八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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24スイセンと訓練

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 現在、コハクはスイセンと訓練中である。
 スイセンは、シロガネから託された使命を果たす為に、俄然やる気に満ち溢れていた。
 切れ長の目に整った顔立ちは男前である。世に格好良いと言われる類いだろう。
 その顔が、いつも以上に澄ましているようでコハクには、無愛想で険しい顔に見えた。
 難しい顔をしないで笑えばいいのにと、コハクは思う。
 その思いが、記憶の奥に眠る誰かの姿とスイセンを無意識に重ねてしまっているからなのだとは、まだ気づいていない。

 スイセンが左手で何かを掴む素振りをした。
「来れ、ナルシス」
 すると術式が発動すれば、スイセンの左手の中に太刀が現れた。その太刀を掴んだ。
 次に、右手の中指と人差し指を重ねた宙を切れば、地面から低木が生える。メキメキと伸びていけば、あっという間に大樹となった。
 そして、太刀に呪文を唱えて水の呪を付与した。
 キリっと真剣な眼差しで大樹を見つめた。
 左手で太刀を構えて、右手で柄を掴んでいる。その立ち姿は戦いなれた者の姿だ。
 カチッと鳴った。
 竿から太刀を出す音が、勢いよく流れるように響けば、太刀が現れる。
 下から上へ振り上げた。
 水の刃が飛び出して大樹を切り倒した。
「すごい……」
 スイセンは涼し気な顔をして、太刀を振るって竿に刀を納めた。
「刀での簡単な初歩の術式をお見せしました」
「刀を呼んだ。名前つけている!」
「えぇ、皇から頂いた大切な刀。名付けて使えば、それは力になると教えられました」
「名は言霊。愛着は力の源。名前はシロガネが付けたの?」
「その通りです。正しく、我主より賜った素晴らしき刀と名です」
 スイセンの誇らしげな表情から、シロガネに対する敬愛が伝わる。
「スイセンは水属性なのに、木が生えたのは青龍の属性が仕えるってことなんだよね」
「ええ、神使いは神の加護を受けています。故に、己の属性と神の属性の二つが使えます。ですが、使えるという程度ですよ」
「そんなわけないよ。一瞬で、大きな木が現れたんだ」
 誉めちぎるコハクに、スイセンは満更でもない様子だ。
「ボクも出来るかな」
「大樹を生やすなど造作もありませんので、すぐに出来ますよ。それよりも、身を守る為の身のこなしを考えなければいけませんね」
「スイセンみたいに、上手く刀を使えるかな」
「コハク殿は皇と同じく、基本的に呪術で戦うでしょう。しかし、いざという時の為に身を守る武器があるに越したことはありません。私は元々、太刀を使って戦っていただけですからね。コハク殿が私と同じ刀である必要はありませんよ。使い慣れた物がよろしいかと思いますが……」
 刀の代わりとなり、コハクが使える何か良い武器がないだろうか。
 スイセンは顎に手をやり思案している。  
 その姿を見つめながら、コハクも考えてみる。脳裏にぼんやりと浮かぶ物に、ハッと何かに気づく表情をした。
 すぐさまコハクは、懐から小さな袋を取り出した。すると、小さな袋から入っているはずのない大きさの飛去来器を取り出した。
「ねぇ、コレはどうかな」
 それは真ん中で固定されて三又になっている。
「それは、何かの骨。角ですか?」
「鹿の角だよ。シロガネに作ってもらったの。これは、ボクの大切なお守りなんだ。名はカセギ」
「さすがは皇ですね。良い名に、良い出来栄えです。それを扱えるのですね」
「うん、毎日練習したよ。見てて!」
 コハクが空に向かって投げると、遠くに飛んで行く。そして、綺麗な楕円形を描いてコハクの元に戻って来た。
 それを、パシっと掴んだ。
 コハクは、得意気な表情でスイセンを見る。
「上手いものです。よろしい、それを使いましょう」
 
 飛去来器に水を付与して投げるには、剣と違って柄の部分が無いので難しい。
 そこでコハクは、呪文を唱えつつ飛去来器を飛ばす体制に入って、呪文を終えると同時に投げた。
 上手く水を付与された飛去来器が、目標の高木の枝を鋭く刈りとった。その瞬間に水の付与はなくなり、コハクの元に戻って来た時には、いつもの角の飛去来器であった。

