私の彼は、何だか怪しい

てめえ

文字の大きさ
3 / 20

第3話 独りでは抱えられない

しおりを挟む
 昨日は、10時くらいまで飲んで、帰った。

 慎也に連日の深酒をさせたくなかったからだ。



 それと、三沢の、

「それで、昨日は早く帰ったのか……」

と言う発言が、耳にこびりついていたからでもある。



 日曜の昼前だと言うのに、私にはやることがなかった。

 いや、何もやる気持ちになれなかったのだ。

 溜まっている洗濯物もあるが、私の身体を動かすにはいたらなかった。

 身体を支配するネガティブな気持ちが、ベットから起き上がる気力さえも奪っていた。






 慎也と渋谷で別れてから、私は何度も考えていた。

「慎也が隠している何か」

を……。



 慎也の言っていたことを信じるのなら、年長者と飲んでいたのは間違いがなさそうだ。

 年長者……、と言っても、男性の可能性もあれば、女性の可能性もある。

 よく考えてみれば、私も、仕事関係以外の年長者の女性……、なのだし。



 自分に置き換えて考えてみると、年長者と飲むシュチエーションと言うのはそれほど多くないことに気がつく。

 私なら、両親や親戚と法事で飲むくらいか……。

 それ以外だと仕事の関係しかあり得ない。



 私が慎也に不信感を抱いたのには、もう一つ理由がある。

 それは、慎也のメールが、金曜の夜には途絶えたからだ。



 彼は、一日に7、8通のメールを必ずしてくる。

 それは、かなり定期的だ。

 起床時、通勤中、昼食時、退社時、退勤中、帰宅時、就寝時、で、その他に一通くらいイレギュラーなメールが混ざる。



 しかし、金曜日には、退社時から後のメールが途絶えたのだ。

 もし、退社後に会社の人と飲みに行くようなことがあれば、必ずそれについてはメールに報告が載っていたりもするが、金曜日にはそれもなかった。



 当時は、

「明日逢うから、今日はメールが少なめなのかな?」

などと、あまり気にしていなかったが、不信を覚えた今になると、俄然、怪しく感じてきてしまう。






 今日も、すでに起床時のメールが来ている。



「おはようございます。

 昨日は僕が粗相をしてしまいましたけど、楽しかったですね。

 次は、いつにしましょうか?」

と……。



 私は、

「おはよう。

 慎也君の予定に合わせます」

と、内容はいつもと同じように返信した。

 ただ、いつもと違って、何度も逡巡を繰り返し、着信から一時間以上経ってから返信したのだった。



 今日は日曜日だから出勤はしていないだろうが、そろそろ次のメールが来る頃だ。

 どんな返信をしたら良いか分らず、少し、メールが来るのが怖い。






「プルッ、プルッ……、プルッ、プルッ……」

来たのは、メールではなく、通話の着信だった。

 あまり気乗りはしないものの、枕元のスマホを手にする。



 案に相違して、着信は、美香からであった。

 美香から電話が来ることは少なくないが、休みの日に……、と言うのはかなり珍しい。



「はい……」

「何? いつもみたいに陰気な声を出して」

「失礼ね。まるで私がいつも根暗みたいじゃない」

「あはっ、自覚がないの? って、慎也君と付き合い出したから、少しは変わったかと思って電話したのよ」

付き合いが長いとはいえ、美香が他人を傍若無人に批評するのには、少々頭に来る。

 特に、今は慎也のことには触れられたくないから、尚更だ。



「……で、何の用? 日曜の午前中に起きていることなんかない美香が……」

「今日は、午後から出掛けるのよ。新しい彼とね」

「……、……」

「だから、午前中から忙しいのよ」

「……で、その忙しくてルンルンな美香さんが、私に何の用があるの?」

「千秋が、慎也君と旨くやってるかな? って思ってね」

「……、……」

「私が橋渡ししたのだから、心配にもなるってものでしょう?」

「……、……」

確かに、慎也との関係は、美香に橋渡しをしてもらった。

 合コンも、お節介なことだと思っていた私を、企画をし、幹事を引き受け、強引に連れ出してくれた。

 私のメールアドレスを慎也に教えてくれたのも美香だ。

 それに、一計を案じ、慎也が焼鳥屋で告白するようにし向けたのも……。



 美香は本当に口が悪く、お節介なところがあるが、私のことを誰よりも心配してくれている。

