八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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52シロガネとユリの一度目

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 静かな夜の一時、縁側にて、シロガネは酒を呑んでいる。その横で、コハクがココアを飲んでいた。
「エレンか……」
「そうだよ、ボクびっくりした」
「久しく会ってないなぁ」
「カリンと入れ替わっていても、わかんないじゃないの?」
「まぁ、そうかもな」
「同じ体に二つの魂。そんなこと考えるなんて、驚いたよ。それが出来ちゃうシロガネって、すごいね」
「そうかい?」
「ボクは約束したんだ。いつか、三人で話しをしようって……。今はまだ、どうすればいいのかわからないけど……」
「私で良ければ、いつでも相談に乗るよ」
「ありがとう」

 コハクは、星空を見上げた。
 心の中で、何度も溜め息を吐いて、緊張する心を落ち着かせようとしていた。
 それは、明日の訓練の相手が、ユリであるからだ。
 ユリの性格も気持ちも、それなり理解している。だけど、最初の印象が強すぎて、ユリ対して拭えない感情がある。
 苦手意識が残っていた。
 しかも、明日は二人っきりとなれば、一層、身が引き締まり、身構えてしまうのは仕方ないだろう。
 ユリにとってシロガネは、主人という存在ではない気がした。
 他の式神たちが、シロガネを慕い敬う心には信頼という名の確かな絆が見える。
 そこから派生する愛がある。
 だけど、二人の関係は他の式神と異なる気がした。
 ユリのシロガネに向ける感情は執着、固執に近いのではないだろうか。
 では、シロガネにとってユリの存在は……。
 ぼんやりとコハクは、つらつらと思い考えていた。
 静かに耽ているコハクを、シロガネは何も言わずに、ただそっと眺めていた。

 思いを整えたコハクは、シロガネから話しを聞いてみたいと思った。
「あのね」
「なんだい」
「明日のユリとの訓練の前に、シロガネから聞きたいんだ。その……ユリとの関係を……」
 シロガネの瞳が見開いた。
「何を聞きたいのかな」
「出会った経緯とか。何か特別な繋がりというか……。だって、命を救ったって、救われたって、ユリが言ってたから」
 シロガネとユリの関係を気にして、コハクが心を煩わす。
 その姿に、シロガネの心が跳ねる。
 もう少し、いじらしいコハクを見ていたい。
 シロガネの癖が顕になる。
「コハクが気にする事なんて、何もないよ」
「でも……。他の式神たちと違う気がするのはなぜっ」
「付き合いが長い。それだけだよ」
 コハクがつけているペンダントを握った。
「それは他の式神たちもだ。ボクなんかに比べたら、皆んな、皆んな。ボクの知らないシロガネを知っている……」
 まさに、これは嫉妬ではないか。
 一所懸命に涙をこらえて訴えるコハクの姿に、シロガネの心は歓喜に震えれば至福に浸る。この優越感をコハクが知れば、呆れられるだろか。しかし、冷静になれば、コハクを泣かしていることに罪悪感も抱く。
 シロガネは混在する心を隠した。
「コハク、泣かせてしまってごめんよ」
 シロガネはコハクの頭を撫でた。
「夜更かしになるかもしれないな」
「シロガネっ」
 
