溺愛王子様の3つの恋物語~第2王子編~

結衣可

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第3話 護衛

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「ライナに――何をしている?」

低い声が執務室に響いた。
その場にいた二人が、同時に振り返る。

扉口に立つのは、第1王子レオナード・フォン・グランツ。
漆黒の髪と金の瞳が、冷ややかに宰相を射抜いていた。
その一瞥に、場の空気が一瞬で凍りつく。

「兄上……!」
ライナは慌てて立ち上がり、頬に残る熱を隠すように片手を上げた。
レオナードの声音は一層低くなる。

「もう一度聞こう、宰相。ライナに何をしている?」

机越しに立つカール・ヴァイスベルクは、手を頬からゆっくり下ろし、背筋を伸ばす。
鋭い眼光を受け止めながらも、胸の奥がざわついていた。

「ち、違うんだよ!」

ライナが慌てて間に入る。

「宰相さんはただ……俺が市井に降りてるのを知って、心配してくれただけで――」

「心配するだけなら、触れる必要はない」

レオナードが冷酷に言い切る。
その腕が素早くライナの肩を抱き寄せ、後方へと庇った。

「……っ」

不意に引き寄せられたライナは、耳まで真っ赤に染めて俯く。
胸の奥に湧いた動揺を必死に誤魔化すように、唇を噛んだ。
レオナードは視線を宰相から外さない。

「そもそも、市井への視察はライナ自身の意向だ。……すべての報告は俺に上がっている」

「……っ」

カールの目がわずかに見開かれる。
レオナードは続ける。

「ライナの報告書は簡潔で、核心を突いている。……正直、重宝している。やめさせられては困る」

「ひ、ひえぇ……」

不意に褒められたライナは顔を真っ赤にしてうつむく。

「そんな、大げさな……俺はただ、街を歩いて感じたことを書いてるだけで……」

その反応に、レオナードの表情がわずかに和らいだ。
冷酷な第1王子ではなく、弟を慈しむ兄の顔だった。

一方でカールは、胸の奥に鈍い衝撃を覚えていた。

(……報告書? つまり殿下は……奔放なだけでなく、きちんと意味を持って動いていたのか)

ライナをただの「気まぐれな自由人」だと決めつけていた己の認識が揺らいでいく。

「……ならば、せめて護衛をつけていただきたい」

重い声を絞り出す。

「護衛……?」

レオナードは弟を見下ろし、眉をひそめた。

「ライナ、まさか護衛もつけずに市井を歩いていたのか?」

ライナは俯き、小さな声で答える。

「だって……俺にそんな人員を割く必要、ないでしょ?」

「……!」

レオナードは深いため息をつき、宰相に視線を移した。

「至急、護衛の準備を整えろ」

そして、ライナへと向き直り、低く厳しい声を放つ。

「ライナ、今後は必ず護衛をつけろ。これは命令だ」

「……はい」

反論できず、うつむいたまま応じる。頬はまだ赤い。

カールはそんな弟王子の横顔を盗み見ながら、胸の奥に妙なざわめきを抱えていた。

(……この方は、自分がどれほど人の心を揺さぶるかを、まるで分かっていない)

***

数日後。

「お待ちください!」

城下の雑踏を、ライナは軽やかに歩いていた。
後ろからは新たに配属された護衛騎士が、必死に追いかけてくる。

「そんなに慌てなくてもいいじゃない。ほら、ここの露店、面白そうだよ」

ライナは足を止め、雑多な布を並べた商人に声をかける。

「ねぇ、この布、どこから仕入れたの?」

「お、お客様……南の港からでして……」

「ふぅん」

(…税関の記録と合わない気がするな)

にこやかな笑顔の裏で、観察眼が鋭く光った。

「本当に軽率すぎます!」

護衛は周囲を警戒しながら声を潜める。

「もう少し自覚を……!」

「分かってるよ。でもね、ここに立ってる人たちを見ないと、分からないこともあるでしょ?」

ライナは軽やかに笑い、護衛の言葉を受け流した。

***

執務が落ち着いた夜更けに、宰相カール・ヴァイスベルクは、新任護衛の報告書に目を通していた。

――「殿下は護衛を撒き、再び単独で行動されました」

「……」
眉間に深い皺が刻まれる。

(やはり……護衛をつけても、この方の自由は止められない)

書類を閉じ、椅子に深く沈み込む。
脳裏に蘇るのは、下町で人々に笑顔を向けていたライナの姿。
奔放でありながら、誰よりも周囲を照らす光。

(あの笑顔を……守れるのは)

胸の奥を締めつける感覚に、カールは額に手を当てた。

「……私が出向いた方が良さそうだ」

その独白は、誰にも聞かれぬまま、重苦しい執務室に吸い込まれていった。
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