 その気持ちだけは、学生時代から変わってはいない。



 美香と電話をしながら、私は一つ思うことがあった。

「もしかして、美香なら、慎也の隠していることについて、アドバイスをしてくれるかも」

と……。

 確か、美香は年下の男性と付き合った経験もあるはずだ。

 慎也と私を知っている、数少ない一人でもあるし……。



「ちょ、ちょっと……。千秋、聞いてる?」

「う、うん……」

「ああ、また何か考え事をしながら人の話を聞いていたでしょ?」

「……、……」

「千秋って、いつもそうだよね。突然、自分の殻の中に入り込んじゃう。……で、そう言うときは決まって反応がなくなるんだから」

「そ、そんなことは……」

「じゃあ、私が何を言っていたか聞いていた?」

「……、……」

「ほら……」

「……、……」

「仕方がない、もう一度聞くわよ。告白されてから、デートくらいしたの? お世話になったんだから、それくらいは報告しなさいね。大体、合コンのとき、千秋の前に慎也君を座らせたのは、誰だと思ってるの?」

「あら、それも、もしかして美香が?」

「あのね……。気がついてなかったの? まあ、千秋らしいっちゃ、らしいけど……」

「ごめん、感謝してる……。かなり深くね」

美香の話は、何となく私の思惑の方に向いてきている。



 露骨に、

「慎也が隠し事をしていると思うけど、何だと思う?」

と、聞くのは何となくはばかられたので、遅刻の件をそれとなく話し、美香の反応をみようと心の中で決めた。






「何っ? やけに遅刻の件に拘るのね」

「だって、私、三時間も待ったのよ」

「そんなのよくある話よ。別に、大したことじゃないわ」

「……、……」

「千秋だって楽しかったんでしょう? 映画はともかく、動物園やプラネタリウムは」

「それはそうだけど」

「本人も反省して謝ってなかった?」

「何度も謝ってた……」

「じゃあ、何の問題もないじゃない」

「……、……」

美香には、なかなか私の真意が伝わらなかった。

 私だって、遅刻自体は、最初から問題にしていない。

 私が知りたいのは、あくまでも、慎也が何を隠しているのか……、だ。



「じゃあ、美香……。もし、美香の新しい彼が、前日に徹夜で飲んでいてデートに遅刻をしたら、あなたは何も思わないの?」

焦れた私は、限りなく核心に近い疑問をぶつけてみる。



「んっ? ……、……。まあ、それは何も思わないことはないけど」

「でしょう!」

「千秋と慎也君は付き合いが短いから、お互いのことが気になるのは分るし……」

「……、……」

ちょっと……。

 美香の新しい彼が……、って言ってるでしょう?

 でも、話がだいぶ近い線に入ってきた。



「ああ、なるほど……。千秋の言いたいことが分ったわ」

「……、……」

「つまり、遅刻がどうのと言うよりは、慎也君が前日に誰と飲んでいたかを気にしているのね?」

「……、……」

「あはっ、千秋も彼氏が出来たら変わったわね」

「……、……」

「まあ、良いでしょ。答えを教えてあげましょう、迷える純真な乙女に……」

「お、乙女?」

おおっ、さすが美香だ。

 ただ悪態をつくだけでなく、肝心のところをフォローしている。

 最後の純真な乙女ってのは、何だか分らないけど……。



 そう、正しくそうなのだ。

 きっとそれさえ分れば、慎也に対する疑惑も晴れるのだ。



「結論から言うわね」

「うん……」

「心配はいらないわ」

「それ、本当?」

「当然でしょ、私が慎也君を見つけてきたのよ。誠実で、真面目で、優しくて、イケメンの彼を。私が年上好きじゃなきゃ、絶対、千秋になんか紹介しないわよ」

「……、……」

そ、そんなことは言われなくても分っている。

 ん? 何か、ちょっと問題のある発言もあったような……。



「そんな慎也君が、デートの前日に女性と飲んでいると思う? 大体、つい二週間前よ。彼が、千秋を好きだから何とかして欲しいって、私に泣きついてきたのは」

「……、……」

「大丈夫よ……。慎也君は、二股もかけなければ、浮気もしない。今のところ、千秋一筋よ」

「そうかな……」

美香の言うことには、説得力があった。

 状況的にも言っていることは正しいと思う。



 しかし、私は釈然としなかった。

 だったら、何故、慎也は誰と飲んでいたかを隠していたのだろう?