 魔物がいる森の奥に、人を騙して誘い込む怪しい者がいるとの噂があった。
 誘われて付いていった者が戻ってくれば、皆、生気がなくなり虚ろであった。しばらくすれば、正気に戻るものの記憶は曖昧で、ほとんど何も覚えていなかった。
 その森の入り口付近に男の姿があった。
「旦那さま、どちらへいかれまして」
 妖艶な女が、男に声をかけた。
「薬草を取りに来た。なんでも珍しい物があるらしいからな」
「あたくし、この辺りには詳しくてよ。よろしければ薬草が生えている場所へ。ご案内致しましてよ」
「それは助かる。頼もう」
 男は女についていった。
 目的の場所へと向かう間、女は楽しそうに世間話を話す。男は静かに聞いていた。
「かなり奥だな。このまま進めば、魔物と遭遇しないか」
「大丈夫ですわ。そろそろ着きますよ」
 案内された場所は薄暗くて妖しい雰囲気が漂っている。
「薬草はどこだ」
「そんなことよりも、あたくしと良いことをしませんか」
「良いこと。はて、何か」
「男と女がすることといえば、ねぇえ」
 女が男に擦り寄って体を押しつける。
 魅惑的な眼差しと微笑みで、男を誘惑する。   
「ほぉ」
 女が男に口づけをしようとしたが、バリンと弾かれた。
 女は驚いて、勢いよく男を突き飛ばす。
 先ほどまでの妖艶な雰囲気は消えて、怒りを滲ませて男を睨んだ。
「あなたは何」
「それはこちらの台詞、人か魔物かどちらだ」
「あたくしは、人、ですわ」
「人が人の生気を吸うのか」
 女は目を見開き驚く。
「なぜそれを……とでも言いたげだな。森の外では、ずいぶんと噂になっておるぞ」 
 男が失笑すれば、女は負けずと高笑いをした。
「ひょっとして、最近、耳にする陰陽師様かしらぁ」
「其方の耳にする陰陽師様というのが、俺なのかは知らぬが、陰陽師には変わらんな。で、どうする」
「どうにも致しませんわ。だって、ここは魔物の森。誰も助けに来ませんもの。あたくしに何かあれば、数多の魔物があなたを襲うわ。たった一人でどうなさるの」
「それが目的か」
「いいえ。少しの間、良い夢を見させてあげて、その対価を頂くだけですわ。だから、大人しくしているのが良くてよ」
「そうか、お前は魔騙物に、なれなかった物なのだな。珍しい」
「何それ……知らないわ……」
 突然、大きな咆哮が鳴り響いた。
「なぜ、今なの! こんな時にどうして! 森の主が起きたわ! ここに来るわっ」
 バキバキと、木々を薙ぎ倒す音が遠くから響いて近づいてくる。一つ目の巨大な魔物が姿を現した。
 ギロリと大きな目を光らせて、男と女を見比べるような素振りをした。
 大きな一つ目で、目は良くないようだ。匂いを嗅いでいる。
 男の存在を確認すれば、恐れた様子で一歩下がった。
 そして、突然、女の方へと疾走した。巨体にしては素早く動き、気がつけば魔物が、女を襲っていた。
 ザクっと、女は切られて血飛沫を放つ、ふらつき地面へと仰向けに倒れた。
 男は、呪を唱えて魔物を拘束する。魔物は暴れるが身動き出来ないでいた。
 魔物が目覚めて、こちらに向かってきたのは、陰陽師の男の呪力に当てられたからだった。
 自身のモノを取られる前にという本能だ。
 男は、血を流して倒れている女に近づいた。
 このまま放っておくけば死ぬだろう。
 そんなことを思いながら眺めていれば、女の呼吸が止まった。
 すると、女の体から光が溢れて包んだ。光が静かに消えていけば、傷は治りて息を吹き返していた。
「ほぉ」
 その様を目の当たりにした男は感嘆する。
 目を覚ました女が、男を見る。
 次に拘束されている魔物を確認すると、驚いた様子で、再び男を見た。
 ゆっくりと起き上がる女に男が尋ねる。
「この魔物とお前の関係を聞こうか」
「あたくしの飼い主……なのかしら」
「お前を狙ったのはなぜだ」
「ここに来てから、ずっとそうよ」
「なるほど。お前が再生する時に膨大な呪力が溢れる。それを欲しているのだろうな」
「そう、なの……」
「そして、お前は力を補う為に生気を必要なわけか」
「そうよ。少しだけ人の生気をもらうの」
「しかし、その回復力は凄いな。いつからだ」
「ここに来てから……いいえ、昔からかも」
「ここに至る理由に興味はないので聞かぬが、ここから出たくはないか」
 女は驚きながら上擦る声で答える。
「出たいわっ。でも、でも魔素がなければ……。ここから出れば、この姿を保てないわ。本当の魔物になってしまう」
「それを知っているならば問題ない。今一度、死ぬがいい。死んだ後は、その魂を浄化してやろう。そして、輪廻の輪に戻してやる。さすれば、人として生まれ変われるだろうよ」
「そんな事、できるわけ……。あなた……何者なの」
「唯の陰陽師だ」
「あなた嘘つきね」
 女は涙を流した。
 ここから出れないまま、死んでは生きてを繰り返す。望まない生でも、生きているならば生きる行為をするだけだった。
 終わらない毎日が終わり、新たな生へ。
「あたくしの名前はユリ。あなた様の名をうかがってもいいかしら?」
「必要ない」
「あなたを忘れない。だから、あたくしを忘れないで」
「約束はしない」
「生まれ変わったらあなたを見つけるわ」
「運が良ければな」
「あなたを見つけてたら側にいてもいい」
「来世を全うし、その呪力を持って役に立つならば考えよう」
「ありがとうございます」

 話し終えたシロガネが、ふぅと息を吐いた。
「以上がユリと初めて会ったときの話しだよ」
「なんだか、思っていたのと少し違った……」
 コハクは、少し剥れているような雰囲気を出している。
「何をどう思っていたのやら」
「もっと、こう、色っぽい話しかなぁ……と」
 シロガネは困惑しながら苦笑する。
「ううん。そういう感じもあったよね」
「何もないからね」
「でも、再会したからこそ。シロガネの側にユリがいるんだよねっ」
「そうだね」
「じゃあ、その時の話しを聞きたいっ」
「その辺りは本人に聞けばいいさ」
「でも……。ユリは生まれ変わっても覚えていたんだ。シロガネに対する思いの強さ、執着は本物だ。ねぇ、シロガネはユリをどう思っているの」
「他の式神たちと同じさ」
「でも、でも」
「嫉妬してくれて嬉しいよ」
「なっ、何を言ってるの、そんなんじゃないからねっ」
「おや、違うのかい、残念だよ」
「え、えっと、違わないから」
 シロガネが悲しそうな顔をするので、思わずコハクは肯定した。
「良かった、嬉しいよ」
「もう、やめて恥ずかしいから」
 シロガネが、ククッと愉しそうに笑った。
「だけど、本当に何もないんだよ。ユリの態度は持って生まれた性分で、気にしてなくて放っておいたが。コハクが気になるなら改めてさせよう。と言っても、言うことを聞けば良いが……」
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
「わかっているよ」
 シロガネがニヤリと笑ったので、コハクはしてやられたと拗ねた。
「シロガネのイジワル」
「ごめんよ。まぁ、確かに過去は気になるね。私もいつか、コハクの過去に嫉妬するんだろうね」
「えっ、ボクの過去……嫉妬?」
「するよ。するに決まっているさ」
 シロガネが思わせぶりな微笑を浮かべるので、コハクはあたふたした。
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