禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可

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第6話 恐れ

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 セドリックが嫉妬を露わにしたあの日以来、カミルは意識的に彼との距離を取るようになった。
 書物を渡すときも言葉は最小限に留め、視線を合わせることも避けた。
 彼が禁書庫に来ても、自分はただ職務を果たすだけ──それ以上の関わりは持たないよう努めた。

 しかし、それはかえって逆効果だった。

「……カミル。何があった?なぜ、俺を避ける?」

 いつものように資料を求めてやって来たセドリックが、不意に言葉を投げかけてきた。
 カミルの手がぴたりと止まる。

「……気のせいです」

「気のせいだと?なら、なぜ目を逸らす?」

「そんなつもりは……ありません」

 事務的に返す声。
 しかし、セドリックの視線は鋭く、逃げ場を与えてくれない。

「俺だけを避ける理由はなんだ?」

「……」

 琥珀の瞳がまっすぐに射抜く。
 カミルは答えられず、ただ本を机に置いた。

 セドリックは椅子から立ち上がり、歩み寄ってくる。
 机を挟んでいた距離が縮まり、カミルの鼓動が高鳴る。

「俺に隠すな」

 低い声が耳に届き、胸を突いた。

「……隠してなど」

「嘘だ。お前は何かを恐れている。だから俺を遠ざける」

 強い言葉にカミルは思わず一歩後ずさった。

 ──図星だった。

 学園時代の忌まわしい記憶。
 再び姿を見かけてしまったあの騎士。
 もしセドリックがその事実を知れば、彼はどう思うだろう。
 軽蔑し、幻滅し、二度とここに来なくなるに違いない。

「……知られたくない」

 掠れた声が零れた。

「?」

「……あなたにだけは、知られたくない」

 苦しげに絞り出すその言葉に、セドリックの目が揺れる。

 しばし沈黙が流れた。
 カミルは視線を伏せ、肩を震わせる。
 セドリックは一歩踏み出しかけて、しかしそこで立ち止まった。

「……分からないな」

 彼の声は低く、苛立ちと戸惑いが混じっていた。

「何をそんなに恐れているのか。俺には想像もつかない。……だが」

 言葉を切り、深く息を吐く。

「今ここで無理に聞き出しても、お前は俺を拒絶するだけなんだろう」

 それは珍しく、諦めを滲ませた声音だった。

 カミルは顔を上げられなかった。
 セドリックが求めているのは「真実」なのに、自分はそれを渡すことができない。
 渡せば全てが壊れる。そう信じているから。

「……ただの、私の我儘です」

 苦しいほど静かな声でそう告げると、セドリックは眉を寄せた。

「……そうか。なら、今はそれ以上聞かない」

 その言葉に安堵と同時に、胸が締め付けられる。
 彼の優しさは、時に残酷だ。
 本当はもっと知りたいと願っているのに、それを抑え込んでしまう彼の真剣さが、かえって自分を追い詰めていた。

 セドリックはため息をつくとカミルに背を向け、扉へ向かう。
 重い足取りが響き、手が扉にかけられる。

「……カミル、いつか必ず聞かせてもらう。お前が何を隠しているのか」

 その言葉だけを残し、扉は閉ざされた。
 残されたカミルは、机に手をついたまま深く息を吐いた。
 心臓が激しく打っている。
 恐怖と同じくらい、期待が混ざっていた。

(……なぜ、こんなにあの人に知られることが怖いのだろう)

 もし他の誰かであれば、拒絶の言葉も容易だった。
 セドリックだけは──彼にだけは、自分を軽蔑してほしくなかった。
 それはつまり、自分が彼を特別視している証拠に他ならない。

「……私は……」

 声は掠れ、涙が一筋零れ落ちる。
 禁書庫の静寂が、己の心音だけを大きく響かせていた。

 
 扉の向こうでは、セドリックもまた複雑な思いを抱えていた。
 あの冷静な司書が、あれほど苦しげに顔を歪めるなど、今まで見たことがなかった。
 何を恐れているのか。
 なぜ「俺にだけは知られたくない」と言ったのか。

 疑問は尽きない。
 その秘密の奥に踏み込みたい衝動がさらに強まっていた。

 セドリックは拳を握り締め、夜の廊下を歩き出した。
 ──カミルに何があった?
   何を隠している?

 カミルが隠す理由を暴き出すまで、この気持ちは決して収まらない気がした。
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