職も住処もなくした私が訳ありアパートの管理人にスカウトされました。何やら事情があるようです。

ピヨピヨ

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風呂? これって、温泉なんじゃ……

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 家に帰るとすぐ、晩御飯の支度を始めた。鍋に湯を沸かし顆粒のカツオ出汁をいれ、味噌をいれ、揚げと豆腐を入れる。久しぶりの味噌汁だ。駅前のスーパーで買ったレトルトご飯をレンジでチンして、これを卵が毛ご飯にする。
ささやかな食事だが、満足だ。
 調味料は高いから、少しずつそろえていこう。それにフライパンもほしい。

 器は百円均一で買ってきた。ああ幸せ。自宅は駅から徒歩5分で、会社まで一駅だなんて、夢みたいだ。まあ電車は環状線で死ぬほどこむけれども。
 いままでの生活に比べたら雲泥の差だ。派遣社員をしていた頃は郊外から、都心まで通勤に1時間かかるなどざらだった。

 元カレに騙されて捨てられたことなんて、すっかり忘れてしまいそうだ。やはり人生はどこかで帳尻が合うようになっている。いままでついていないことが多かったから、これからきっといい事ばかり怒るに決まっている。
 せっかく鍋も買ったことだし、明日はおでんにしよう。葵は新生活に胸を躍らせた。

 それから、タオルと着替えを準備して、ワクワクしながら、地下の風呂に行ってみる。滝崎から貰ったカードキーで非常階段に設置されている地下専用のドアを開けた。掃除の行き届いた階段を下りて行くと、男湯には紺、女湯には桜色の暖簾がかかっていて、風情がある。

 入口には間接照明が使われていて、燈篭にゆらゆらと火が灯っている。さながら温泉宿のような雰囲気だ。これほど本格的なのに、ここの管理人はタダだと滝崎は言っていた。外湯として利用したらいくらかかるのだろう。
 

 暖簾をくぐった先には、衣類を入れる籠とロッカーがある。掃除が隅々まで行き渡りとてもきれいだ。一体だれが管理しているのだろう。紹介されてはいないし、それらしい業者の情報は葵の手元にはない。よほど優秀な人なのだろう。

 脱衣所で脱いだ服を丁寧にたたむ。
 洗面道具とタオルをもって、ガラガラとすりガラスの引き戸を開くとそこはまさに温泉。岩風呂で湯気の向こうに広い空間がある。
(あれ、このアパートの地下、こんなに広いんだ。基礎工事とかどうなっているのだろう?)

 ーー違和感を覚えたが、無視することにした。

 そして、滝崎が言っていた風呂のペンキ絵だが、富士山ではなく竹林が描かれていて、目を凝らすと竹林の先遠くのほうに鳥居がみえ、神社のようなものがある。夜空に月が出ていて幻想的な雰囲気だ。
 銭湯のペンキ絵は上の方にあるイメージだったが、ここのは床のほんの少し上から描かれている。絵の中に入れそうな錯覚を覚えた。
 
 確かにこれはそばによって触れてみたくなる。そんな好奇心をぐっと抑えた。
まずかけ湯をして体をざっと洗い、長い髪をピンでとめ、風呂というより温泉に入る。乳白色の湯はとてもなめらかで、疲れや寒さがほどけて行くようだ。

(幸せ……)

 本当に極楽だ。しばらくゆったりと風呂につかっているとちゃぽんと水のなる音がした。みると湯気に向こうに髪の長い女性が湯につかっている。先客がいたことに気が付かなかった。湯気のせいで顔は見えない。外湯もあると言ういうし、風呂い岩風呂の端と端、わざわざ挨拶の必要もないだろう。

 その晩、葵は心ゆくまで温泉を堪能した。


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