八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

文字の大きさ
7 / 79

07双つの世界

しおりを挟む
 シロガネとのやり取りをコハクは思い出して惚けていた。
 ハッとして、ペシっと頬を叩く。腕でまくりをすれば気合いを入れた。
「よし、片付けるぞ」
 まず始めに、床に置いてある書籍と道具を綺麗に分けた。
 道具を大中小と大きさを揃えて、中と小を棚にしまう。大きい物は床に並べた。
 それほど量は多くない。小さい物が多いので片付けるのは簡単だ。
 次に書物を片付けていくが、圧倒的に量が多い。そして、一つ一つの書物は軽いが積み重なれば重くて重労働だ。
 とにかく、分類別にしていくことにする。
 呪術系は呪文、呪式、式神。
 魔物系は特徴や種類、逸話。
 歴史系は国や土地に関する事項。
 道具系は種類に取扱説明。
 その他は小説や伝記など物語。

 ふぅっと、深いため息を吐いた。
 少し休む事にする。
 近くにある書物に目がいくと、自然に手に取っていた。
「シロガネは、物語なんて読むのかな?」
 明らかに古い書物は、シロガネの物ではなくて、前住人の物だろう。
 コハクはペラペラっとページをめくる。
 ある文章が目に入いれば、自然に声に出していた。
「神が別れて白と黒の世界が出来た」
 この一文がコハクは気になった。
 片付けをしないといけないと分かっているが、目が文章を追いかける。気がつけば、ページをめくって読み続けていた。結局、そのまま全て読み終えて、書物を静かに閉じた。

 書物の題は『双つの世界』
 神々が存在して、神はそれぞれの一つの世界を創造する。その世界の生まれた生きとし生けるものを慈しみて見護った。
 人たちが神に感謝と祈りを捧げるなど遥か彼方の夢幻の記憶となった頃、人たちは悔い改めることを忘れてしまう。
 後戻りの出来ない過ちを犯して文明を滅ぼした。
 地上で生きることは出来ずに、地下でひっそりと生きる。過ちに気づいた人たちは強く祈り数多の願いを一つにした。
 以前と同じく、地上に住みたい。
 その願いは神に届いた。そして、今を生きる人たちの心に神の声が響いた。
『初めからやり直すが良い』
 地上は生まれたばかりの美しい世界になった。そして人たちは地下から這い出て地上に舞い戻った。
 過去の残された文明を利用して人たちは新しい世界を生きる。
 だが、望む世界にはほど遠く。人たちの欲望は際限がない。
 神に当然のように願いを叶えて欲しいと祈るだけだ。
 そんな人たちに神は失望する。だが、ひとりの少女が神に花を捧げて感謝を祈る声が聴こえた。
 この美しい世界をありがとう。
 その優しさに、神は少女と心を通わせた。そして、少女に祝福を与えた。
 それを知った人たちが、神に愛されている少女を神の元に送れば、願いが叶うのではと考えた。
 それは、少女を神に捧げる生贄とすることだ。
 その所業は許すまじ非道なり。
 神は嘆き哀しみ、怒り憎しみ、世界を人たちを呪う。
 陽は隠れ。嵐が舞う。大地は荒廃。神の憎悪が闇を広げて、魔物が蔓延る世界が生まれた。
 少女が愛した世界を護りたい。
 少女を奪ったものたちが憎い。
 相反する心が葛藤する。
 神は初めて苦しみを知った。その痛みから逃れたくて、神の心が二つに別れた。 
 白と黒の神。白の神が光へ。黒の神は闇へ。
 こうして、世界は二つに分かれた。

 コハクは読み終えた後も、書物の題を見つめて眺めている。
 鼓動は速く動いている。だが、頭は冴えて清々しい。この話を読んだのは初めてだ。記憶がなくても、そういうのは分かる。
 だが、この話を知っている。
 コハクは心の奥から呼びかける何かを感じた。

 一刻の間。
 時が止まっていたかのような静寂を破る音が響く。
 パシパシっとコハクが頬を叩いた音だ。
 静かに書物を分類するべき場所に置いた。
「それじゃ、片付け再開だ」
 考えても何も答えなんて出ない。ならば今、しなければならない事をしよう。
 コハクは笑顔を作ってうなずいた。
 それは、自身を奮い立たせているようだ。新たな書物を手に取って再び片付けを始めた。

 気がつけば夕刻が過ぎていた。まだ片付けは済んでいないが、とりあえずの形になった。
 手付かずの場所は、また次の機会にしようと仕事部屋を後にした。
 まだ、シロガネが帰って来ない。急いで夕食の支度を始めた。
 帰って来たら、きっと驚くに違いない。
 その様子を思うと楽しくなって、心が躍る。
 だけど、さっきまで夕焼けだった空は、少しずつ暗くなってきている。
 コハクは、だんだんと寂しい思いになってきた。
 早く帰って来たらいいのになぁ。
 コハクは、ひとり呟いた。

 その頃シロガネは、帰りを急ぐ道中にて独り言を発していた。
「スイセン」
『我が皇、ご報告致します』
「コハクの様子はどうだ」
『コハク殿は、現在、眠っておられます』
「そうか……。何か変わった事はなかったか」
『……』
「何故、黙る」
『ご自分でお確かめ下さい』
「コハクの護衛を命じたはずだぞ」
『護衛は滞りなく現在進行形です。四の五の言わず、早くお帰りなされば良いのです』
「うっ、わかった。引き続き頼む」
『心得ております』

 念話を終えてシロガネは、フゥと息を吐く。先程、話をしていたのはシロガネの使役している特級式神、いわゆる神使いである。
 名はスイセン。文武両道という言葉が良く合い、頼りになるが、シロガネに対して遠慮なく物を言う。主従関係であるにも関わらず、その態度を良しとしているのもスイセンへの信頼が厚い証拠だ。
 今回の仕事は、魔物の属性からスイセンが最適であったが、コハクの身辺警護につけたので少々手こずる。その為、帰りが遅くなったのだ。
 討伐中、シロガネは他の使役している式神たちからは咎められて散々だった。
 過保護だと……。
 この間、油断してコハクが襲われた。陽の下で、大勢の人がいる賑やかな町中で白昼堂々と襲ってきた。敵は執拗で強大だ。
 守護する者がいようとも、結界の中であっても、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないと思うのは仕方ない。

 それでも、シロガネの結界の中で魔物が現れる事などあり得ないとスイセン及び他の式神たちは思う。
 しかし、シロガネが不在の場合は強固にしても結界の力は弱くなる。
 信頼出来る式神を警護につけるのは当然だろう。

 急いで家路に着けば、スイセンの報告通りコハクが居間で寝息を立てて寝ていた。
 そして、食卓には食事の支度がされている。 
 早く帰れなくて、寂しい思いをさせてしまった。可哀想な事をしたと、シロガネは悔やんだ。
 スヤスヤと小さな寝息を立てて眠るコハクの横に、シロガネがそっと座った。
 ゆっくりと頭を優しく撫でた。
「ありがとう、コハク」
 コハクの隣りに、シロガネが横たわった。
 コハクの可愛らしい寝顔を眺めて微笑んだ。

 ……シロガネの声が遠くから聞こえて、コハクは目を覚ます。
「コハク、起きたかい」
「シロガネ」
 むくりとコハクが起きた。
「遅くなってすまなかったね」
「おかえりなさいっ」
「今日は、たくさん頑張ったんだな。仕事部屋を見たよ。それと、夕食の用意をしてくれて、ありがとう」
「うん! 綺麗になったでしょう」
「あぁ、とても綺麗で驚いたよ」
「頑張ったから疲れて、寝てしまったみたい」
「お腹は空いてないかい」
「お腹空いてる」
「なら、夕食にしようか。その後は、土産の甘味を食べようか」
「お土産! なになに」
「後の楽しみだ」
 コハクは笑顔で応えた。
 その後二人は、話しを弾ませて夕食を愉しんだ。
 そしてシロガネのお土産は、フワフワの白生地に餡子が入ったものだった。
 蒸篭で温めて二人で食べる。
 熱々なのを、コハクが、かぶりつきそう急いで食べようとするので、シロガネが慌てる。
「火傷するから、割って食べなさい」
「はーいっ」
 過保護だという声が、あちこちから聞こえて来そうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

娼館で死んだΩですが、竜帝の溺愛皇妃やってます

めがねあざらし
BL
死に場所は、薄暗い娼館の片隅だった。奪われ、弄ばれ、捨てられた運命の果て。けれど目覚めたのは、まだ“すべてが起きる前”の過去だった。 王国の檻に囚われながらも、静かに抗い続けた日々。その中で出会った“彼”が、冷え切った運命に、初めて温もりを灯す。 運命を塗り替えるために歩み始めた、険しくも孤独な道の先。そこで待っていたのは、金の瞳を持つ竜帝—— 「お前を、誰にも渡すつもりはない」 溺愛、独占、そしてトラヴィスの宮廷に渦巻く陰謀と政敵たち。死に戻ったΩは、今度こそ自分自身を救うため、皇妃として“未来”を手繰り寄せる。 愛され、試され、それでも生き抜くために——第二章、ここに開幕。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...