八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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37森へ、魔光石

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 それから、森に入る支度を整えた二人は、結界を超えて森の中を歩いている。
 二人は手を繋いで森の奥へと進んだ。少しずつ漂う魔素が強くなってくるのがわかる。
 呪力の操作が出来るようになっても、コハクにとって強い魔素は、ヒリヒリと身に突き刺す。そして、ゾクリと震えさせた。
 その様子に気がついたシロガネは、コハクの手を力強く握って安心させた。
 結界を張って魔素を防ぐことも出来るが、魔素の耐性を身につけるのも大切である。魔物と向き合えば、魔素はつきものだ。だからあえて、何も施さずにいた。
 シロガネが歩みを止めて、木から一枚の葉を摘めばコハクに見せる。
「この葉は、傷に良く効くよ」
「僕が傷だらけになった時に使った薬にも入っていた?」
「そうだね」
 シロガネから葉を受け取ると、コハクは帳面を出した。
 木の名前や特徴に効能など、シロガネの説明を聞いた事を帳面に書いていく。そして、書いた項に葉を挟んだ。
 退魔士になると決めた頃から、こうやって、シロガネが集める草や木、花を忘れないように帳面に書き記している。
 かなり奥までやって来た。サラサラと水の音が聞こえてくる。
 音の方へと向かえば、森の木々が低くなって陽の光が指す。明るさが満ちる場所には小川が流れていた。
「ここは、魔素が薄いね」
 コハクが、大きな深呼吸をすれば、身も心が和らいだ。
「ここで休憩して弁当を食べようか」
「うん、お腹ペコペコだ」
 昼食の時間は遠に過ぎていた。
 コハクとシロガネは、後座を敷いて弁当を広げた。
「いただきます」
 手を合わせた後、コハクが真っ先に卵焼きに手を伸ばした。
 はむっと一口分を食べる。
 コハクは驚いた顔して、次にフフっと笑顔になった。
「卵焼きの味はどうだい」
 コハクの様子を注視していたシロガネが尋ねる。
「すっごく甘いところと、いつものシロガネの味が層になってて変なんだ。でも美味しくて面白いよ」
「どれどれ」
 シロガネも続いて食した。
「おや、見事に味が分かれているな。だが、コハクと私の味の二つを楽しめるのだから悪くない」
 コハクがシロガネの握ったおにぎりを手にする。
「自分で作ったのを食べないのかい?」
「やっぱり最初は、シロガネの美味しいおにぎりを食べたい」
「そう言ってくれるのは嬉しいね。なら、私はコハクのおにぎりを頂こう」
「ボクとシロガネのおにぎりの食べ比べだね」
 二人はそれぞれが握ったおにぎりを食べた。
「うん、いつもの美味しい、おにぎりだぁ」
 コハクはニコニコ、パクパクと食べている。
 次にシロガネが、コハクのおにぎりを食べた。その様子をコハクは、ドキドキしながら見ていた。
 クスっとシロガネが笑った。
「うん、美味しいよ」
「うそだ。笑ってるよ」
「一生懸命に握っていた姿を思い出してね。そのおにぎりを食べているのが嬉しくなったんだよ」
「ほんとう?」
「私は、コハクに嘘は言わないよ」
 シロガネのおにぎりを食べ終えたコハクは、自分が握ったおにぎりを手にして、パクっと食べた。
「少し、柔らかい……ちょっと塩味足りない……。けどけど、小さくて食べやすい。上手く出来ているよね」
「あぁ、上手に出来ているよ」
 一緒に作った弁当を二人は楽しんだ。
 昼食を終えて、コハクは辺りを見回す。
 森の奥とは思えない清々しさだ。なぜ、森の奥にこんな場所があるのだろうか。
「ねぇ、どうして、ここは空気が綺麗なの」
「これがあるからさ」
 シロガネが、側に落ちていた白っぽい半透明な小さな石を拾ってコハクに見せた。
「これは何? ただの石じゃあないの」
「魔光石」
「まこうせき……」
「魔の光の石。すなわち、魔素を吸収して光輝く石なんだよ」
「それって、この石には、魔素が、たくさんって事だよね」
「そうだよ」
 相槌を打ちながらシロガネは、もう一つ、石を拾った。
 それは、さっきの半透明と同じくではなくて真っ白だ。
「そろそろだろう。見ててご覧」
 シロガネの手の中の白い石が、薄っすらと光輝いた。次第に強い光になって、目が眩むような光を放った。
 次の瞬間、パリンっと弾けて砕けた。
 サラサラと白い粉になって、フワリフワリと舞い散る。キラキラと輝きながら消えていった。
 白い石が粉々になって消えた周りからは、浄化の気配が漂っている。
「シロガネ……。この石は浄化している。魔素を吸収して浄化するんだ。僕はこの石を知っているよ。だけど、どうして浄化するのかは知らないんだ」
 コハクは、彼方に浮かぶ記憶の答えを知りたくて、シロガネに尋ねた。
「願望、欲望、切望、絶望。人は己れの思いに囚われる愚かな生き物だ」
 一息ついてシロガネが、言葉を続けて話し始めた。