 誠実で真面目な彼が……。

 メールが途絶えた理由だって分らない。



「それからね、千秋は気がついていないみたいだけど、飲んでいた相手は男性よ」

「えっ、どうして分るの?」

「そんなことも分らないの?」

「……、……」

「慎也君は言っていたんでしょう? 最後は日高屋で飲んだ、と。千秋、早朝の日高屋で、女性が飲み直したりすると思う?」

なるほど……。

 確かに、ラーメン屋で、男女二人が飲み直すとも思えない。

 私が同じ状況でも、せいぜいファミレスでモーニングセットを食べる程度だ。



「やってることからすると、多分、学生時代の先輩とかじゃないかな。千秋と違って、慎也君はまだ学生生活と離れてから、あまり時間が経ってないのよ」

「……、……」

美香は、話を一区切りすると、私をからかうように笑った。






 さすがに美香だと思うし、日高屋の件などは、一般的にはそうだろう。

 しかし、それでも、私の疑惑は何も晴れてはいなかった。

 私に詳細を隠したことや、メールの件などは、美香の説明では解明されたとは思えないし、少なくとも私は納得できなかった。



 大体、慎也は北海道の出身で、就職のためにこちらに出てきたのだ。

 学生時代の友人が、おいそれと東京近辺にいるわけもない。



 それに、私は、美香から話を聞けば聞くほど疑心暗鬼になった。

 美香の話は、すべて慎也が本当のことを言っていることが前提になっている。

 慎也がウソをついていると確信しているわけではないが、疑惑が晴れない焦りからか、私は何を信じて良いのか分らなくなっていた。



 ただ、これ以上美香に話してみても、新しい発見があるとも思えない。

 だから、美香には感謝の言葉を述べて、一応、納得したようなふりをしておいた。






 美香は、私が一通り慎也との仲について説明したあとも、通話を切ろうとしなかった。

 やれ、次のデートでは遠くに行くべきだ……、とか、焼き鳥屋ばかりじゃなく、もっと色々行った方が良い……、とかと言い、やたらと通話を引き延ばすのだ。

 このまま放っておくと、

「キスくらいした?」

などと、余計なことまで聞いてきかねない。



 時刻はすでに11時を過ぎている。

 午後から出掛けるのなら、ゆっくり無駄話をしている時間はないはずだ。



「美香……、もうすぐお昼よ。私と話していて良いの?」

たまりかねた私は、美香の話の腰を折り、尋ねた。

 もう、一時間半は話をしている。



「うん……、そうなんだけど」

「……、……」

「実は、千秋に聞いてもらいたいことがあって……」

「聞いてもらいたいこと?」

美香は、急に弱々しい声を出した。

 ……と言うか、こんなに弱々しい声の美香は初めてだ。



「あの……、実はね」

「実は?」

「その……、新しい彼は、私より5歳年上の、フィナンシャルプランナーなの」

「それで?」

「その、新しい投資話があるから、少し出資しないかって言うの」

「……、……」

「絶対に儲かるって彼は言うし、今、太陽光発電とかって随分話題になっているでしょう?」

「太陽光発電なの? 投資話って」

「うん……」

「それで、彼には何て答えたの?」

「私はそういうのあまり詳しくないから、考えさせて……、って」

「そう……」

「でも、私がいくら考えても、分るわけがないじゃない?」

「……、……」

「だから、千秋に相談しようと思って……」

「……、……」

「千秋、そういうのに詳しいじゃない。だから、相談すれば、何か分るかなって……」

「どうして、そんな用があるのなら、早く言わないの!」

「だって、千秋があまりにも慎也君とのことを悩んでるみたいだったから……」

「美香……」

美香の歯切れは悪かった。

 まるで、悪いことでも見つかった童女のように甘えた声を出している。



 私も別に、それほど投資話などに詳しいわけではない。

 しかし、美香は、そう言う方面にはまるで知識も興味もない。

 多分、彼の頼みだから無碍には断れないが、美香なりに何か感じるところがあるのだろう。



「もしかして、今日、午後から出掛けるって、その話なの?」

「うん……。彼が、資料とかを持って来て、説明してくれるんだって」

「彼は一人で来るの?」

「ううん……。投資先の人と一緒だそうよ」

私は、直感的に危ないと思った。

 美香の彼がどんな人かは知らないけど、話が性急過ぎる。

 本人に資料を渡したり、投資の詳しい話をする前に、投資先の企業関係者が出てくるなんて、異常ではないか。



 まるで、今日説得して、明日には判子を押させかねない勢いに感じる。

 そんな無茶な話で、本当に儲かるのだろうか?



「美香、良く聞くのよ」

「……、……」

「一人で会いに行ってはダメよ」

「……、……」

「私が行ってあげるから、待ち合わせ場所が何処か言いなさい」

「千秋……」

美香の声は震えている。

 きっと、泣いているのだろう。



 可哀想に、泣くほど悩んでいたなんて……。

 でも、もう怯えなくてもいいわ。

 私が行ってあげるからね。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

Y(ワイ)
ファンタジー
尋問を生業にする侯爵家に婿入りしたのは、恋愛戦略に敗れた腹黒王子。 白い結婚から始まる、腹黒VS腹黒の執着恋愛コメディ(シリアス有り)です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

処理中です...