午前2時、 コンビニの灯りの下で

結衣可

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第1話 午前2時のコンビニ

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《登場人物》

芹沢 智也(せりざわ ともや)
 年齢:27歳
 職業:会社員(IT関連の事務職)
 性格:几帳面で穏やか。誰にでも丁寧に
    接するが、どこか距離を置く。
    人付き合いが苦手というより、
    “疲れてしまう”側。
 外見:黒髪短め・前髪が少し落ちる整った
    顔立ち。
    メガネをかけていることが多く、
    スーツ姿ではきっちりした印象。
    休日は無頓着で、くたびれたシャツを
    好んで着る。

成瀬 海(なるせ かい)
 年齢:22歳
 職業:大学生(教育学部・夜勤バイト)
 性格:一見明るくて人懐っこい。
    根はとても繊細で、人の寂しさに
    敏感。
    誰かを放っておけない性分。
    笑っているのに、どこか影のある
    笑みを浮かべることがある。
 外見:やや長めの髪を後ろで軽く結ぶこと
    もある。
    黒髪に近い焦げ茶で、目元は優しい
    印象。
    笑うと頬にえくぼが出る。
    制服の下に私服の白Tを着ていて、
    清潔感がある。



 午前2時、外はすっかり風が止んでいた。アスファルトは冷えきっていて、歩くたびに靴底が小さく鳴る。
 街路樹の影が伸び、夜の静けさがまるで息を潜めるように張り詰めていた。

 その中を芹沢智也は、ひとり歩いていた。
 会社から帰宅しても、眠るべき時間をとうに過ぎても、目は冴えたままだ。
 この数年、眠れない夜が増えた。仕事のストレスというよりは、生活のリズムそのものがどこか壊れている。
 家に帰っても誰もいない。
 冷蔵庫にはペットボトルの水と、賞味期限を過ぎた食パン。
 テレビをつけても内容は入ってこない。ニュースキャスターの声が、ただのノイズに聞こえる。

 眠れないなら歩けばいい──そう思って外に出た。
 無意識に足が向かうのは、いつものコンビニだ。

 白い灯りが遠くからでも見える。
 この時間に光を放っているのは、街でここだけだ。
 その明るさが好きなわけではない。ただ、孤独を忘れさせてくれる“存在”のように感じるのだ。

 自動ドアが音を立てて開く。
 冷たい空気が肌にまとわりつく外とは対照的に、店内はほんのりと温かかった。
 湯気混じりの肉まんケース、コーヒーマシンの音、電子レンジのピピッという合図。
 静かだけれど、人の気配が確かにある空間。

「いらっしゃいませー」

 その声が、やけにやさしく響いた。
 低すぎず、高すぎず、耳に残る柔らかな声。
 智也は思わずそちらを見た。

 レジの奥で、ひとりの青年が立っていた。
 黒髪に近い焦げ茶の髪、眠たげなのにどこか透き通った目。
 年の頃は20歳そこそこだろう。黒いエプロンの下から覗く白いTシャツが、店の蛍光灯に淡く照らされている。

 見慣れた店員ではなかった。
 たぶん、夜勤の新しいバイトなのだろう。
 そう思いながらも、智也の足は自然と店内をゆっくり回り始めた。

 目的があるわけでもない。ただ、棚を眺める。
 冷凍食品、スナック菓子、カップ麺。
 仕事帰りに立ち寄る人、夜勤明けの人、眠れない人──この店には、そんな人たちが何人も訪れている。
 けれど今夜は、客は智也ひとりだった。

 湯気が立つおでん鍋の前で立ち止まり、智也は思考を止めるようにしてコーヒーを取った。
 温かい缶を握ると、手のひらが少しだけ安心する。
 そのままレジに向かうと、青年がゆるやかに微笑んだ。

「寒いですね。あったかいの、助かりますよね」

 当たり障りのない一言が、智也の胸に妙に深く刺さった。
 ただの接客マニュアルではない、何かがあるような気がして。

「……そうですね」

 そう返すのがやっとだった。
 声が少し掠れていることに、自分で気づく。
 何かを話したいわけでもない。ただ、この温度を壊したくなかった。

 ピッ、とレジの音が鳴る。
 受け取ったレシートをポケットに入れようとした瞬間、智也の指先が青年の手に触れた。
 ほんの一瞬。
 それだけなのに、驚くほどあたたかい。

 冬の夜、誰かの手に触れるのはいつぶりだろう。
 恋人と別れてから、もう2年近く経つ。
 誰かと過ごす時間が面倒になり、孤独がいつの間にか“慣れ”に変わった。

 でも──。
 今、その“慣れ”が少しだけ崩れた気がした。

「お気をつけて」

 海の声に顔を上げる。
 真正面から目が合った。
 店の蛍光灯が彼の瞳に反射して、きらりと光る。
 その瞳は、眠たげな印象とは違って、どこか真剣だった。

 智也は軽く会釈して、外に出た。
 ドアのベルが小さく鳴り、冷たい夜気がまた頬を撫でる。

 振り返ると、ガラス越しに青年が棚を整えていた。
 背中越しのその姿を見ながら、智也は思った。
 たった一言で、空気の温度が変わる。
 そんな感覚が、まだ自分にも残っていたんだ、と。

 缶コーヒーを口に含む。
 少し苦くて、でも確かに温かい。
 灯りの向こうで、青年がふとこちらに顔を上げた。
 目が合った気がして、智也は慌てて視線を逸らす。

 どうしてだろう。
 見知らぬ青年の声や仕草が、こんなにも心に残るなんて。

 夜道を歩きながら、智也は自分に言い聞かせる。
 「疲れてるだけだ」
 「誰にでもあることだ」
 でも、胸の奥は妙に温かく、そして少し寂しかった。

 この時間にしか会えない誰か。
 その存在が、明日の朝にはもう遠ざかってしまうような気がして、眠れぬ夜が、また少し長引きそうだった。

 ──それでも、次の金曜日も同じ時間にこの道を歩くだろう。
 コンビニの灯りが、そこにある限り。
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