56億7千万年

シキ

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5話

続々

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何だ、この人ほんとに何も知らねーじゃん。弥勒はそう思った。

小十郎は見張りも兼ねているのだろう。弥勒と絶妙な距離を取って座っているし、いつでも立ち上がれるような足の位置をしている、と思う。前にテレビの雑学特集で見たから間違ってはいないはずだ。和装だから何処かになにか隠し持っててもおかしくないし、というか包丁…にしては鋭利すぎる刃物持ってるし。
弥勒はため息を吐いた。


「お力になれず申し訳ない」
「え、あぁ、大丈夫っす」


確かにいい人なんだろうが、何処か観察してるような目を向ける小十郎。きっと無意識だろうけれど、そんな目をするなら帰してほしいと弥勒は内心呟いた。まあ、会話の節々から察するに小十郎は政宗サマに使える立場なのだろう。職業病みたいなものか。政宗が本物の伊達政宗か否かは考えない。どうせ後で全部話されるはずだ、後からわかることに頭を悩ませるのは時間のムダでしか無い。

そんなことを思っているが、その実、腹減りすぎて考えることでカロリーを消費したくないのが弥勒の本音だった。

よくよく思い返せば、弥勒は昼食を取っていなかった。今日は一学期の終業式で11半には終わったし、駄菓子屋でアイス食って腹下しただけ。下した結果トイレのドアがオブジェになって、高野山の奥之院に来てしまった。アドレナリンかなにかは知らないが、いきなり見知らぬ場所に来て空腹なんか覚えられるほどの精神的余裕はなかった。現在は一旦寝てリセットされたからか、空腹が今更のようにやって来ているが。どうせなら寝て今日のはじめからやり直したいところである。絶対にトイレ行かねーから。


すると、何処からか近づいてくる足音が聞こえ始めた。どうやら、待ち人がやっと御出になるらしい。小十郎はスススとふすまへ寄る。


「ーー待ちくたびれましたよ、政宗サマ」
「ああ、待たせたなーー弥勒殿?」


スパンッと開け放たれた障子、入り込む月光。
苛烈なまでの視線が弥勒を貫こうとした。それを無視しながら、少しの苛立ちを視線の持ち主へ向ける。


「おかえりなさいませ、政宗様」
「ああ、遅くなって悪い。…大人しくしてたようで何よりだな。手前にはできるだけ手荒いことはしたく無いんでね」
「まーそりゃ、目覚めてそうそう厳つい男が刃物持ってりゃあ、びっくりして暴れることなんかできませんよ。…腹も痛かったし!腹も痛かったし!!」


腹が痛かったことをあえて二度言った弥勒。腹を殴られたことを根に持っているようだった。しかしそんな遠回しの訴えを、政宗はスルーして小十郎に視線を向ける。


「へー…小十郎」
「弥勒殿は大変驚いた後、掛け布団を投げて飛び退きました。いやはや、あの反応速度には感服しますよ」
「ほう、たしかに暴れて無いみてーだな」


なんやこの以心伝心、熟年夫婦?ごく当たり前のようにかわされた意思疎通に弥勒は戦慄する。一瞬小十郎が良妻に見えた。
面白そうな色をにじませながらニヤリと笑う政宗に、イケメンってやっぱりずるくね?と思いながら、弥勒は同じような笑みを向けた。



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