7月21日の雨1 ~七夕の逢瀬を思い出し……~

壬生葵

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 妻とまみえしあの日から早二週、幾歳を重ねようとも、この寂しさから逃れる術を知らないままだ。
 己の不徳が故にこのような境遇に陥ったものの、未だに彼女とは一年に一度しか会えていない。

「やれやれ、これで夫婦といえるのだろうか」

 家畜の牛に向かって一人愚痴る。もはや妻よりもはるかに長い時をこいつと連れ添っている。
 情が湧いた余り、人としての道を踏み外しかけたこともあったが、地上の者が同じようなことを試みた結果、牛と結婚させられた逸話を思い出し、過ちを重ねずに済んだ。お義父さんにそのような所を見られたら、とんでもないことになっていただろう。

「まぁ今ぐらいの距離感も悪くないのかもしれないな」

 下界の様子を見ていると、夫婦の在り方も時を経るごとに変化している。各々の事例を観察してみるに、私達の関係も存外心地よいものなのかもしれない。
 とはいえ、寂しさや侘しさの感情が止めどなく湧き起こっているのも事実だ。特に会った後のこのひと月は、男としても辛いものがある。
 するつもりは毛頭ないが、不貞を働けば、星屑の一片も残らぬ裁きを受けることになるだろう。だから丸一年は妄想、それと下界の電波を借りて、妻似の女性で己を慰めることで乗り切るしかない。
 そんな訳だから当日は非常に燃え上がる。一年間温めてきた妄想と募りに募った妻への思いが爆発するのだから無理もないと思う。年々熱くなっているが、今年も熱くて暑い夜だった。もしかしたら、会った時の熱が激しすぎるが故に、「こいつらをまた同棲させたらまずい」とでもお義父さんに思われているのかもしれない。
 ただ、そうして盛り上がるほどに祭りの後は寂しくなるものだ。まだかすかに残る妻の香を鼻に感じる度に、逢瀬の日のことを思い出して自分でもどうしようもなくなる。
 潤んだ瞳、赤らんだ頬、乱れた髪、吸いつきたくなる唇、悶える声、首筋の香り、しっとり汗ばんだ肌、揺れる息遣い、混ざり合う体液、熱く濡れた……。

「いかんな……」

 思い出したせいでまたむらむらと欲望が立ち昇る。
 想像にかまけて仕事の手も止まっていた。
 牛が純真な目でこちらを見つめている。こいつのように無垢でありたいが、ままならぬものだ。まあ、妻が可愛すぎるのが悪いのだ。
 そんなことを考えつつ、一通り仕事を済ませ、今日は早々に切り上げて家に帰ることにした。
 さて、今宵はどのようにしてこの情を紛らわそうか。



 夫とまみえしあの日からまだ二週、歳月を重ねるほどに彼への思いは募るばかり。
 自身の怠慢が原因だけど、未だに一年に一度しか会えないなんて、お父様もいい加減許してくれても良いのに。
 ただ彼との逢瀬を夢見ながら、機織りに精を出す日々。
 その遥けき時の中で積んだ研鑽が実を結び、今でも自動織機に仕事を奪われていないのは、ひとりぼっちの私の唯一の自慢だ。
 でも……。

「今どうしているのかな……」

 どうしてもあの人のことを想わずにはいられない。お互い独り暮らしは長いし、さすがにご飯や家事の心配はしていない。一時の気の迷いや誘惑すらも起こらず、今あるのはただ純粋な思慕のみ。
「年一度の機会だし、少しはお洒落した方がいいのかな」なんて考えて、頑張ってみたら変に困惑させてしまったこともあったな。
 喜んでもらえなくて少しショックだったけど、離れ離れになってもありのままの私を愛してくれていることがわかって嬉しかった。
 慣れないことをしたせいか、お父様もすっごくびっくりしていたな。今思えば、あの時が最後の譲歩のチャンスだったのかもしれない。

「次の一年が長いなあ」

 それでも隔絶された環境のおかげで浮気の心配が不要な分、ましな方なのかもしれない。
 今の私の状況を電波に乗せてみたら、「悲劇のヒロイン気取りですか?」とか、「恋人いるアピールうざったい」とか、世間の不興を買うのだろうな。
 人とのつながりは希薄だけど、その方が悩みは少ない気がする。でも本当は羨ましかったり。
 だって悩みを話せる相手は、たまにうちの近所にやってくる鵲だけなんだもの。
 まあその悩みも人に言えるようなことじゃないんだけど……。
 きゅっと衿元を握り、胸のざわめきを抑え込む。この悩みについて思いを馳せれば、二週前の熱夜がどうしても頭の中をよぎる。
 もっと一緒にいたかった。もっと声を聞きたかった。もっと話したかった。もっと手を握っていたかった。もっと見つめ合いたかった。もっと寄り添っていたかった。もっと抱き締められたかった。もっと口づけを交わしたかった。もっと彼を感じたかった。もっと……。

「もっと……」

 頬から伝い落ちた涙が、織機にかかったままの布を濡らす。季節ごとに色を変えるそれは、涙に触れて瑠璃色に色を変える。

「あらら、これじゃダメね」

 私は未完成の布を織機から切り離す。濃色の染みが私自身の意思を切々と訴えかけてくる。
 溢れたものは私の欲望。
 切なくて、熱くて、誰にも伝えられない秘めたる思い。これを癒してくれるのはあの人とのひと時だけ。
 でも、それが再び叶うのも次の年のこと。
 今、私には彼を想いながら己を慰めることしかできない。自分の浅ましさが嫌になるけれど、体の奥で燻ぶる熱情はそれを拒むことを許してくれなかった。


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