前
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そして迎えた、舞踏会当日の朝。
氷狼城の表舞台は、今夜の祝宴に向けた準備で蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
厨房からは朝早くから食欲をそそる香りが立ち上り、メイドたちは廊下の石材がすり減るのではないかという勢いで磨き上げ、衛兵たちは儀礼服の微かな皺ひとつ許さじと点検に余念がない。誰もが浮き足立ち、平和と勝利を祝う高揚感に包まれていた。
だが、そんな華やかな喧騒から隔絶された城の裏手、常に黒煙と蒸気を吐き出し続ける『鉄の区画』――帝国中央工房だけは、全く別の種類の熱気、いや、殺気に包まれていた。
「おい、そこのバルブ! まだ閉まらんのか! 第三燃焼室の圧力が臨界点を超えちまうぞ!」
「駄目です工房長! 熱で焼き付いてて、びくともしません! 冷却水が循環してねぇ!」
「ええい、貸せ! この役立たずが!」
怒号と金属音が飛び交う工房内。
私は今夜着る予定のドレスに仕込む発光ギミックの最終調整のためにここを訪れていたのだが、重厚な鉄扉をくぐり、一歩足を踏み入れた瞬間に悟った。
――あ、これ、相当ヤバいやつだ。
工房の中央に鎮座する、天井まで届くほどの巨大な円筒形の装置、『中央魔導炉』。
それは城全体の暖房システムと、今夜の舞踏会で使用する大量の照明魔導具へのエネルギー供給を一手に担う、いわばこの城の心臓部だ。
普段なら「ドゥン、ドゥン」という規則正しい重低音を響かせているはずのその巨体が、今は「キィィィン」という不気味な高周波を奏でながら、小刻みに振動している。まるで、苦しみに悶える巨大な生き物のようだ。
表面にびっしりと取り付けられた計器類――圧力計、魔力濃度計、温度計――の針は、どれもこれも危険域を示す赤色ゾーンに張り付き、太い真鍮製配管の継ぎ目からはシューシューと白い蒸気が悲鳴のように噴き出していた。
ムッとするような熱気と、焦げた機械油の臭い。そして何より、高濃度の魔力がショートした時に発生する、鼻の奥をツンと刺激するオゾン臭が充満している。
私は反射的に駆け出していた。
「な、何事ですか!?」
私が声をかけると、岩のような巨体を持つ男――ガンツ工房長が、脂汗と煤にまみれた顔を向けた。充血した目には焦燥の色が濃く滲んでいる。
彼は私を見ると、助けが来たという顔をするどころか、露骨に舌打ちをした。
「チッ、また来やがったか、お飾り顧問。見ての通りの緊急事態だ! 炉の出力制御が利かねぇ! 安全弁も作動しねぇ!」
「原因は!?」
「分かるかよ! いつも通りに魔石をくべたら、急に暴れだしやがったんだ! このままだと舞踏会どころか、城ごと氷漬け……いや、その前に爆発して消し炭だ!」
爆発。
その単語に、周囲の職人たちが顔を引きつらせ、逃げ腰になる。
ガンツは巨大なレンチを振るってバルブと格闘しているが、彼の極太の腕の筋肉が断裂しそうなほど力を込めても、バルブは錆びついたように動かない。
「おうよ! てめぇみたいな温室育ちの聖女様には関係ねぇ話だ! 火の粉が飛ぶ前に、とっとと城へ帰ってドレスでも選んでな! 邪魔だからすっこんでろ!」
ガンツの怒号が飛んでくる。
彼らにとって私は、皇子のコネでやってきて、好き勝手に城をいじくり回しているだけの「道楽貴族」に過ぎないのだ。
あー、もう! 見ちゃいられない!
