八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

文字の大きさ
53 / 79

52シロガネとユリの一度目

しおりを挟む
 静かな夜の一時、縁側にて、シロガネは酒を呑んでいる。その横で、コハクがココアを飲んでいた。
「エレンか……」
「そうだよ、ボクびっくりした」
「久しく会ってないなぁ」
「カリンと入れ替わっていても、わかんないじゃないの?」
「まぁ、そうかもな」
「同じ体に二つの魂。そんなこと考えるなんて、驚いたよ。それが出来ちゃうシロガネって、すごいね」
「そうかい?」
「ボクは約束したんだ。いつか、三人で話しをしようって……。今はまだ、どうすればいいのかわからないけど……」
「私で良ければ、いつでも相談に乗るよ」
「ありがとう」

 コハクは、星空を見上げた。
 心の中で、何度も溜め息を吐いて、緊張する心を落ち着かせようとしていた。
 それは、明日の訓練の相手が、ユリであるからだ。
 ユリの性格も気持ちも、それなり理解している。だけど、最初の印象が強すぎて、ユリ対して拭えない感情がある。
 苦手意識が残っていた。
 しかも、明日は二人っきりとなれば、一層、身が引き締まり、身構えてしまうのは仕方ないだろう。
 ユリにとってシロガネは、主人という存在ではない気がした。
 他の式神たちが、シロガネを慕い敬う心には信頼という名の確かな絆が見える。
 そこから派生する愛がある。
 だけど、二人の関係は他の式神と異なる気がした。
 ユリのシロガネに向ける感情は執着、固執に近いのではないだろうか。
 では、シロガネにとってユリの存在は……。
 ぼんやりとコハクは、つらつらと思い考えていた。
 静かに耽ているコハクを、シロガネは何も言わずに、ただそっと眺めていた。

 思いを整えたコハクは、シロガネから話しを聞いてみたいと思った。
「あのね」
「なんだい」
「明日のユリとの訓練の前に、シロガネから聞きたいんだ。その……ユリとの関係を……」
 シロガネの瞳が見開いた。
「何を聞きたいのかな」
「出会った経緯とか。何か特別な繋がりというか……。だって、命を救ったって、救われたって、ユリが言ってたから」
 シロガネとユリの関係を気にして、コハクが心を煩わす。
 その姿に、シロガネの心が跳ねる。
 もう少し、いじらしいコハクを見ていたい。
 シロガネの癖が顕になる。
「コハクが気にする事なんて、何もないよ」
「でも……。他の式神たちと違う気がするのはなぜっ」
「付き合いが長い。それだけだよ」
 コハクがつけているペンダントを握った。
「それは他の式神たちもだ。ボクなんかに比べたら、皆んな、皆んな。ボクの知らないシロガネを知っている……」
 まさに、これは嫉妬ではないか。
 一所懸命に涙をこらえて訴えるコハクの姿に、シロガネの心は歓喜に震えれば至福に浸る。この優越感をコハクが知れば、呆れられるだろか。しかし、冷静になれば、コハクを泣かしていることに罪悪感も抱く。
 シロガネは混在する心を隠した。
「コハク、泣かせてしまってごめんよ」
 シロガネはコハクの頭を撫でた。
「夜更かしになるかもしれないな」
「シロガネっ」
 
