冷徹社長と完璧秘書、二人きりの“業務報告”は蜜の味

どえろん

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第31話:嵐のあとの静寂と、傷跡への口づけ

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 湾岸倉庫での死闘から数時間後。東京の街は、何事もなかったかのように朝の喧騒を始めていた。蓮と雫を乗せた車は、朝日を浴びながら静かにハイウェイを滑る。ハンドルの感触、シートの匂い、隣に座る蓮の体温。そのすべてが、二人が生還したという事実を雄弁に物語っていた。

「……疲れたか、雫」
「いいえ。不思議と、身体が軽いです」

 雫は助手席で薄く笑んだ。それは強がりではなく、本心だった。長年、心の奥底に澱んでいた劣等感や不安という重石が、あの修羅場ですべて燃え尽きたような感覚だった。自分はもう、守られるだけの存在ではない。王の背中を守り、共に戦った“共犯者”なのだ。

 ペントハウスに到着すると、二人は泥のように眠った。夢は見なかった。ただ、互いの鼓動を確かめ合うように、強く抱きしめ合って眠り続けた。

 数日後。世界は、劇的なニュースに揺れていた。『米投資ファンド代表イザベラ・ヴォス、監禁および暴行教唆の容疑で逮捕』『実行犯の半グレ集団も一網打尽。警視庁組織犯罪対策部の快挙』

 テレビの画面には、ブルーシートに囲まれて連行されるイザベラの姿が一瞬だけ映った。かつての美貌は見る影もなく、虚ろな目はどこか遠くを見つめていた。彼女は法で裁かれる前に、自らの狂気によって裁かれたのだ。

 一方、『ネオ・フロンティア』は奇跡的な復活を遂げていた。火災による被害は甚大だったが、田中の執念とも言えるバックアップ体制により、顧客データと開発中のAIコアプログラムは無傷だった。
「テロにも屈しない強靭なセキュリティと、不屈のベンチャー魂」
メディアは手のひらを返して称賛し、株価は上場来最高値を更新し続けていた。

「……皮肉なものだな」

 新しい仮オフィスとして借りたビルのフロアで、蓮は窓の外を見つめながら呟いた。

「俺たちが命がけで守ったものが、こんな形で評価されるとは」「結果オーライ、ではありませんか?」

 後ろから、雫がコーヒーを差し出した。彼女の指には、あの婚約指輪が以前よりも馴染んで見える。

「それに、田中さんと小松さんも、いい雰囲気ですしね」

 視線の先では、腕に包帯を巻いた田中と、それを甲斐甲斐しく世話するひかりが、顔を赤くしながら作業をしている。死線を共に潜り抜けた二人の距離は、急速に縮まっていた。

「……そうだな。失ったものより、得たものの方が大きかった」

 蓮はコーヒーを受け取り、雫の腰に手を回した。

「今夜は、早く帰ろう。……久しぶりに、静かな夜を過ごしたい」

 その夜、ペントハウス。間接照明だけが灯る寝室は、以前のような冷たい静寂ではなく、温かな安らぎに満ちていた。シャワーを浴びた二人は、ベッドの上で向かい合っていた。

「……傷、痛みませんか」

 雫の指が、蓮の腹部にある古い傷跡と、今回の騒動でできた新しい擦り傷をなぞる。蓮は首を振ると、逆に雫の手を取った。スタンガンを握りしめていたその手は、今は白く、柔らかい。だが、蓮はこの手が放った一撃の強さを、一生忘れないだろう。

「お前こそ。……怖かったろう」
「怖くありませんでした。あなたがいましたから」

 雫は蓮の胸に顔をうずめた。トクトク、という力強い鼓動。それが、今ここにある“生”の証だった。

「蓮さん……」
「ん?」
「抱いてください。……激しくなくていい。ただ、わたくしたちが生きていることを、確かめたいのです」

 蓮は何も言わず、彼女をゆっくりと押し倒した。衣服を脱がせ、肌と肌を合わせる。そこには、イザベラへの見せつけも、嫉妬による焦燥も、絶望からの逃避もない。あるのは、純度100パーセントの愛だけだった。

「……ん……ぁ……」

 蓮の指が、雫の中を優しく解きほぐしていく。その扱いは、まるで壊れ物を触るように慎重で、慈愛に満ちていた。雫の吐息が熱を帯び、瞳が潤む。

「入るぞ、雫」
「はい……あなた……」

 蓮がゆっくりと、その身を沈める。隙間なく満たされる感覚に、雫は恍惚の溜息を漏らした。深い。どこまでも深く、温かい。

「あ……っ、蓮さん、の……鼓動が、聞こえる……っ」
「俺にも聞こえるよ。……お前の命の音が」

 二人は、ゆったりとしたリズムで愛し合った。激しいピストンではなく、互いの体温を溶け合わせるような、緩やかな波。キスをするたびに、生還した喜びが込み上げ、涙となって滲み出る。

「愛してる、雫。……お前なしの人生なんて、もう考えられない」
「わたくしもです……。一生、あなたの側で……あなたを支えます……」

 快感が高まり、絶頂が近づくにつれ、二人の呼吸は重なり合った。それは魂の共鳴だった。

「いくぞ……雫……!」
「はい……っ!全部、ください……あなたの、命を……っあ!」

 蓮は彼女の最奥に、自身の全てを注ぎ込んだ。それは破壊の衝動ではなく、未来への種蒔きのような、神聖な行為だった。

 事後、二人は汗ばんだ身体を離すことなく、一つの毛布にくるまっていた。窓の外には、平和な東京の夜景が広がっている。かつては野心の象徴だったその光が、今は二人を祝福するキャンドルのように見えた。

「……ねえ、蓮さん」
「なんだ」
「落ち着いたら、行きませんか?旅行」
「旅行か。悪くないな。……どこがいい?」
「どこでも。あなたが隣にいてくれれば、そこがわたくしの城ですから」

 雫は蓮の腕の中で、幸福そうに目を閉じた。蓮は彼女の髪にキスをし、深く頷いた。

 嵐は去った。だが、それは物語の終わりではない。二人の王と女王が治める、新しい国の歴史が、ここから静かに、そして力強く始まろうとしていた。

【続く】
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