私は目を細め、生まれつきの『魔力視』の感度を最大まで引き上げた。
すると、分厚い鉄の装甲の向こう側、炉の内部で渦巻く魔力の奔流が、鮮明な光のラインとなって視界に浮かび上がった。
そこで何が起きているのか、私には一目瞭然だった。
炉の物理的な故障ではない。
内部で絡まり合った魔力コードの不整合(バグ)が、まるで癌細胞のように増殖しているのだ。舞踏会のために急激に出力を上げたせいで、古い出力調整用の術式が処理落ちし、過負荷による熱暴走で無限ループを起こしている。
これはハードウェアの問題ではなく、ソフトウェアの崩壊だ。物理的にバルブを叩いても、水をかけても直るわけがない。
「どいてください! 私がやります!」
「あぁ!? 何言って……」
私はガンツの横合いから割り込み、体当たりするように彼を押しのけた。咄嗟に足の裏に『身体強化』の魔術を使っていたので、巨漢の彼も虚を突かれてよろめく。
「なっ、なんだこの馬鹿力……!?」
驚愕するガンツを尻目に、私は炉の制御盤の前に仁王立ちした。
ドレスの下見に来たはずが、気づけばいつもの薄汚れた作業用ツナギ姿で、腰には愛用の工具帯、手にはミスリル製自在スパナを握りしめている自分がいる。
やっぱり、煌びやかなドレスよりも、こっちの方が落ち着くわね。
「状況分析! 第三層、魔力循環パイプ閉塞! 術式コードの記述ミスによる演算処理のオーバーフローを確認! 物理的にバイパスを繋いで、余剰熱を強制排気します!」
私が早口で専門用語をまくし立てると、ガンツが目を白黒させた。
「は、はぁ!? 何言ってやがる! そんなことしたら高圧蒸気で焼け死ぬぞ! 正気か!?」
「死なせません! 私の計算を信じて!」
叫ぶと同時に、私は足元の床を蹴った。
熱風を切り裂き、炉の側面にある点検用のキャットウォークへと一気に飛び移る。
顔の皮が焼けそうなほどの熱気。普通の令嬢なら数秒で意識を失うレベルだ。
けれど、今の私には迷いなんてない。
だって、この炉が止まれば、どうなる?
城は凍りつき、楽しみにしていた料理は冷め、そして何より――ジークハルトの一世一代の晴れ舞台が、台無しになってしまう。
彼が苦労して準備し、私を迎え入れるために整えてくれた舞踏会を、暗闇の中で終わらせるわけにはいかない!
「いっくわよぉぉぉぉッ!!」
私はミスリルのスパナを高く振り上げ、炉の装甲板のわずかな隙間に切っ先を突き立てた。
術式を込めたスパナが、硬化された鉄をバターのように貫く。
「開け、ゴマッ!!」
ガキンッ! と甲高い音が響き渡り、分厚い装甲板がひしゃげて外れた。
瞬間、目も眩むような魔力の光が溢れ出し、私の視界を白く染める。
肌を焼くような魔力の波動。だが私は怯まず、その光の奔流の中に、耐熱手袋をした両手を突っ込んだ。
指先に触れるのは、実体を持たない情報の濁流。
私はそれを掴み、引きちぎり、結び直す。暴走する回路を、物理的な介入と魔力操作の同時並行で、脳内の仮想キーボードを叩くように直接書き換えていく。
「ここを切断、あっちを迂回……。第五セクターの演算処理をスキップ! 排熱は地下の温水ラインへ逃がす!」
脳味噌が焼けるような情報処理。
数千行の術式コードが脳内を駆け巡り、スパークする。
一瞬でも気を抜けば、精神ごと焼き切られて廃人になるかもしれない。
でも、不思議と怖くはない。
むしろ、このギリギリの綱渡りが、技術者としての私の魂を歓喜で震わせていた。これぞメンテナンス。これぞトラブルシューティング!
「いっけぇぇぇぇッ!!」
私は最後の仕上げとばかりに、スパナをレバー代わりにして、魔力の流れを強引にねじ曲げた。
ドォォォン!!