 魔物がいる森の奥に、人を騙して誘い込む怪しい者がいるとの噂があった。
 誘われて付いていった者が戻ってくれば、皆、生気がなくなり虚ろであった。しばらくすれば、正気に戻るものの記憶は曖昧で、ほとんど何も覚えていなかった。
 その森の入り口付近に男の姿があった。
「旦那さま、どちらへいかれまして」
 妖艶な女が、男に声をかけた。
「薬草を取りに来た。なんでも珍しい物があるらしいからな」
「あたくし、この辺りには詳しくてよ。よろしければ薬草が生えている場所へ。ご案内致しましてよ」
「それは助かる。頼もう」
 男は女についていった。
 目的の場所へと向かう間、女は楽しそうに世間話を話す。男は静かに聞いていた。
「かなり奥だな。このまま進めば、魔物と遭遇しないか」
「大丈夫ですわ。そろそろ着きますよ」
 案内された場所は薄暗くて妖しい雰囲気が漂っている。
「薬草はどこだ」
「そんなことよりも、あたくしと良いことをしませんか」
「良いこと。はて、何か」
「男と女がすることといえば、ねぇえ」
 女が男に擦り寄って体を押しつける。
 魅惑的な眼差しと微笑みで、男を誘惑する。   
「ほぉ」
 女が男に口づけをしようとしたが、バリンと弾かれた。
 女は驚いて、勢いよく男を突き飛ばす。
 先ほどまでの妖艶な雰囲気は消えて、怒りを滲ませて男を睨んだ。
「あなたは何」
「それはこちらの台詞、人か魔物かどちらだ」
「あたくしは、人、ですわ」
「人が人の生気を吸うのか」
 女は目を見開き驚く。
「なぜそれを……とでも言いたげだな。森の外では、ずいぶんと噂になっておるぞ」 
 男が失笑すれば、女は負けずと高笑いをした。
「ひょっとして、最近、耳にする陰陽師様かしらぁ」
「其方の耳にする陰陽師様というのが、俺なのかは知らぬが、陰陽師には変わらんな。で、どうする」
「どうにも致しませんわ。だって、ここは魔物の森。誰も助けに来ませんもの。あたくしに何かあれば、数多の魔物があなたを襲うわ。たった一人でどうなさるの」
「それが目的か」
「いいえ。少しの間、良い夢を見させてあげて、その対価を頂くだけですわ。だから、大人しくしているのが良くてよ」
「そうか、お前は魔騙物に、なれなかった物なのだな。珍しい」
「何それ……知らないわ……」
 突然、大きな咆哮が鳴り響いた。
「なぜ、今なの! こんな時にどうして! 森の主が起きたわ! ここに来るわっ」
 バキバキと、木々を薙ぎ倒す音が遠くから響いて近づいてくる。一つ目の巨大な魔物が姿を現した。
 ギロリと大きな目を光らせて、男と女を見比べるような素振りをした。
 大きな一つ目で、目は良くないようだ。匂いを嗅いでいる。
 男の存在を確認すれば、恐れた様子で一歩下がった。
 そして、突然、女の方へと疾走した。巨体にしては素早く動き、気がつけば魔物が、女を襲っていた。
 ザクっと、女は切られて血飛沫を放つ、ふらつき地面へと仰向けに倒れた。
 男は、呪を唱えて魔物を拘束する。魔物は暴れるが身動き出来ないでいた。
 魔物が目覚めて、こちらに向かってきたのは、陰陽師の男の呪力に当てられたからだった。
 自身のモノを取られる前にという本能だ。
 男は、血を流して倒れている女に近づいた。
 このまま放っておくけば死ぬだろう。
 そんなことを思いながら眺めていれば、女の呼吸が止まった。
 すると、女の体から光が溢れて包んだ。光が静かに消えていけば、傷は治りて息を吹き返していた。
「ほぉ」
 その様を目の当たりにした男は感嘆する。
 目を覚ました女が、男を見る。
 次に拘束されている魔物を確認すると、驚いた様子で、再び男を見た。
 ゆっくりと起き上がる女に男が尋ねる。
「この魔物とお前の関係を聞こうか」
「あたくしの飼い主……なのかしら」
「お前を狙ったのはなぜだ」
「ここに来てから、ずっとそうよ」
「なるほど。お前が再生する時に膨大な呪力が溢れる。それを欲しているのだろうな」
「そう、なの……」
「そして、お前は力を補う為に生気を必要なわけか」
「そうよ。少しだけ人の生気をもらうの」
「しかし、その回復力は凄いな。いつからだ」
「ここに来てから……いいえ、昔からかも」
「ここに至る理由に興味はないので聞かぬが、ここから出たくはないか」
 女は驚きながら上擦る声で答える。
「出たいわっ。でも、でも魔素がなければ……。ここから出れば、この姿を保てないわ。本当の魔物になってしまう」
「それを知っているならば問題ない。今一度、死ぬがいい。死んだ後は、その魂を浄化してやろう。そして、輪廻の輪に戻してやる。さすれば、人として生まれ変われるだろうよ」
「そんな事、できるわけ……。あなた……何者なの」
「唯の陰陽師だ」
「あなた嘘つきね」
 女は涙を流した。
 ここから出れないまま、死んでは生きてを繰り返す。望まない生でも、生きているならば生きる行為をするだけだった。
 終わらない毎日が終わり、新たな生へ。
「あたくしの名前はユリ。あなた様の名をうかがってもいいかしら?」
「必要ない」
「あなたを忘れない。だから、あたくしを忘れないで」
「約束はしない」
「生まれ変わったらあなたを見つけるわ」
「運が良ければな」
「あなたを見つけてたら側にいてもいい」
「来世を全うし、その呪力を持って役に立つならば考えよう」
「ありがとうございます」

