39 / 44
三章
2.疑い
しおりを挟む
ダルムアイン領のスタンピードによる爪痕は深く、ローゼンダール王国からの支援は十分ではないと、市民達の不満は募っていた。
また、ダルムアイン領の市民は魔獣の制圧方法についてもローゼンダール王国軍と度々衝突した。王国軍は瘴気に塗れた魔獣の隠れ家になった教会ごと焼き払う作戦を提案したからだ。
その教会は、彼らの「神」が住まうとされる山すその湖に面した歴史ある教会であったため、信仰心の厚い現地の市民からの理解は得られなかった。
騎士団は不穏な気配を十分察知していたはずだが、市民側に寝返ったダルムアイン領主にエメルソン達は捕えられてしまった。
交戦した際に、怪我も負ったらしい。その後、間諜も完全に動きを見失った。
その知らせがもたらされて以降、宮殿では軍義が開かれ、議論百出……。王城に灯された明かりが消える事はなかった。
アナベルはエメルソンの無事を祈ることしか出来ないことが歯痒かった。作戦が開始したとして、実際の戦闘にどの様に加わっていいかも想像がつかないアナベルは、置いて行かれるかもしれない。
(過去の作戦を知る事が出来れば、経験不足を多少補えるかもしれない)
オーディスに明日確認してみようと思いながら、アナベルは眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、王都に残っている兵士は騎士団本部に全員集められた。
円卓の中央に座ったギルフォードは、厳しい表情のまま口を開く。
「まだ決定していないが、出征することになるだろう。準備を始めてくれ」
「はっ!」
全員が敬礼とともに返事をしたとき、後方の扉が開き、カツカツと怒りに満ちた靴音が響いた。
「ギルフォード!」
それはほぼ、叫び声だった。エリザベートの金切り声が響く。
「何故、エメルソンを行かせたのです?!」
「軍議でエメルソンが適任だと判断されました。エメルソンは交渉役でもありました」
「軍議などと笑わせる。地方の領主たちの顔色ばかり伺って!あなたは、何の策もなく弟を死地に追いやった!」
「何の策も講じなかった訳ではありませんが、そう思われても仕方ない、失策でした」
ギルフォードはしかし、と続けようとしたが、エリザベートはギルフォードの胸に飛び込んで、服を乱暴に掴みめちゃくちゃに暴れる。
「あなたの目的は何です?皇帝になるために邪魔な弟を合理的に消すことではないのですか?!」
「……馬鹿な!ご乱心召されるな!」
尚も暴れるエリザベートを、兵士たちはただオロオロと見ているしかなかった。
「これからまた軍議がありますので、私は行きます。アナベル!母上を後宮まで送ってくれ」
ギルフォードはエリザベートを引き剥がし、そばに控えていたアナベルに押し付けた。
「か、かしこまりました!」
アナベルは、まだ暴れるエリザベートを羽交締めにし、なんとか押さえつけた。
エリザベートは驚く事に、召使を連れていなかった。きっと息子であるエメルソンを心配して、一心不乱にやって来たのかと思うと、暴れられて膝で腹を突かれても、文句を言う気にはなれなかった。
「エリザベート様、後宮までお送りします」
アナベルは無理やりエリザベートを連れ出した。
エリザベートは騎士団本部から遠ざかるほどに、正気を取り戻していった。
「教会に寄って頂戴」
「え…?は、はい!」
ローゼンダール国教会の本部は別にあるらしく、城の敷地内にある教会はとても小さい。
エリザベートは教会に入ってすぐに、主祭壇の前で跪いて祈りを捧げた。洗礼を受けていないアナベルは内陣まで入るのは憚られたので、少し離れたところで立ったまま祈った。
エリザベートの華奢な背中を見ながら、アナベルは母の事を思い出していた。多分、アナベルが同じ目にあったら、母も心配するだろうし、気が動転するかもしれない。母の愛を知っているアナベルはそう考えた。
しかしそれなら何故、ギルフォードには辛く当たるのだろうか?ギルフォードが弟を消す、などと何故そんなことを思うのだろう。本当に、エリザベートはエメルソンを王太子にしようとしているのだろうか?
アナベルが考え込んでいる間に、エリザベートは立ち上がっていた。出口の近くにいたアナベルのところまで、ゆっくり歩いて来る。
「ギルフォードを頼みます」
アナベルをちら、とも見ずに、エリザベートはアナベルの隣を通り抜けた。
アナベルは驚いた。
(エメルソン殿下ではなく、ギルフォード殿下を?)
