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第32話:湯煙の隠れ家と、甘美なる共犯関係
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あれから一ヶ月。季節は巡り、東京には初夏の風が吹き始めていた。『ネオ・フロンティア』の経営は盤石となり、蓮と雫は久しぶりの長期休暇を取得していた。二人が向かったのは、奥箱根の山深くにひっそりと佇む、一日三組限定の高級旅館『無垢』。俗世から隔絶されたこの場所は、傷ついた戦士たちが羽を休めるには、完璧な隠れ家だった。
「……静かですね」
「ああ。都会の喧騒が嘘のようだ」
通された離れの客室は、広大な日本庭園に面しており、聞こえるのは木々のざわめきと、鹿威しの乾いた音だけ。雫は窓際に立ち、新緑に目を細めた。オフィスでの戦闘服を脱ぎ捨て、淡い藍色の浴衣を纏った彼女は、どこかあどけない少女のように見える。蓮は、そんな彼女の背中を愛おしく眺めながら、茶器にお湯を注いだ。
「蓮さん、見てください。あそこに野鳥が」
「はしゃぐなよ、子供みたいに」
「ふふ、いいではありませんか。今はCEOでもCOOでもないのですから」
雫は振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔には、かつての陰りは微塵もない。二人は湯呑みを手に、縁側で並んで座った。ただ風を感じ、茶を啜る。そんな些細な時間が、これほどまでに贅沢であることを、二人は地獄を見てきたからこそ知っていた。
夕食後、二人は客室専用の露天風呂へと向かった。岩造りの湯船からは、満天の星空が見上げられる。立ち上る湯煙が、月明かりに照らされて幻想的に揺らめいていた。
「……いいお湯です」
雫が先に湯に浸かり、ほう、と感嘆の息を漏らす。束ねた髪から零れた後れ毛が、汗ばんだ白い首筋に張り付いている。蓮もまた、湯船に身を沈め、雫の隣に座った。ちゃぷ、と湯が波打ち、二人の肌が触れ合う。
「……蓮さん」
「ん?」
「背中の傷、だいぶ薄くなりましたね」
雫の指先が、蓮の背中を優しくなぞる。あの倉庫での戦いで負った擦り傷は、もう薄紅色の痕跡を残すのみとなっていた。
「お前の手当てのおかげだ」
「心の傷は、どうですか?」
「……完治したよ。お前という特効薬のおかげでな」
蓮は雫の手を取り、その指先の一本一本に口づけを落とした。濡れた指先を舌で絡め取ると、雫の身体がビクリと跳ねる。
「……蓮さん……」
「ここには、俺たちを邪魔するものは何もない。……イザベラも、仕事も、時間さえもな」
蓮は雫を抱き寄せ、その濡れた唇を塞いだ。湯気と熱気で火照った身体同士が、吸い付くように密着する。温泉の硫黄の香りと、雫の甘い匂いが混じり合い、蓮の理性を溶かしていく。
「愛し合おう、雫。……この湯の中で、溶けてなくなるくらいに」
「はい……あなた……」
雫は浴槽の縁に手をつき、蓮に背を向けるような体勢をとった。白磁のような背中が、月光を弾いて輝いている。蓮は背後から彼女の腰を掴み、自身の昂ぶりを、彼女の秘所に宛がった。
「……入るぞ」
「んっ……!」
ぬぷり、という水音と共に、蓮の熱が雫の胎内へと侵入する。浮力と湯の滑りが、結合の感覚をより鮮明に、より深く際立たせる。二人は一つの生き物のように繋がり、湯の中で揺れ動いた。
「あ……っ、熱い……っ、蓮さん、の、……すごい……っ」
「雫……っ、お前の中も、最高だ……っ」
湯面が激しく波打ち、岩肌にぶつかる音が、二人の濡れた水音と重なる。誰に見られる心配もない開放感が、行為をより大胆にさせた。蓮は雫の胸を背後から揉みしだき、耳元で愛の言葉を囁き続ける。それは、かつてイザベラに植え付けられた毒を完全に消し去るための、甘美な解毒剤だった。
「愛してる……雫……っ!」
「わたくしも……愛してます……っ!あなただけの、ものです……っ!」
星空の下、二人は何度も絶頂を迎え、その度に魂を深く結びつけた。汗と温泉の湯が混じり合い、二人の身体を清めていく。それは、ただの快楽を超えた、生命の洗濯だった。
湯上がり後、二人は布団の中で重なり合っていた。窓を開け放った部屋には、夜風が心地よく吹き込んでいる。
「……ねえ、蓮さん」
「なんだ」
「東京に戻ったら、新しいプロジェクトを始めませんか?」
「仕事の話か?色気がないな」
「違います。……『家族』を増やすプロジェクト、です」
雫は、蓮の胸に指で文字を描きながら、恥ずかしそうに、けれどはっきりと告げた。蓮は目を見開き、そして破顔した。
「……それは、難易度が高そうだな」
「自信、ありませんか?」
「あるわけないだろう。……だが、お前と一緒なら、どんな難題もクリアできる気がする」
