八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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54シロガネとユリの二度目

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 遊郭で遊女が死んだ。
 刺した刺されたの人情沙汰は、男と女の愛憎交われば、良くある話である。
 その結果が、死に至る場合もあり得るのも、また繰り返される話しだった。
 だから最初の始まりに、誰も気づがないし、気にかけない。
 ある日を境に、立て続けに遊女が何人も死んでいった。
 刃物で刺されたり、毒を飲まされた形跡がなく、共通するのは、皆、体に、いくつもの痣があったという事だった。
 遊女たちの間で、何かの流行り病が蔓延しているのではと考える。
 しかし、誰かが「これは呪いだ」と告げた。
 流行り病か呪いか。
 どっちにしても、そんな噂が広がれば、遊郭に客が来なくなっては商売に影響してしまう。
 そこで、遊郭で商売をする者たちは、ある陰陽師に清め祓いを依頼した。

 依頼を受けた陰陽師が、遊郭を訪れた。
 歩きながら何やらブツブツと呟く様子に、案内を任された者は気味悪く思いながらも、事の顛末の説明する。
 既に亡くなった遊女は十人以上になっていた。最後に会った者たちは、口を揃えて、いつもと変わりはなかったという。
「皆、客であろう」
「はい、そうですが、よくおわかりで……」
 最後に会った者としか伝えていないのにと、案内の者は驚いた。
「犯人はその客だ」
「しかし皆、別人ですよ」
「その客たちには共通する事があるはずだ」
「検討がつきません」
「亡くなった遊女以外に、贔屓の遊女が同じ」
「まさかっ。そんな偶然……」
「調べてみればわかる。客たちは呪詛を撒き散らしている自覚はないだろうがな」
 その後、調べてみれば、陰陽師が言った通りに、ある遊女が浮上した。
 陰陽師は、その遊女に会いにいく事にする。

「姉様に陰陽師の方が会いに来るそうです」
「そう」
 側使いの少女が、遊女に声をかけた。
 それからまもなくして、店の番頭と陰陽師が、遊女の部屋を訪れた。
「すまないね。遊女たちが亡くなる件を知っているだろう。その事で、陰陽師の方が、お前さんに話しを聞きたいそうだ」
 店で一番の稼ぎ頭の遊女なので、番頭も頭が上がらないようで、気を使うように話しを進めている。
「そう。お話し、さっさと済ませて下さいな」
 鏡で化粧をしながら話していた遊女が、振り向いた。
 陰陽師を見た瞬間、雷に撃たれたごとく、息を止めて見つめたまま動かない。
「どうしたんだい」
 番頭が遊女に声をかけた。
「え、えぇ。何も……」
 まだ、陰陽師を見つめたまま、声を上擦りながら遊女が答える。
 そんな様子を気にする事なく陰陽師が尋ねる。
「単刀直入に言おうか。男の生気を吸って呪詛を施し撒き散らすのは辞めよ」
「なに、何を言っているかしら?」
「無意識か。魂の核が魔に染まっているならば、いくら浄化しても上部だけになるな」
「何を言っているのか。意味がわからないわ」
 遊女の呟きに、番頭が頷く。
「遊女である自身が、大嫌いだろう」
 遊女が目を見開いて、フッと息を吐いた。
「好き好んで、この仕事につく女などいるわけがありませんわ。可哀想に皆、売られてここにいるのですもの」
「人はそれぞれの運命を受け入れて生きていくものだ」
「あなたに何がわかるのっ」
「わからんよ。だが、己の運命を嘆き、魔の力で他者を死に至らしめるのは、陰陽師として見過ごすわけには如何のでな」
「さっきから何をおっしゃるの、魔ってなに」
「あの時、滅してやれば良かったな」
 遊女は震えた。
 頭が痛くなる。
 知らない記憶が走馬灯のように走る。
 イヤ、ダメ、呑まれる。たくさんの負の感情が集まってくる。
 遊女の姿が、魔物に変化していく。
「巻き込まれたくなければ、外へ出ろ」
 陰陽師が番頭に告げた。
 番頭は腰を抜かして立てないが、這いずりながら外へ出た。