 この世界の始まる前、愚かな妄執を持つモノたちがいた。その妄執な願いによって一つの命が奪われる。その悲劇は、世界を統べる神を嘆き哀しませた。
 罪深いモノたちを許すまじと、妄執な願いを二度と持つことがないように消し去る。形を成すことを許さず。
 そのモノたちは思念だけの存在となり、現世を彷徨うことになった。
 思念だけのモノは見えない故に、その存在を確認できない。だから、この現世を生きる者たちは、そのモノたちのことを知らない。
 だが、よく似た存在がある。
 それは魂だ。魂は、生者に宿り、死者になれば輪廻の輪に導かれる。
 しかし、生前の未練や後悔を強く持つ魂は、死後の転生を望まない。輪廻の輪に入らずに、現世に留まるのだった。
 生者が死者の魂を認識することは稀だ。
 そう、そのモノと死者の魂は似通っていた。
 過程は違えど、二つとも形を持たない思念体である。
 未練や後悔を持った魂は、その思いを抱えて彷徨うが、果たされれば消滅する。
 だが、果たされなければ、その思いを忘れて永遠に彷徨い続ける。
 
 このよく似た二つは、形を求めて欲しがった。この世を彷徨った挙句に、魔素が濃い場所に辿り着く。
 魔素に当てられれば、輪郭が出来上がっていった。形が出来れば、忘れてしまった空虚な思いを埋めるように、魔素を取り込んでいった。
 そして、硬くなっていく。
 それは、石となっていく。
 そして、形を得ることになる。
 それは、必然で当然であった。
 なぜなら、そもそも魔素こそが、そのモノたちが抱いていた願いであるからだ。
 魔素とは……。
 人の邪な心、汚れた心によって生み出される物なのだ。
 自らの醜悪な思いと似たものを取り込めば、満足出来た。見えざるモノが見えるモノとなる。それが思念体の物たちの、今生の願いだ。願いが叶えば、この世から消え去るは運命。
 無に帰するは、すなわち浄化されたという事だ。

「人は恣意的で傲慢だ」
 話しを終えたシロガネが嘆くように呟いた。
「そして、殊勝で慈悲深くもある」
 つかさず、コハクが発した言葉は大人びていた。何かを悟るような表情だ。
 シロガネを否定するわけではなく、同時に違う一面もある事を伝えたいのだ。
 シロガネが驚きながらも、コハクの心に応えた。
「あぁ、そうだね」
「平野で見当たらないのは魔素がないから。そして、こんな魔素の濃い場所なんて誰も来れないから、誰も知らないんだね」
 この事実を知る得る生者は、この世この時、ここにいる二人だけであろう。
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