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閑話 其々の思惑

聖女 五十嵐怜香①

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━side━五十嵐怜香

 私、五十嵐怜香は下校途中に光に包まれた。
 そして、覚醒と共に目の前に現れた人々、そして隣には見たことの無い女性。

 状況を読めずに唖然としていると私の目の前に見惚れてしまうほどに美しい金髪の男性が近付いてくる。
 そして、私の手を握り。
「此方へどうぞ聖女様」
 と、軽やかに隣の部屋へとエスコートされた。

「あの隣の女性は?」
「あれは、失敗作・・・でございます。 聖女様が気にするほどの事ではないですよ」

 失敗作ねぇ。
 私は歓喜した。 目の前にいる男は、私と同じ種類の人間であることに。
 私は、小さい頃から父からずっと教えられてきた。
『我々は、完成された人間だ』と。
 つまり、権力を持たないもの達は『失敗作』だと。

「さっきから、私の事を聖女様って呼んでるのは何故かしら?」
「これは、説明が遅れました。
 私は、フェビカ王国が第一王子のクリシュナイダー・デル・フェビカと申します」

 クリシュナイダーは、右手を左胸に添え優雅に礼をこなす。 
 へぇ、王子ですか……。
「私は、五十嵐怜香ですわ」
 私は、制服のスカートの端を摘まみカーテシーを披露する。 クリシュナイダーは、歩きながら聖女の説明を私にしてくれた。

 要は、魔獣の森と呼ばれる場所を五年に一度、封印すれば良いと言うこと。
 そして、その封印方法はただ祈るだけ。
 実に簡単な内容だった。

 私は不安そうな表情をクリシュナイダーに見せた。
「大丈夫です。 我々がついておりますよ聖女怜香様」
 頬を赤く染めたクリシュナイダーが、私を軽く抱き寄せそう断言する。

「クリシュナイダー様、ありがとうございます……」
 小刻みに震える私をギュッと抱くクリシュナイダー。
 私に、不安などない。
 大変だったわよ。 あまりにも、クリシュナイダーが単純過ぎて笑いを堪えるのが……。

 怜香は、戸惑いも無くこの世界で生きていくことを決めた。
 だって、この世界の主人公は私なんだから。

 ━━━この世界にあの憎たらしい相沢美咲は存在しないのだから!!



 §§§§§§



 私、五十嵐怜香と相沢美咲との出会いは中学二年の頃だった。
 それまで、接点がなく初めてクラスが一緒になった。

 これまでの私は常にクラスの中心であり、当たり前の事。 そう、息をする事と同意義だった筈……。

 だが、今回は、相沢美咲がいたのだ。
 小柄で成績優秀、運動神経も抜群、更にはその素行の良さから上級生、下級生からの信頼も厚い。

 美咲と怜香は、小中高一貫の有名私立の学校に通っていた。
 今まで美咲の存在を知らなかったのは、怜香の世界がクラスだけと言う狭い世界だったのと相まって怜香自身が自分以外の全員を見下して居たからである。

 相沢美咲がいる限り自分が世界の中心でない事を知った怜香は初めて敗北を味わった。 

 それからの怜香は、巧妙だった。
 例えば、クラスの誰かの持ち物を相沢美咲の鞄の中に入れたり、落書きをしたり、まるで美咲が悪口を言ったように周りに思わせるなど些細な事だが少しずつではあるがクラスや生徒に疑惑、疑念の種を植えていったのだ。

 そして、期は熟した。

 とある日、プールの授業から戻って来た五十嵐怜香が自分の鞄を見て。
「私のお財布が御座いませんわ」
 怜香がそう一言呟くと全員の視線が美咲の元に向いた。

 ━━━怜香が植えた種が芽吹いた瞬間であった。

 その日のプールの時間に美咲は休んでいた。
 女性の日と言えば済むのだが、その時、プールサイドに姿が無かったことを怜香の誘導で全員が認識していた。

 それ故、怜香はこの時を選んだ。

「相沢、プールの時間に居なかったよな?」
「何してたんだよ?」
「何してたのか答えて」
「何とか言ってよ」

 クラスの生徒達が責め立てるも、一向に美咲は声を出してその時の事を言うことは無かった。
 一人の生徒が美咲の鞄を漁り、怜香の財布が見つかるも美咲は無言を突き通した。