蓮は雫を強く抱きしめた。この腕の中にある温もりこそが、彼の全てであり、彼の世界そのものだった。二人は幸せな微睡みの中で、新たな未来の夢を見ていた。湯煙の向こうには、まだ見ぬ明日が、輝かしく広がっている。
【続く】
「……静かですね」
「ああ。都会の喧騒が嘘のようだ」
通された離れの客室は、広大な日本庭園に面しており、聞こえるのは木々のざわめきと、鹿威しの乾いた音だけ。雫は窓際に立ち、新緑に目を細めた。オフィスでの戦闘服を脱ぎ捨て、淡い藍色の浴衣を纏った彼女は、どこかあどけない少女のように見える。蓮は、そんな彼女の背中を愛おしく眺めながら、茶器にお湯を注いだ。
「蓮さん、見てください。あそこに野鳥が」
「はしゃぐなよ、子供みたいに」
「ふふ、いいではありませんか。今はCEOでもCOOでもないのですから」
雫は振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔には、かつての陰りは微塵もない。二人は湯呑みを手に、縁側で並んで座った。ただ風を感じ、茶を啜る。そんな些細な時間が、これほどまでに贅沢であることを、二人は地獄を見てきたからこそ知っていた。
夕食後、二人は客室専用の露天風呂へと向かった。岩造りの湯船からは、満天の星空が見上げられる。立ち上る湯煙が、月明かりに照らされて幻想的に揺らめいていた。
「……いいお湯です」
雫が先に湯に浸かり、ほう、と感嘆の息を漏らす。束ねた髪から零れた後れ毛が、汗ばんだ白い首筋に張り付いている。蓮もまた、湯船に身を沈め、雫の隣に座った。ちゃぷ、と湯が波打ち、二人の肌が触れ合う。
「……蓮さん」
「ん?」
「背中の傷、だいぶ薄くなりましたね」
雫の指先が、蓮の背中を優しくなぞる。あの倉庫での戦いで負った擦り傷は、もう薄紅色の痕跡を残すのみとなっていた。
「お前の手当てのおかげだ」
「心の傷は、どうですか?」
「……完治したよ。お前という特効薬のおかげでな」
蓮は雫の手を取り、その指先の一本一本に口づけを落とした。濡れた指先を舌で絡め取ると、雫の身体がビクリと跳ねる。
「……蓮さん……」
「ここには、俺たちを邪魔するものは何もない。……イザベラも、仕事も、時間さえもな」
蓮は雫を抱き寄せ、その濡れた唇を塞いだ。湯気と熱気で火照った身体同士が、吸い付くように密着する。温泉の硫黄の香りと、雫の甘い匂いが混じり合い、蓮の理性を溶かしていく。
「愛し合おう、雫。……この湯の中で、溶けてなくなるくらいに」
「はい……あなた……」
雫は浴槽の縁に手をつき、蓮に背を向けるような体勢をとった。白磁のような背中が、月光を弾いて輝いている。蓮は背後から彼女の腰を掴み、自身の昂ぶりを、彼女の秘所に宛がった。
「……入るぞ」
「んっ……!」
ぬぷり、という水音と共に、蓮の熱が雫の胎内へと侵入する。浮力と湯の滑りが、結合の感覚をより鮮明に、より深く際立たせる。二人は一つの生き物のように繋がり、湯の中で揺れ動いた。
「あ……っ、熱い……っ、蓮さん、の、……すごい……っ」
「雫……っ、お前の中も、最高だ……っ」
湯面が激しく波打ち、岩肌にぶつかる音が、二人の濡れた水音と重なる。誰に見られる心配もない開放感が、行為をより大胆にさせた。蓮は雫の胸を背後から揉みしだき、耳元で愛の言葉を囁き続ける。それは、かつてイザベラに植え付けられた毒を完全に消し去るための、甘美な解毒剤だった。
「愛してる……雫……っ!」
「わたくしも……愛してます……っ!あなただけの、ものです……っ!」
星空の下、二人は何度も絶頂を迎え、その度に魂を深く結びつけた。汗と温泉の湯が混じり合い、二人の身体を清めていく。それは、ただの快楽を超えた、生命の洗濯だった。
湯上がり後、二人は布団の中で重なり合っていた。窓を開け放った部屋には、夜風が心地よく吹き込んでいる。
「……ねえ、蓮さん」
「なんだ」
「東京に戻ったら、新しいプロジェクトを始めませんか?」
「仕事の話か?色気がないな」
「違います。……『家族』を増やすプロジェクト、です」
雫は、蓮の胸に指で文字を描きながら、恥ずかしそうに、けれどはっきりと告げた。蓮は目を見開き、そして破顔した。
「……それは、難易度が高そうだな」
「自信、ありませんか?」
「あるわけないだろう。……だが、お前と一緒なら、どんな難題もクリアできる気がする」
蓮は雫を強く抱きしめた。この腕の中にある温もりこそが、彼の全てであり、彼の世界そのものだった。二人は幸せな微睡みの中で、新たな未来の夢を見ていた。湯煙の向こうには、まだ見ぬ明日が、輝かしく広がっている。
【続く】
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