溺愛王子様の3つの恋物語~第3王子編~

結衣可

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第8話 危うい衝動

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午後の渡り廊下、ガラス越しに柔らかな光が差し込み、風が白いカーテンを揺らしていた。
人気のない廊下を、ユーリは両腕に本を抱えて歩いていた。
体調はほぼ戻ってきたが、まだ時折、胸の奥に余韻のような疲労を感じる。

(……今日は、体調が悪くならずに授業ができた。ほんとによかった……)

自分に言い聞かせるように胸を撫で下ろした瞬間、角を曲がったところで影が重なる。

「先生。もう動いて大丈夫なんですか?」

書類の束を抱えた副会長セオドアが立っていた。
整った立ち姿と、冷静な眼差し。その声にはどこか柔らかな響きが混じっている。

「あ……セオドアくん」
思わず驚きの声を漏らし、ユーリは慌てて笑顔を作った。
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい」

セオドアは軽く肩を竦め、安堵の色を浮かべる。
「会長が、ずっと心配してましたよ」

「……そっ、そうですか」
ユーリはふっと目を伏せ、頬をほんのり赤く染め、唇に小さな笑みを浮かべた。
その表情に、セオドアはわずかに眉を動かした。
(……こ、この顔は)

「あ、あの、セオドアくんもありがとうございました」

「……えーと、何かしましたっけ?」
意外そうに問い返すと、ユーリはためらいなく頷いた。

「きっとクリストフの手伝いをしてくれたんだろうなぁって」

ふわっと笑うその表情に、セオドアは一瞬言葉を失った。

(……無自覚に人を寄せ付ける方だな、先生は。)

「……いえいえ、そんなことよりも先生が無事で本当に良かったですよ」
セオドアは書類を抱え直し、小さく笑った。

(……なるほど。会長が惹かれるわけだ。俺だって……この笑顔は守りたくなる)

去り際、セオドアは横顔を振り返り、静かに目を細める。
(……さて、二人の為に何ができるだろうか)

廊下の光に照らされる二人の背を、春の風が静かに撫でていった。


夕刻になり、赤く染まる夕陽が壁を照らし、長い影を伸ばしていた。
人気のない回廊を歩くユーリは、本を胸に抱えて小さく息を吐いた。

(……セオドアくん、優しいなぁ……)
思い返して、くすりと微笑む。
しかし、その笑みは不意に遮られた。

「先生」

背後から呼ばれ、はっと振り返る。
夕陽を背に立っていたのは、クリストフだった。
光に照らされた金の瞳は柔らかに輝いているのに、その奥にはどこか鋭い光を宿している。

「ク、クリストフ……どうしたの?」

「先ほど、先生が副会長と楽しそうに話しているところを見かけました」

「えっ……あ、セオドアくんが心配してくれて……声を」
慌てて手を振るユーリの仕草に、クリストフはふっと笑みを浮かべた。

「ええ、分かっています」

「じゃ、じゃあ……」
安堵しかけたその瞬間、クリストフが一歩、踏み出した。
距離が縮まる。
壁際に追い詰められるように、ユーリは背をぶつけ、肩を震わせた。

「……ただ」

低い声が耳元に落ちる。
夕陽の温度よりも熱い吐息が、頬をかすめた。

「先生がこれ以上無自覚に近づくなら……閉じ込めてしまいたくなりますね」

「っ……!!!」

耳まで一気に真っ赤になり、ユーリは慌てて顔を本で覆った。

「な、なに言ってるの!? そ、そんなの冗談でもだめだよ!」

「冗談ですよ」

さらりと答える。
だがその声は、どこか愉しげに低く響いた。

「半分は」

「~~~~っ!!!」

声にならない悲鳴を飲み込み、ユーリは視線を逸らす。
胸が暴れ、心臓が破裂しそうに跳ねる。

クリストフは少し身を離し、夕陽を背に微笑んだ。
完璧な会長の仮面をまとったまま――彼のその瞳だけは熱に揺れていた。

「……ちゃんと忘れないで。俺がどれだけ先生を独占したいと思っているか」

「……っ!?」

「お願いしますね?先生」

顔を覆ったままのユーリは、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
その姿を満足げに見つめ、クリストフは再びゆっくりと歩み去る。
残された校舎裏には、夕陽に染まる影と、甘く危うい空気だけが漂っていた。
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