八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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19本来の場所と記憶

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「そういえば、お二人は、どうしてコチラにいらっしたのかしら?」
 ユリが、訝しげに尋ねた。
 ザクロとゲンゲが来るには、間が良すぎたからだった。
「うむ。皆がコハク殿と会ったと聞いてな。我らも会いに行こうと話しになった」
「まぁ、そうなのですね。どちらからお聞きになったのかしら」
「それは野暮というものじゃな」
「えぇ、そうですわね。心配させてしまいましたのね……」
 三人が、コハクに会いに来た理由は違うけど、コハクは誰かが、ユリとコハクを心配してくれたのだと分かった。

 その後コハクは、三人と一緒にシロガネの話しや他の式神たちと会った時の話しをして、楽しいひと時を過ごした。
 それから、皆んながいなくなった仕事部屋で、コハクはシロガネの帰りを待ちながら、ユリが選んでくれた書物を読んでいた。
 呪力の制御と操作が、できるようになったから、シロガネに色々な呪術を教えてもらう予定だ。だから、その前に書物を読んで知識を深めている。
 コハクの記憶にある陰陽道の知識と書物に記載されている事を重ねて、予習と復習をしていた。

 呪力とは、持って生まれた才である。
 もしくは、後に精神鍛錬や修行など洋々な方法で得た力だ。
 その呪力の質と量によって、強力な呪術や使役可能な式神の位が変わってくる。

 呪術は、古の言霊が受け継がれて、今の呪文や呪詛となっている。そして、今では現存する古代呪術の数は少ない。
 何故なら、効率化を求めて改良と簡略されていったからだった。しかし、効率を求めれば威力が下がった。それでも、質より量。一人で戦うのではなく皆で戦うならば問題はないと、多くの新代呪術が創られた。
 その結果、多くの古き呪術が記憶の彼方へと忘れ去られていった。

 術式は、式神の召喚や神技を施行する儀式である。通常は呪文を唱えて発動させるが、呪力が多くて呪術に長ける者ならば、呪文を唱えずとも、手動や誘因の一言で術式を発動させて技を使えるが、可能な者は多くない。
 魔物と戦うには、強力な呪力と高度な呪術が必要となる。また高位の式神で対処する。

 ページを巡って、改良と簡略された呪文の一覧を見た。
 読める。発せられる。何の呪文なのか理解できた。
 これらが、コハクの記憶にあるからだ。
 そして、改良と簡略された呪文だという事実に驚いていた。
 コハクの記憶では、これらは古い呪文である。これらよりも新しい呪文を使用していたと知っている。
 誰でも使用しやすいように、もっと柔らかく砕けた言葉の呪文だ。
 凡庸故に、術者の技量に囚われない。つまり、古い呪文よりも質が劣り威力が弱い。
 一体どういうことなのだろうか。
 呪文や呪術、術式。
 溢れ出す記憶の渦の中で、コハクは混乱して頭を抱えた。
 手から書物が落ちる。
 頭がひどく痛いて、ガンガンと打つ。ジンジンと鳴り響いて、目も開けられない。
 息は荒くなって、少しずつ意識が遠のいていく。そして、うずくまるように倒れた。

 フワフワとする感覚に、モヤっとする感覚が、コハクにまとわりつく。
 薄っすらと目を開ければ霧が晴れていく。
 ここは………。
 シロガネの仕事部屋にいたはずなのに、知らない場所にいた。
 ちがう………。
 コハクの部屋だ。だけど、シロガネの家の部屋ではない。もう一つの、記憶を失う前のコハクの部屋だとわかった。
 ぼんやりと部屋をぐるりと見渡す。
 戸棚に机、本棚があって、書物がたくさん詰まっている。綺麗に整理整頓されている。まるで、コハクが片付けたシロガネの仕事部屋のようだ。
 パタパタっと足音が聞こえる。
「  、いるぅー?」
 名前を呼ぶ声がしたが、聞き取れなかった。
 部屋の中に入って来たのは、おさげの女の子だ。
 この子は、あの時の……。
 呪力の制御と操作をした時に思い出した女の子だとわかった。
「あれ? いないの……。もう、せっかく抜け出して、遊びに来たというのにぃ! また、どこかにフラフラと出かけてぇ」
 部屋にいない主に対して、一生懸命に文句を言うのその姿が、可愛いくて可笑しくて、コハクはフフっと笑った。
 すると、女の子がキョトンとした顔する。
「笑い声……誰かいるのぉ?」
 コハクは驚いた。見えてないはずだから、笑い声も聴こえないと思っていた。
 思わず、コハクは手で口を隠した。
 キョロキョロと女の子が部屋を見渡すと、コハクの方をじっと見つめている。
 見えている?!
 コハクは息を潜める。
紅花べにか
 部屋の外から女の人の声が聞こえると、女の子が振り向く。
「やっぱり、ここにいたのね」
 部屋の外から女の子を呼んだ女性の姿は女の子とよく似ている。
「お母様」
「勝手にお部屋に入っては駄目でしょ」
「だってぇ。せっかく、陰陽寮に来たんですもの。  に会いたいわぁ! お母様もそうでしょ」
「えぇ、そうね。でも、だからといって、殿方の部屋に、突然お邪魔するなんて、しかも、留守中、勝手に入るのは良くないわ」
「そんなの関係ないわぁ。だって、私は  にとって特別なんだから」
「まぁ、紅花ったら。確かに、  様と紅花は、まるで兄妹のようですものね」
「ちがうもん……」
「さぁ、帰りましょう」
 うつむく紅花を慰めるように、母親が一緒に部屋を後にした。
 ……朱乃しゅのさん。
 紅花と呼ばれ少女の母親の名前をコハクは無意識に呟いた。

 コハク!
 コハク!
 ……シロガネが呼んでいる。

 シロガネの声を認識して、コハクの意識が戻る。シロガネの姿が鮮明になった。
 そして、コハクを抱き抱えながら、心配そうな顔をするシロガネを見つけた。
「良かった。目を覚ましたんだね」
「……シロガネ、ここはどこ?」
「仕事部屋だ」
「……そうだ……、ボクは、書物を、読んでいたんだ……。頭が、割れそうに……痛くなって……。夢を……ここじゃない。違う、場所の」
「どこかに行ってたんだね」
「うん……。あれは、きっと……元の、ボクの場所」
「君を探している人たちがいるんだろうね」
「ボクを……探している……の?」
「ああ、そうだね」
 コハクを抱きしめるシロガネの力が強くなった。それは、心配する心と不安に思う心だ。
「シロガネ、大丈夫だよ。ボクは、ボクのままだ」
 コハクが、全てを預けるように抱きつけば、シロガネは、さらに強くコハクを抱きしめた。
 
 二人は居間に場所を移した。
 机には、シロガネがコハクの為に買ってきた苺が乗った白いクリームの洋菓子と、甘い匂いが漂う暖かいココアがあった。
 コハクは、美味しそうにパクパクと食べながら、この前の出来事や今日の事をシロガネに話しをする。
 シロガネは、暖かいお茶を飲みながら話しを聞いている。
「私の式神は有能なんだけど、個性が強くてね。今までは、私との関わりだけで済んでいたから気付けないでいた。色々とすまないコハク」
「そうだね。シロガネのせいでいいと思うよ」
 コハクがさらりと言った。
 シロガネは予想外の返事に驚いて瞳を大きくする。
 その様子に、コハクがフフっと笑った。
「式神たちが自由奔放なのは、シロガネの意思なんだ。それはシロガネが、式神の皆んなを大切に思っているからで、そんなシロガネの事が式神の皆んなは、大好きなんだ。そしてね。そんなシロガネが、ボクも……大好きっ」
 コハクが頬を紅く染めてながらも、はつらつと伝えた。
 シロガネの全てを受け入れて是とする。
 それは親愛である。

 光輝く太陽が照す。暖かく包み込む。
 心を動かして、闇から光へと導くのは、ただ一人。
 愛おしい思いが満ち溢れていく。
 その心のままに、シロガネは手を伸ばす。
 そっとコハクの髪に触れて優しく撫でた。
「私もコハクが大好きだよ」
 シロガネの甘く優しい声に、コハクは紅い頬をさらに朱くして素直に微笑んだ。
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