 これを見ていたスイセンは、小さく息を呑んだ。
 コハクは、スイセンと同じ呪文を唱え無かった。投げた瞬間に水の付与をして、戻ってくる時は解除される呪文を唱えたのだ。
 しかも術式で生やしたのは、草花ではなく高木であった。
 手本を見せて説明しただけで、これだけの応用が出来る。
 コハクの才にスイセンは慄く。知識を得てシロガネから呪術を学んだばかりの記憶がない唯の少年が出来ることではない。
 上手く出来た事をコハクが無邪気な様子で喜んでいる。
 その姿を感慨深気に見つめていたスイセンとコハクの目が合った。
 コハクには、スイセンが澄ましているように見えた。
 そして、スイセンは自身の心の機微を隠す為に、一言物申す。
「これぐらい出来ないと話しになりませんよ」
 その心は、今はまだ褒めはしないであった。
 スイセンの思いなど知らないコハクからすれば、つれない言い方に聞こえてムッとなる。
 シロガネならば、いっぱい褒めてくれるのに、などと思ったからだ。
 そんなコハクを置いてきぼりにして、スイセンは次の段階に進もうとする。
「それでは、難易度を上げましょう。どこまで、ついて来れるでしょうかね」
 スイセンがフッと不敵に笑うので、コハクは無気になった。
「スイセンが、すっごくびっくりするぐらい上手く出来るようになるからね」
「そうこなくては、では始めましょう」
「うん」
「うんではなく、はいですよ」
「えっ、あっ、はいっ」
 スイセンがコハクの返事を確認して、満足そうだ。
 コハクは、負け時と気合いを入れる。

 それからの訓練は厳しいものだった。
 コハクは、スイセンから課せられる課題を一生懸命に、こなしていく。
 次々とコハクが課題を達成するので、スイセンは速さに質に効率を求めた。
 課題の量を増やして、何度も何度もコハクに繰り返させる。
 集中力が途切れると、コハクは失敗した。
「真剣勝負において、一瞬の気の緩みは命とりです。呪術の戦いでは、相手の属性や性質を判断して、効果的な呪文を唱えるのが大切なのですよ」
 そんなこと、コハクも百も承知だ。
 書物を読んで、シロガネからも話しを聞いた。スイセンと特訓する前に、シロガネとも練習をした。 
 だけど、こんなに長時間ではなかった。
「そんなの全部知っているよ。だけど、こんなに長くするなんて……」
「皇の隣りに立つ気合いはないのですか。これぐらいで弱音を吐くようでは認められませんね」
 シロガネの側にいる事を否定されて、コハクは哀しくなる。
 確かにスイセンは、コハクと同じ呪術を使って、剣技を重ねているにもかかわらず疲れた様子がない。
 泣きたくなる心を隠して我慢すれば、悔しさが溢れた。それは力となって、コハクは踏ん張れた。
 それから更に、時間が経過した。
 今、コハクはスイセンを睨みながら向き合っていた。
 いつもの屈託のない笑顔は消えて、一人前の戦士の表情と言っても良いだろう。
 はぁはぁと息は荒く、苦しそうだ。体は重くて、悲鳴をあげていた。
 もう、コハクの体力も気力もすっからかんだ。とうとう、その場にヘタリと座り込んだ。
「……もう、ダメ……」
 コハクは、動けなくなって地面を見つめた。 
 
 そんなコハクをスイセンは静かに見つめる。
 初歩の呪術は、難なく術式を展開するのは当然だろうとスイセンは思っていた。
 思っていた以上の出来栄えに欲を出した。
 気がつけば、コハクの体力が尽きて倒れるまで呪を唱えさせて、術式を展開させていた。
 それは、呪力の制御と操作が出来るようになった事で、呪力が尽きなかったからだ。
 心と体が伴ってこそ、呪力は強まり、呪術の質が良くなる。少年であるコハクが、スイセンたちと同じ体力を持つこと敵わない。ならば、精神を鍛えて補おうと考えた。
 それは限界までのはずだったが、熱が入り過ぎて、限界を超えてしまった。
 今の状況は流石にやり過ぎである。
 これではまるで、虐めているみたいだとスイセンは反省した。
 そんなスイセンの気持ちは知らないコハクは、優しいシロガネを思い浮かべていた。
 二人を比べてしまう。
 辛い気持ちは、愚痴になる。
「シロガネは、……こんなに厳しくないよ」
「それを甘いというのですよ」
「シロガネに、……スイセンが意地悪だっていうからあ」
「どうぞ、ご自由に」
「スイセンの鬼っ」
「私は龍で、しかも青龍の神使いです」
 なんと、あのスイセンが、こんなふざけた返しをするなんて。
「そんな意味じゃないからね!」
「存じています」
「もう、スイセンなんて嫌いだぁー」
 体力も気力も失なって、やる気など消えてしまった。コハクは、とうとう泣きべそをかく。駄々を捏ねて、泣き言の言葉しか出てこない。
 スイセンが、澄ました顔のまま全く動じない様子に、悔しさと腹立たしさが沸き立つ。
 一方、スイセンは労わる言葉をかけ損なって、引くに引けない状況だった。
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