アナベルがそう聞こうとした時、探しに来た召使達が、エリザベートを連れて行ってしまった。
また、ダルムアイン領の市民は魔獣の制圧方法についてもローゼンダール王国軍と度々衝突した。王国軍は瘴気に塗れた魔獣の隠れ家になった教会ごと焼き払う作戦を提案したからだ。
その教会は、彼らの「神」が住まうとされる山すその湖に面した歴史ある教会であったため、信仰心の厚い現地の市民からの理解は得られなかった。
騎士団は不穏な気配を十分察知していたはずだが、市民側に寝返ったダルムアイン領主にエメルソン達は捕えられてしまった。
交戦した際に、怪我も負ったらしい。その後、間諜も完全に動きを見失った。
その知らせがもたらされて以降、宮殿では軍義が開かれ、議論百出……。王城に灯された明かりが消える事はなかった。
アナベルはエメルソンの無事を祈ることしか出来ないことが歯痒かった。作戦が開始したとして、実際の戦闘にどの様に加わっていいかも想像がつかないアナベルは、置いて行かれるかもしれない。
(過去の作戦を知る事が出来れば、経験不足を多少補えるかもしれない)
オーディスに明日確認してみようと思いながら、アナベルは眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、王都に残っている兵士は騎士団本部に全員集められた。
円卓の中央に座ったギルフォードは、厳しい表情のまま口を開く。
「まだ決定していないが、出征することになるだろう。準備を始めてくれ」
「はっ!」
全員が敬礼とともに返事をしたとき、後方の扉が開き、カツカツと怒りに満ちた靴音が響いた。
「ギルフォード!」
それはほぼ、叫び声だった。エリザベートの金切り声が響く。
「何故、エメルソンを行かせたのです?!」
「軍議でエメルソンが適任だと判断されました。エメルソンは交渉役でもありました」
「軍議などと笑わせる。地方の領主たちの顔色ばかり伺って!あなたは、何の策もなく弟を死地に追いやった!」
「何の策も講じなかった訳ではありませんが、そう思われても仕方ない、失策でした」
ギルフォードはしかし、と続けようとしたが、エリザベートはギルフォードの胸に飛び込んで、服を乱暴に掴みめちゃくちゃに暴れる。
「あなたの目的は何です?皇帝になるために邪魔な弟を合理的に消すことではないのですか?!」
「……馬鹿な!ご乱心召されるな!」
尚も暴れるエリザベートを、兵士たちはただオロオロと見ているしかなかった。
「これからまた軍議がありますので、私は行きます。アナベル!母上を後宮まで送ってくれ」
ギルフォードはエリザベートを引き剥がし、そばに控えていたアナベルに押し付けた。
「か、かしこまりました!」
アナベルは、まだ暴れるエリザベートを羽交締めにし、なんとか押さえつけた。
エリザベートは驚く事に、召使を連れていなかった。きっと息子であるエメルソンを心配して、一心不乱にやって来たのかと思うと、暴れられて膝で腹を突かれても、文句を言う気にはなれなかった。
「エリザベート様、後宮までお送りします」
アナベルは無理やりエリザベートを連れ出した。
エリザベートは騎士団本部から遠ざかるほどに、正気を取り戻していった。
「教会に寄って頂戴」
「え…?は、はい!」
ローゼンダール国教会の本部は別にあるらしく、城の敷地内にある教会はとても小さい。
エリザベートは教会に入ってすぐに、主祭壇の前で跪いて祈りを捧げた。洗礼を受けていないアナベルは内陣まで入るのは憚られたので、少し離れたところで立ったまま祈った。
エリザベートの華奢な背中を見ながら、アナベルは母の事を思い出していた。多分、アナベルが同じ目にあったら、母も心配するだろうし、気が動転するかもしれない。母の愛を知っているアナベルはそう考えた。
しかしそれなら何故、ギルフォードには辛く当たるのだろうか?ギルフォードが弟を消す、などと何故そんなことを思うのだろう。本当に、エリザベートはエメルソンを王太子にしようとしているのだろうか?
アナベルが考え込んでいる間に、エリザベートは立ち上がっていた。出口の近くにいたアナベルのところまで、ゆっくり歩いて来る。
「ギルフォードを頼みます」
アナベルをちら、とも見ずに、エリザベートはアナベルの隣を通り抜けた。
アナベルは驚いた。
(エメルソン殿下ではなく、ギルフォード殿下を?)
アナベルがそう聞こうとした時、探しに来た召使達が、エリザベートを連れて行ってしまった。
16
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる