56億7千万年

シキ

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3話

びっくりすると催すもの

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その瞬間、背後でじゃり、と地を踏みしめる音がする。
弥勒はそれに気づくことなく、はぁあああ、と再び大きくため息を吐いた。


「ーー人の墓前でため息たァ、失礼ってもんだぜ」
「あ、すいませ…ん?」


弥勒は固まった。
それはもう、カチコチと音がなりそうなほどキレイに固まった。
自分以外に人の気配がないこの地で、いきなり声をかけられたのだから無理もない。加えて場所が墓前だ。これが夜だったら情けなく悲鳴を上げてうずくまっていたことだろう。いや、もしかしたら発狂して奇行を繰り広げたかもしれない。
弥勒はオカルトがめっぽう苦手であった。物理でどうにもできないからである。

また、これまでの経緯が現実離れしているため、とっさに対応できなかったのだ。いくら脳天気な弥勒であれども、気を抜いているときに突然声を掛けられれば驚いてしまう。


「手荷物ひとつもねえなんて、珍しいこともあるもんだ。ここは手ぶらで来るような場所じゃねえはずなんだがな。」
「そうですねー…」


ここが本当に高野山の奥之院であるならば、たしかに手ぶらでは来ないだろう。せめて財布を持つくらいはする。弥勒の手持ちは、ポケットに突っ込まれたハンカチだけであった。流石にトイレに財布は持っていかない。


「ボウズ、手前ぇどうやってこの場所に来た?ここは関係者以外立ち入ることができなくなってんだ。事と次第に寄っちゃあ、手荒なことになるかもな。」


物騒なことを言われても弥勒は動じない。なんなら振り返るタイミングを見失って少し気まずくなってしまっていた。


「どう…って言われてもなぁ…。」


弥勒は困った。本当に、困ってしまった。振り返るタイミングもだが、自分の状況を説明しようにも、バカ正直に話したところでふざけていると一蹴される未来しか見えない。あの珍妙なオブジェを見せれば半信半疑ながらも信じてくれる可能性は、おそらく1%にも満たないだろうが、しかし嘘をついたところでそれが通じるとも思えない。なんせ来たことのない場所なのだから。
加えて一文無しだ。ないとは思うが、万が一背後の人物がカツアゲしてきたら差し出すものは使用済みのハンカチのみである。衣服という名のモラルは流石に差し出せない。こんなところで脱いだら罰が当たるだろう。

そして、弥勒は更に困ることとなった。
もはや、考える暇はないだろう。弥勒は1つ頷いて、決意を固める。


「ーーすんません、トイレ…どこですか…?」
「……は?」


汗が引いて、急に涼しい場所へ来たからかお腹が冷え、また、急に人から声を掛けられた驚きで腹痛がぶり返したのだ。おしめ生活から脱却して、早10数年経った人間としての尊厳の維持のため、弥勒は精一杯深刻な顔をして、背後に振り返り、そう言ったのだった。
脳裏に友人たちの呆れた顔が過ぎったが、弥勒は気にする余裕がなかった。

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