 そして、美咲は即日指導室に呼ばれ『退学処分』となることが決まる。

 怜香は歓喜した。 邪魔物は排除したと。

 しかし、そこで想定外の事態が起こった。 一人の男子生徒の出現である。

 彼は、美咲が一年生の時の同級生であった。
 プールの時間に彼と美咲は、一緒に居たから盗むのは無理だと証言した。
 美咲が何も言わないのは自分の為だったと話す男子生徒。

 彼は『双極性障害』に悩んでいた。 
 自分の感情すら分からなくなるほど追い詰められた彼は、家族にも友達にも理解されない。
 しかし、唯一理解し、病気の可能性を指摘し助けたのは美咲だった。

 そして、プールの日。
 学校のスクールカウンセラーと美咲、男子生徒、男子生徒の両親を含めて話し合いをしていた。
 本来、このような場に美咲のような関係のない人は参加させないのだが、男子生徒と美咲たっての希望で参加した。

 そして、美咲は男子生徒の両親に説明し理解させることに成功していた。
 彼は、美咲を助けるためにその事をカミングアウトしても構わないと言う覚悟で美咲の真実を話に来たのだ。

 美咲の無実は、スクールカウンセラー、男子生徒の両親によって証明された。
 そして、真犯人もすぐに特定された。
 流石は、有名私立の学校。 防犯カメラにバッチリと写っていた。

 防犯カメラを見なかったのは、美咲が財布を持ち実行犯であると決めかかって居たからに他ならない。

 そして、真犯人は五十嵐怜香に心酔する一人の女子生徒。
 真犯人と五十嵐怜香に直接的な関わりも無いことから勝手にやったことと判断されその女子生徒のみ退学となった。

 そして、廊下での去り際、生徒指導の先生が気になったことを一つ聞いた。
「相沢、退学になってまで沈黙を通したのは何故だ?」
 美咲は、振り返り。
「言わないって約束したから」
 その一言だけを言って去っていった。

 これを期に美咲の信頼度、好感度は爆上げ。
 怜香の思惑と逆の効果となったのだ。
 それから二年間、美咲と同じクラスになった怜香はその成りを潜めていった。



 §§§§§§


 馬車に乗り込み、建物を出ると失敗作・・・と呼ばれた女性が追い出される場面に出くわした。
 怜香は、ニタァっと勝ち誇り見下すような笑顔で女性を見た。

 その女性が、相沢美咲その人とは知らずに。

 そして、馬車はフェビカ王国の王都に到着する。 
 馬車の窓から見えるのは、石造りの建物、均等に並んだ石畳の道が特徴的な美しい街並みをしていた。

 そこには、異世界であることを再認識させるには十分な光景があった。
「あの動物のような人はなんですの?」
 隣に座るクリシュナイダーに尋ねる。

 クリシュナイダーは、嫌悪の表情を浮かべ話す。
「確か、聖女様の世界は人族だけでしたね、羨ましい限りで。 
 この世界には、あの様におぞましい獣人、エルフェン、ドワーフ等の下等種族が存在しているのです」

「そうですのね……。 所で、あの獣の首輪はなにかしら?」
 奴隷だろうと考察するが、確実となる情報が無いため怜香はケモノと言う言葉を使い尋ねた。
「あれは奴隷の首輪です。
 犯罪となること以外なら主の言葉に絶対の強制力があるものです」

「奴隷……」
 その言葉を聞いて内心、ほくそ笑んだ。
 奴隷と言う絶対に裏切ることの無い手駒が入ると言うことが確定したからだ。
が、クリシュナイダーに見せる顔は全く違う。
憂いを持った表情をする。
「奴隷は、嫌ですか?」

クリシュナイダーは、そう尋ねる。 怜香の思い通りの返答が帰って来た。
「……私の国には居なかったので、抵抗感はあります。 ……クリシュナイダー様にお願いがあります」
「なんです?」
「私に、奴隷を下さい」

「抵抗感があるのですか?」
「一人でも奴隷を救って上げたいのです」
クリシュナイダーは、目を見開いた。 そして、怜香の両手を取り。
「流石は、聖女様! わかりました。 貴女の元に置く奴隷を用意しましょう」
クリシュナイダーは思い通りの言葉をくれた。

五十嵐怜香は、政治家の父親の英才教育により人心掌握に長けていた。
それを駆使し、自分が主人公の世界を作り上げようと動き出したのであった。






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