 話し終えたシロガネが、ふぅと息を吐いた。
「以上がユリと初めて会ったときの話しだよ」
「なんだか、思っていたのと少し違った……」
 コハクは、少し剥れているような雰囲気を出している。
「何をどう思っていたのやら」
「もっと、こう、色っぽい話しかなぁ……と」
 シロガネは困惑しながら苦笑する。
「ううん。そういう感じもあったよね」
「何もないからね」
「でも、再会したからこそ。シロガネの側にユリがいるんだよねっ」
「そうだね」
「じゃあ、その時の話しを聞きたいっ」
「その辺りは本人に聞けばいいさ」
「でも……。ユリは生まれ変わっても覚えていたんだ。シロガネに対する思いの強さ、執着は本物だ。ねぇ、シロガネはユリをどう思っているの」
「他の式神たちと同じさ」
「でも、でも」
「嫉妬してくれて嬉しいよ」
「なっ、何を言ってるの、そんなんじゃないからねっ」
「おや、違うのかい、残念だよ」
「え、えっと、違わないから」
 シロガネが悲しそうな顔をするので、思わずコハクは肯定した。
「良かった、嬉しいよ」
「もう、やめて恥ずかしいから」
 シロガネが、ククッと愉しそうに笑った。
「だけど、本当に何もないんだよ。ユリの態度は持って生まれた性分で、気にしてなくて放っておいたが。コハクが気になるなら改めてさせよう。と言っても、言うことを聞けば良いが……」
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
「わかっているよ」
 シロガネがニヤリと笑ったので、コハクはしてやられたと拗ねた。
「シロガネのイジワル」
「ごめんよ。まぁ、確かに過去は気になるね。私もいつか、コハクの過去に嫉妬するんだろうね」
「えっ、ボクの過去……嫉妬?」
「するよ。するに決まっているさ」
 シロガネが思わせぶりな微笑を浮かべるので、コハクはあたふたした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

娼館で死んだΩですが、竜帝の溺愛皇妃やってます

めがねあざらし
BL
死に場所は、薄暗い娼館の片隅だった。奪われ、弄ばれ、捨てられた運命の果て。けれど目覚めたのは、まだ“すべてが起きる前”の過去だった。 王国の檻に囚われながらも、静かに抗い続けた日々。その中で出会った“彼”が、冷え切った運命に、初めて温もりを灯す。 運命を塗り替えるために歩み始めた、険しくも孤独な道の先。そこで待っていたのは、金の瞳を持つ竜帝—— 「お前を、誰にも渡すつもりはない」 溺愛、独占、そしてトラヴィスの宮廷に渦巻く陰謀と政敵たち。死に戻ったΩは、今度こそ自分自身を救うため、皇妃として“未来”を手繰り寄せる。 愛され、試され、それでも生き抜くために——第二章、ここに開幕。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...