地響きのような音と共に、炉の上部から真っ白な蒸気の柱が噴き上がった。
職人たちが「ひいぃっ!」と悲鳴を上げて頭を抱える。
だが、それは破壊の爆発ではなかった。
工房内を暴れまわっていた殺人的な熱エネルギーが、まるで栓を抜いたように急速に吸い込まれ、地下の配管へとスムーズに流れていく音だった。
代わりに聞こえてきたのは、規則正しく脈打つ、安定した駆動音。
ドゥン、ドゥン、ドゥン……。
それはまるで、健康な心臓の鼓動のように力強く、頼もしいリズムだった。
「……ふぅ。出力安定。熱効率、一二〇パーセント向上。修理完了です」
私はキャットウォークの手すりに寄りかかり、額から滴る汗と煤を袖で乱暴に拭った。
煤だらけの顔で下を見下ろし、呆然としている男たちに向かってニカッと笑って親指を立てる。
工房内が、水を打ったように静まり返る。
ガンツ工房長は、あんぐりと口を開けてモニターの数値を見つめていた。
計器の針は、危険域から脱出し、今まで見たこともない高い数値でピタリと安定している。
彼は信じられないものを見る目で私を見上げ、やがてその場にへなへなと崩れ落ちるように膝をついた。
そのまま、硬い石床に頭を擦り付ける。
「す、すげぇ……。あんた、何者だ……? 魔法使いか? いや、あれはそんな生易しいもんじゃねぇ……」
「ただの魔導具オタクですよ。……あ、それと」
私はキャットウォークから軽やかに飛び降り、彼の前でニヤリと笑った。
この瞬間を待っていたのだ。
この頑固な職人たちを実力でねじ伏せ、認めさせ、私の手足となってくれる瞬間を。
「私のドレスの仕上げ、手伝ってくれますよね? 帝国の威信をかけた、最高の職人さんたち」
ガンツは顔を上げた。
その目には、先ほどまでの侮蔑や疑念の色は微塵もない。あるのは、圧倒的な技術への畏敬と、同じ道を志す者への強烈な親愛の情だけだった。
彼は煤けた顔をくしゃくしゃにして、涙目でニカッと笑った。
「おうよ! 姉御! いや、師匠! 一生ついていきやす! あんたの頼みなら、エンチャントだろうが何だろうが、魂込めてやってやらぁ!」
「「「ついていきます、師匠!!」」」
工房中に、野太い歓声が響き渡った。
男たちが拳を突き上げ、口々に私の名前を叫んでいる。
私はその熱気の中で、小さくガッツポーズをした。
こうして私は、今夜の舞踏会を成功させるための、最強にして最高の裏方チームを手に入れたのだった。
氷狼城の表舞台は、今夜の祝宴に向けた準備で蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
厨房からは朝早くから食欲をそそる香りが立ち上り、メイドたちは廊下の石材がすり減るのではないかという勢いで磨き上げ、衛兵たちは儀礼服の微かな皺ひとつ許さじと点検に余念がない。誰もが浮き足立ち、平和と勝利を祝う高揚感に包まれていた。
だが、そんな華やかな喧騒から隔絶された城の裏手、常に黒煙と蒸気を吐き出し続ける『鉄の区画』――帝国中央工房だけは、全く別の種類の熱気、いや、殺気に包まれていた。
「おい、そこのバルブ! まだ閉まらんのか! 第三燃焼室の圧力が臨界点を超えちまうぞ!」
「駄目です工房長! 熱で焼き付いてて、びくともしません! 冷却水が循環してねぇ!」
「ええい、貸せ! この役立たずが!」
怒号と金属音が飛び交う工房内。
私は今夜着る予定のドレスに仕込む発光ギミックの最終調整のためにここを訪れていたのだが、重厚な鉄扉をくぐり、一歩足を踏み入れた瞬間に悟った。
――あ、これ、相当ヤバいやつだ。
工房の中央に鎮座する、天井まで届くほどの巨大な円筒形の装置、『中央魔導炉』。
それは城全体の暖房システムと、今夜の舞踏会で使用する大量の照明魔導具へのエネルギー供給を一手に担う、いわばこの城の心臓部だ。
普段なら「ドゥン、ドゥン」という規則正しい重低音を響かせているはずのその巨体が、今は「キィィィン」という不気味な高周波を奏でながら、小刻みに振動している。まるで、苦しみに悶える巨大な生き物のようだ。