「ここまでとは想定外だったが、しかし念には念は大事だな」
 陰陽師は苦笑する。
「世の理を絆ぎ、世の理を悟る。我が名はシロガネ。神名を司るは我がなり。契約せし我が眷属たちよ。その名は、ザクロ、スイセン。ゲンゲに命ずる。その力は我が物ぞ、参れ」
 呪法陣から眼光鋭い小柄な男と切れ長の美丈夫水、そして大柄の男が現れた。
 三人ともシロガネに一礼をして臨戦体制をとる。
「時間を稼げ、出来る限り弱体化せよ」
「御意」
 三人の式神の声が重なる。
 小柄な男、ザクロと美丈夫のスイセンは前線にて戦闘をして、大柄な男、ゲンゲは後方で守備する。
 シロガネは再び召喚の呪を唱えた。
 現れたのは翼の生えた二人の少女だ。
「この遊郭で生きる者たちの怨み辛み。それに加えて、今まで蓄積された憎しみが、全てここに集まっている。かなりの量の怨念だ。心してかかれ」
「はいっ」
 二人の少女が緊張した面持ちで返事する。
 白い翼の少女のナデシコが浄化と前衛の回復を、黒い翼の少女のスミレは魔素を吸収する。
 その間に、シロガネは術式を展開した。いくつもの呪を重ねていけば、呪法陣は複雑に形を変えていく。
 シロガネの呪法陣の準備が整った。
 前衛も後衛も疲労困憊だ。皆、まだまた式神として力不足だった。
 魔物の力は変わらずだ。
 だが、時間稼ぎとしては充分な働きであった。
「避難は済んだようだ。皆、下がれ」
 シロガネはここに来る前に、遊郭内に式神を散りばめていた。
 非常事態時に人々を避難させて、その後は魔素が溢れないようにと、遊郭全体に結界を張るためだ。
 シロガネは展開している呪法陣を魔物に、否、魔騙物に施す。
 みるみると浄化されて魔素が消えていく。
 魔騙物は人の姿に、遊女に戻っていた。
 しゃがみ込んでいる遊女に、シロガネが近づいた。遊女が涙を流してシロガネを見つめた。
「あたくし、ユリでございます。ずっと、あなたの夢を……恋い焦がれて、お会いしとうございました」
「もう、楽になれ。この世はお前にとって苦しいばかりのようだ」
「いや、いや。せっかく会えたのに。消えたくない。あなたの側にいたい」
 ユリが、胸を抑えて苦しみ出すと、魂を魔に染めていた魔素が溢れ出した。
 大量の魔素が黒い霧となってシロガネを包み込んだ。
「シロガネ殿」
「皇」
「シロガネ公」
「主人様」
「旦那様」
 式神たちがシロガネを叫んだ。
 シロガネは魔素に耐性はあるが、今、放たれている魔素量は明らかに桁違いだ。
 いくらなんでも、許容範囲を超えているだろう。
 シロガネを包んでいた魔素が次第に少なくなっていく。ユリの魂から全ての魔素がシロガネの中へと吸い込まれていった。
 黒い霧が消えて、シロガネの姿が顕になれば、銀髪は黒く染まり、顔や首、着物から見える手足には、蔦のよう痣がぎっしりと浮き上がり描かれている。間違いなく全身を覆っていた。
 シロガネの魂が、完全に魔に染まる前に浄化をしなければならない。
 伏せて倒れているシロガネに、ナデシコとカリンが駆け寄った。
 ナデシコが浄化と回復の術を施す。スミレは魔素を吸収する。だが、今の二人の力では焼け石に水だった。
「しぬの……」
 無気力なまま、ユリがポツリと呟く。
「あなたのせいよ!」
 スミレが怒りを顕にして泣き叫ぶ。
「死なない。死なせない。けどけど、主人様ではなくなるから、それは絶対に駄目よっ」
 ナデシコは、自身を奮い立たせる為に答えた。
「だめ、いや、一緒にいるの」
 二人の言葉に反応したユリの体から、光が放たれた。
 シロガネの体に大量の光が注がれていくと、体中の蔦の痣が消えていった。
 回復と再生が行われて、シロガネの意識が戻った。
「旦那様」
「主人様」
 スミレとナデシコの声に、シロガネが反応して起き上がった。式神の皆が安堵の表情を見せた。
 シロガネは、ユリを見た。
「やっと目覚めたか」
 ユリは目を見開く。
 その意味を知り、涙を溢した。
 それは、ユリの魂から完全に魔素を無くす為に、シロガネが自身に吸収させた。そして、ユリの回復と再生のを引き出したのだ。
「どうか、どうか。この力はあなたの物です。この力をもってお仕えしたく存じます」
「なら遊女として、まだ生きていかなくてはならないぞ。年季があけて、世に出ても生涯を懸命に生きよ。さすれば、その願い叶えよう」
「はいっ」
 ユリは、涙を流して深々と頭を下げた。

「話しをしてくれて、ありがとう。……その、ユリの哀しさをボクは……何も知らずに……」
「あたくしの哀しみは、シロガネさまとの大切な思い出です。誰かに話したところで色褪せることはございませんので、ご心配におよびませんわ」
「ボクもユリの思いを大切にするね。シロガネに会えて良かった。そして、シロガネを助けてくれて、ありがとう」
「次はコハクさまの番ですわ。あたくしの思いを貴方に託しますの」
 コハクは、ユリの思いを受け止めて、ゆっくりと噛み締めるように頷いた。
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