表面にびっしりと取り付けられた計器類――圧力計、魔力濃度計、温度計――の針は、どれもこれも危険域を示す赤色ゾーンに張り付き、太い真鍮製配管の継ぎ目からはシューシューと白い蒸気が悲鳴のように噴き出していた。
ムッとするような熱気と、焦げた機械油の臭い。そして何より、高濃度の魔力がショートした時に発生する、鼻の奥をツンと刺激するオゾン臭が充満している。
私は反射的に駆け出していた。
「な、何事ですか!?」
私が声をかけると、岩のような巨体を持つ男――ガンツ工房長が、脂汗と煤にまみれた顔を向けた。充血した目には焦燥の色が濃く滲んでいる。
彼は私を見ると、助けが来たという顔をするどころか、露骨に舌打ちをした。
「チッ、また来やがったか、お飾り顧問。見ての通りの緊急事態だ! 炉の出力制御が利かねぇ! 安全弁も作動しねぇ!」
「原因は!?」
「分かるかよ! いつも通りに魔石をくべたら、急に暴れだしやがったんだ! このままだと舞踏会どころか、城ごと氷漬け……いや、その前に爆発して消し炭だ!」
爆発。
その単語に、周囲の職人たちが顔を引きつらせ、逃げ腰になる。
ガンツは巨大なレンチを振るってバルブと格闘しているが、彼の極太の腕の筋肉が断裂しそうなほど力を込めても、バルブは錆びついたように動かない。
「おうよ! てめぇみたいな温室育ちの聖女様には関係ねぇ話だ! 火の粉が飛ぶ前に、とっとと城へ帰ってドレスでも選んでな! 邪魔だからすっこんでろ!」
ガンツの怒号が飛んでくる。
彼らにとって私は、皇子のコネでやってきて、好き勝手に城をいじくり回しているだけの「道楽貴族」に過ぎないのだ。
あー、もう! 見ちゃいられない!
私は目を細め、生まれつきの『魔力視』の感度を最大まで引き上げた。
すると、分厚い鉄の装甲の向こう側、炉の内部で渦巻く魔力の奔流が、鮮明な光のラインとなって視界に浮かび上がった。
そこで何が起きているのか、私には一目瞭然だった。
炉の物理的な故障ではない。
内部で絡まり合った魔力コードの不整合(バグ)が、まるで癌細胞のように増殖しているのだ。舞踏会のために急激に出力を上げたせいで、古い出力調整用の術式が処理落ちし、過負荷による熱暴走で無限ループを起こしている。
これはハードウェアの問題ではなく、ソフトウェアの崩壊だ。物理的にバルブを叩いても、水をかけても直るわけがない。
「どいてください! 私がやります!」
「あぁ!? 何言って……」
私はガンツの横合いから割り込み、体当たりするように彼を押しのけた。咄嗟に足の裏に『身体強化』の魔術を使っていたので、巨漢の彼も虚を突かれてよろめく。
「なっ、なんだこの馬鹿力……!?」
驚愕するガンツを尻目に、私は炉の制御盤の前に仁王立ちした。
ドレスの下見に来たはずが、気づけばいつもの薄汚れた作業用ツナギ姿で、腰には愛用の工具帯、手にはミスリル製自在スパナを握りしめている自分がいる。
やっぱり、煌びやかなドレスよりも、こっちの方が落ち着くわね。
「状況分析! 第三層、魔力循環パイプ閉塞! 術式コードの記述ミスによる演算処理のオーバーフローを確認! 物理的にバイパスを繋いで、余剰熱を強制排気します!」
私が早口で専門用語をまくし立てると、ガンツが目を白黒させた。
「は、はぁ!? 何言ってやがる! そんなことしたら高圧蒸気で焼け死ぬぞ! 正気か!?」
「死なせません! 私の計算を信じて!」
叫ぶと同時に、私は足元の床を蹴った。
熱風を切り裂き、炉の側面にある点検用のキャットウォークへと一気に飛び移る。
顔の皮が焼けそうなほどの熱気。普通の令嬢なら数秒で意識を失うレベルだ。
けれど、今の私には迷いなんてない。
だって、この炉が止まれば、どうなる?
城は凍りつき、楽しみにしていた料理は冷め、そして何より――ジークハルトの一世一代の晴れ舞台が、台無しになってしまう。
彼が苦労して準備し、私を迎え入れるために整えてくれた舞踏会を、暗闇の中で終わらせるわけにはいかない!
「いっくわよぉぉぉぉッ!!」
私はミスリルのスパナを高く振り上げ、炉の装甲板のわずかな隙間に切っ先を突き立てた。
術式を込めたスパナが、硬化された鉄をバターのように貫く。
「開け、ゴマッ!!」
ガキンッ! と甲高い音が響き渡り、分厚い装甲板がひしゃげて外れた。
瞬間、目も眩むような魔力の光が溢れ出し、私の視界を白く染める。
肌を焼くような魔力の波動。だが私は怯まず、その光の奔流の中に、耐熱手袋をした両手を突っ込んだ。
指先に触れるのは、実体を持たない情報の濁流。
私はそれを掴み、引きちぎり、結び直す。暴走する回路を、物理的な介入と魔力操作の同時並行で、脳内の仮想キーボードを叩くように直接書き換えていく。
「ここを切断、あっちを迂回……。第五セクターの演算処理をスキップ! 排熱は地下の温水ラインへ逃がす!」
脳味噌が焼けるような情報処理。
数千行の術式コードが脳内を駆け巡り、スパークする。
一瞬でも気を抜けば、精神ごと焼き切られて廃人になるかもしれない。
でも、不思議と怖くはない。
むしろ、このギリギリの綱渡りが、技術者としての私の魂を歓喜で震わせていた。これぞメンテナンス。これぞトラブルシューティング!
「いっけぇぇぇぇッ!!」
私は最後の仕上げとばかりに、スパナをレバー代わりにして、魔力の流れを強引にねじ曲げた。
ドォォォン!!
地響きのような音と共に、炉の上部から真っ白な蒸気の柱が噴き上がった。
職人たちが「ひいぃっ!」と悲鳴を上げて頭を抱える。
だが、それは破壊の爆発ではなかった。
工房内を暴れまわっていた殺人的な熱エネルギーが、まるで栓を抜いたように急速に吸い込まれ、地下の配管へとスムーズに流れていく音だった。
代わりに聞こえてきたのは、規則正しく脈打つ、安定した駆動音。
ドゥン、ドゥン、ドゥン……。
それはまるで、健康な心臓の鼓動のように力強く、頼もしいリズムだった。
「……ふぅ。出力安定。熱効率、一二〇パーセント向上。修理完了です」
私はキャットウォークの手すりに寄りかかり、額から滴る汗と煤を袖で乱暴に拭った。
煤だらけの顔で下を見下ろし、呆然としている男たちに向かってニカッと笑って親指を立てる。
工房内が、水を打ったように静まり返る。
ガンツ工房長は、あんぐりと口を開けてモニターの数値を見つめていた。
計器の針は、危険域から脱出し、今まで見たこともない高い数値でピタリと安定している。
彼は信じられないものを見る目で私を見上げ、やがてその場にへなへなと崩れ落ちるように膝をついた。
そのまま、硬い石床に頭を擦り付ける。
「す、すげぇ……。あんた、何者だ……? 魔法使いか? いや、あれはそんな生易しいもんじゃねぇ……」
「ただの魔導具オタクですよ。……あ、それと」
私はキャットウォークから軽やかに飛び降り、彼の前でニヤリと笑った。
この瞬間を待っていたのだ。
この頑固な職人たちを実力でねじ伏せ、認めさせ、私の手足となってくれる瞬間を。
「私のドレスの仕上げ、手伝ってくれますよね? 帝国の威信をかけた、最高の職人さんたち」
ガンツは顔を上げた。
その目には、先ほどまでの侮蔑や疑念の色は微塵もない。あるのは、圧倒的な技術への畏敬と、同じ道を志す者への強烈な親愛の情だけだった。
彼は煤けた顔をくしゃくしゃにして、涙目でニカッと笑った。
「おうよ! 姉御! いや、師匠! 一生ついていきやす! あんたの頼みなら、エンチャントだろうが何だろうが、魂込めてやってやらぁ!」
「「「ついていきます、師匠!!」」」
工房中に、野太い歓声が響き渡った。
男たちが拳を突き上げ、口々に私の名前を叫んでいる。
私はその熱気の中で、小さくガッツポーズをした。
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